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《連載小説》おじいちゃんはパンクロッカー 第二十二回:対面 その2

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 露都は垂蔵の言葉に怒りのあまり思いっきり叫んだ。垂蔵に対してここまで怒りを感じたのは母が亡くなった時以来だった。コイツはゴミ以下だ。今すぐ殺処分すべきなんだ。垂蔵は露都の声に目を剥いた。他のサーチ&デストロイのメンバーは慌てて垂蔵の元に近寄った。露都は皆が自分をマジマジと見ているのを目にして冷静になろうとしたが、だがもう自分を抑える事が出来なかった。

「あんた年いくつなんだ?もう高齢者だろ?普通の会社員だったらあと数年で定年って歳だろ?なのにいつまでもガキみてえなことばかり考えやがって、何がライブで死んだっていいだ。いつもテメエ勝手なこと言ってんじゃねえよ!そうやっていつまで遊び呆けて恥ずかしくないのかよ。最後の最後までパンクなんてゴミ音楽やって他人に迷惑かけていくつもりなのか?アンタは今まで自分がしでかした事をなんとも思ってないのか?周りに迷惑をかけた事に何にも罪の意識を感じないのか?母さんはあんなにアンタを慕っていたのに、アンタは母さんに感謝するどころかなんでもかんでも押し付けて、しかも彼女の想いをずっと裏切り続けてきたじゃないか。いいか?母さんはアンタが殺したんだぞ!アンタが真面目に反省してまともな生活送れば母さんだってあんな若くして死ぬことはなかったんだ!アンタが今すべきなのはライブじゃなくて悔恨だよ。最期までここで己が罪の愚かしさを悔い続けろ!」

 露都がこう言い放ったと同時にサーチ&デストロイのメンバーが一斉に彼を取りかこんだ。ギターのジョージは歯のない口を大きく開けて「ほのはき~、ふちほろひてはる~」と臭い息をまき散らして凄み、ドラムのトミーは休憩ルームの時と同じように露都の肩を掴んだ。ベースのイギーはその二人を押し退けて露都の目の前に立った。

「このガキいい加減にしろ!それが親父に向かって言う言葉か!お前は垂蔵がどんだけサーチ&デストロイに命かけてたのかわかってんのか!」

「わかるわけねえだろこのゴミどもが!」

「テメエ!」

 さっきまで冷静だったイギーが完全にブチ切れていた。体を震わせ今にも殴りかかって来そうだった。露都は自分を取り囲んでいるサーチ&デストロイのメンバーを思いっきり睨みつけた。さぁ、殴りたいなら今すぐ殴れ。お前たちジジイにいくら殴られたって全然平気だ。だがその時垂蔵が声を上げた。

「やめねえか、お前ら」

 この垂蔵の普段からは全く想像出来ない異様に落ち着き払った声に露都とサーチ&デストロイのメンバーたちはびっくりして一斉に彼の方を向いた。

「おい、垂蔵。なんで止めるんだよ。お前自分の息子に生き方バカにされて腹立たねえのかよ。この餓鬼エリート面吹かしやがって生意気抜かしやがって。おいコイツは親のテメエをゴミがなんかのように見てるんだぞ。一回ガツンとやったれよ!」

 垂蔵は露都とイギーに向かってドアに向かってあごをしゃくった。

「ほら、看護婦のババアだって怖え顔してきちまっただろうが。テメエらがこれ以上騒いだら俺が追い出されんだよ。ちったあ静かにしろよ。お前らいい大人だろうが」

 垂蔵の言葉を聞いてその場にいた全員ドアの方を向いた。ドアの前には中年の女性の看護師が目を剥いて立っていた。

「あなたたちいい加減にしなさいよ!来るたんびにいつも騒ぎ起こして!さっきだって他の患者さん休憩ルームから追い出したでしょ!今度こんなこと起こしたらもうあなたたみんな病院から叩き出してやりますからね!」

 看護師のあまりの激怒っぷりにその場にいた全員が一斉に頭を下げた。露都でさえ頭を下げた。看護師は病室にいる連中を虫唾が走るといった顔で見渡すと思いっきり顔をしかめて無言で病室から立ち去った。看護師が去ってしばらくして垂蔵が口を開いた。

「あの看護師のババアの顔見ただろ?世間からしてみりゃ俺らはコイツ言う通りゴミなんだよ。俺たちだって自分たちは日本のゴミだって散々インタビューで言いまくってたじゃねえか。ノイズどころか汚物だって垂れ流してやるって言って実際に街中でウンコしまくったじゃねえか。その通りだよ」

「おいおい、いくらガンだからってガンジーみてえに悟った事言ってんじゃねえよ。お前は大口垂蔵だぞ。悪逆非道の大口垂蔵じゃねえか。こんな餓鬼の戯言なんか真に受けんなよ」

 垂蔵はそれを聞くとゆっくりと顔を上げて天井を見た。

「あのな、イギー。俺がアイツ亡くした時バンドやめるって言ったの覚えているか?」

 垂蔵のこの言葉を聞いて露都はハッとした。それはまるで彼のまるで知らない事だった。確かに垂蔵は母の死を深く悲しんではいた。それは露都もよくわかっていた。だが垂蔵は母が死んで四十九日も経っていないのにどっかの女をうちに連れ込んだりし始めた。結局母が死んでもバンドはやめず、それどころか母と暮らしたあの家さえ捨てた。その垂蔵がバンドをやめようとしていたとは。

「ああ、覚えてるぜ。俺はあの時正直に言ってお前が情けなく思ったな。お前あれだけ人に死ねだレイプだぶち殺せだの言っといて、てめえのカミさんが亡くなったらそれかよってな、まぁ、お前があそこまで落ち込むのは確かにわかったよ。俺たちもあの子が死んじまった事には深く落ち込んだよ。なってったってもともとあの子は俺たちサーチ&デストロイの親衛隊みてえなもんだったしな。だけどサーチ&デストロイの大口垂蔵がそれじゃいかんだろって思ったよ」

「けっ、今更殊勝なこと言ってんじゃねえよ。あん時バンド辞めるんだったらいっそ東京湾に沈めてやるってお前ら全員で俺を半殺しにしたくせに」

「ありゃ愛の鞭だろうが。お前だってそれで改心してバンド続ける決心したんだろ?」

「違うな」と垂蔵は答え、そして眉間に皺を寄せた。

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