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門前払いの女

 門前払子ほど変わった女性にはそうはお目にかかれない。払子はどちらかといえば、いやどちらというまでもなく美人なのだが、その美貌が彼女の役に立ったことはおそらく今までなかったであろう。たとえばあなたが喫茶店なんかでお茶を飲む彼女の美貌に惹かれ声をかけてみたとする。しかし彼女が口を開いた途端あなたは確実にドン引きしてその場を去るだろう。別に彼女があなたに対して冷たい態度を取るわけではない。むしろ逆にあなたに対して感激してこんな態度を取るからだ。

「うわぁ! 嬉しいぃ! 私男性に声をかけられたの久しぶりですよぉ! どうせ私なんか誰も声をかけてくれないと思ってた! デート行きましょ! 今すぐ行きましょ! 私ディズニーランドがいいなぁ!」

 こうひとしきり喋った後、彼女は満面の笑みを浮かべてあなたの手を無理やりつないで目的地に向かおうとするだろう。あなたは喫茶店で座っていた女性と、今こうして色気も何もなくただただ大はしゃぎする女を比べて、あまりのギャップに幻滅し静かに彼女を門前払いするだろう。

 門前払子の恋愛ともいえない恋愛物語はこうして始まりこうして終わった。しかし彼女はそんな事は何も気にしていないようだ。同じ会社の同僚の女性が結婚したと聞いたときも彼女は素直に同僚の結婚を喜んだ。そして結婚式はやっぱりディズニーランドでするの? とか聞いた。同僚が普通の式場と言うと彼女はガックリし、なんて夢のない結婚なんだろうと同僚を気の毒な目で見るのだった。

「黙っていればいい女なのにどうして彼女は黙ってられないのかね。あれじゃあまともな男はみんな門前払いだよ」

 とある日彼女を見た定年間近の社員がつぶやいた。それを聞いた同年輩の社員が言う。

「しかし、彼女はあれじゃないかな。男性に対するあの疑いをまるで持っていない態度はどう考えても世間スレしていない。もしかして彼女はまだ男性経験がないんじゃないかな?」

「そうかね。だが男性経験もないのにあんなに男性に声をかけられるかね。普通はもっと用心するんじゃないか」

 二人の前に門前払子が見えた。彼女は男性社員を捕まえて休日は私とディズニーランドに行きましょう! とかいって誘っている。男性社員はお前またディズニーかよ。いいかげんにしろ! と言って彼女を門前払いにする。だけど彼女はそれでも諦めない。再び別の男性社員を捕まえて同じことを言うからだ。そんな彼女にいつの間にか門前払子という渾名がついた。渾名をつけたのは勿論男性社員の誰かだ。彼女はいつになったら誰かの門の中に入れるのだろうか。またいつになったら夢を見ることをやめ現実に帰るのだろうか。それはまたにしよう。


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