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欧州往復書簡3 サービスデザインと人の「変容」を考える

*このマガジンは、欧州の大学院に修士留学をしている3人が、いま感じていること、考えていることを伝えあう往復書簡です。

*執筆
森一貴(Kazuki Mori):フィンランド・アアルト大学修士課程Collaborative and Industrial Design
牛丸維人(Masato Ushimaru):デンマーク・オーフス大学修士課程Visual Anthropology
田房夏波(Natsumi Tabusa):イギリス・ロイヤルカレッジオブアート修士課程Service Design

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ロンドンでは連日、夜遅い時間までポンパンポンパンと花火の音が聞こえてきます。
11月の第一日曜日の頃に各地で行われる「Bonfire Night」というお祭りのようで、私のステイ先のお子さんの中学校でも花火が上がったそうです。


さて、フィンランド・アアルト大学で学ぶ森さんの投稿に、なんとなく呼ばれた気がしてからはや1ヶ月以上。

なぜ吸い寄せられたのかと言えば、ロンドンにて英語で未知の分野を学び、さらに英語で思考を深めることに限界を感じていたのと。

同じ時期に日本を出て、それぞれゆるやかに重なる分野を学んでいると思われる森さん・牛丸さんのお二人のツイートから、私の思考が(勝手に私の中で)広がっていくことが多かったので、その(勝手に私の中で)を、もう少し言葉にしたいと思ったからです。

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申し遅れましたが、初回なので自己紹介をしておこうと思います。

この夏、大阪からロンドンにやってきた田房夏波(たぶさなつみ)と申します。Royal College of Artという美大の大学院(以下RCA)で、サービスデザインを学んでいます。

「サービスデザイン」とは耳慣れない方も多いかもしれないのですが、完結な説明を試みるとすれば、近年話題になることが増えた「デザイン思考」を企業や行政、非営利団体などあらゆる組織の活動に落とし込み、持続可能なサービスや事業の創出を目指すものです。


RCAのサービスデザイン修士課程は、この分野のパイオニア的存在。

私はこれまで日本の職人の技術や素材を活かした体験を企画してきた経験から、日常の買い物などのサービスを通して「ものの見方・選び方・楽しみ方が変わる体験を社会に実装する」ことを目指し、RCAで理論と実践を通して学んでいます。

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私の考えている「体験を社会に実装する」の意図するところは、森さんの挙げておられた「埋め込む」「社会は実験室」といった言葉に近しいものがあります。
日常の暮らしで出会う社会のあらゆるサービスの中に、人々の価値観が少し変わるきっかけになる体験を埋め込めば、未来はもっと良くなるのではないか。

そんなユーザーが変容する体験について、Pine and Gilmoreは1999年(!)の著書の中で、経験経済(Experience Economy)の次にくるのは変容経済(Transformation Economy)であり、「変容は消費ではなくその効果が永続的」「購入者の存在そのものに影響を与える」と表現しています。
彼らの著書を読んでみても、そこから20年以上経った近頃の論文などを調べていても、まだまだこれらの体験の具体例は少ないようです。


RCAでは修士論文の代わりに卒業プロジェクトがあり、提携先の企業や団体を自分で見つけてきて、サービスデザインの実践をすることになっています。
ロンドンで「ものの見方・選び方・楽しみ方が変わる体験を社会に実装する」ことに挑戦し、Pine and Gilmoreが言う変容経済の具体例の一つを生み出せたらと考えているところです。

こちらの1998年のハーバードビジネスレビューのArticle(RCAのコース開始前のリーディングリストにも含まれていました)でも要旨は押さえられるのですが、Transformation Economyについては書籍「経験経済」の方で詳しく述べられています。

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価値観が変わる、とは、そう簡単なことではないと思っています。

昔から、海外に行って「人生観が変わった」と言う人に出会うと、「そんなに簡単に人生観なんて変わらなくない?」と思う程度にはひねくれていました。


実際のところ、RCAで学ぶ中で「価値観の変容」はどうすれば起こるのだろうと調べてみると、教育学・人類学・心理学・行動経済学など、様々な領域にまたがっていろんな角度から、何十年にも渡って研究がなされているわけです。
(そして数百年数千年の昔からの、哲学をはじめとする諸学問も関連してきます。)

多種多様な観点から価値観の変容について研究がされている中でも、牛丸さんが触れておられた「他者とともに哲学する」ことの大切さは、分野を超え多くの研究者が述べているように思います。
例えば、成人教育の分野で変容学習論を提唱したMezirowも、変容のために必要な二大要素の一つとして「自由にそして十分に、対話に参加すること」を挙げていました。

自分以外の誰かとの関わりをどのようにデザインするかは、人が変容するプロセスを考える上で欠かせない視点なのでしょう。


無意識下に根を張っている価値観まで時に書き換わるような批判的な思考を、自分一人だけで持つのは難しいことです。
私がこの往復書簡に惹かれたように、志向の近い誰かとともに哲学できる小さなコミュニティが、社会のあらゆるサービスを起点に生まれる未来を思い描いています。

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B. Joseph Pine II and James H. Gilmore, The Experience Economy: Work Is Theatre & Every Business a Stage (Harvard Business Press, 1999)

Jack Mezirow, An Overview on Transformative Learning (Routledge, 2009)

Twitterもよろしければぜひ。 https://twitter.com/natsumi_tbs