狙撃犯

 狙いをつけるのは容易い。ただターゲットを円の中心に寄せればいいだけだ。だが引き金を引くのには技術と冷静さと勇気が必要だ。あなたはターゲットが友人でも引き金を引けるか?恋人であっても引き金を引けるか?それが出来るのがヒットマンだ。眉ひとつ変えずに引き金を引いておしまいだ。一仕事終えた充実感も、横たわるターゲットへの哀悼もなくただ足跡残さず速やかに立ち去るだけだ。

 ヒットマンは今日もターゲットに向かって引き金を引こうとしていた。ターゲットはさる富豪の一人娘だ。誰がどんな理由でこの娘を消そうとしているのかヒットマンが知っても意味はない。ヒットマンがすべき事はただこの娘に向かって引き金を引く事だけだ。

 娘は正面を向いて部屋の窓に立っていた。スコープで見る娘はまだあどけない顔をしている。ヒットマンはその顔を見て引き金にかけた指に躊躇いが生じているのを感じた。彼女がターゲットじゃなかったら普通に街で会ったら声をかけていたかもしれない。あるいはヒットマンの才能を活かしてストーカーになっていたかもしれない。いや、ふざけた妄想はやめて早く片付けてしまえ。ヒットマンは自分に喝を入れて指に力を入れた。さっさと片付けてしまえ。

 だがヒットマンはその時スコープの中の娘がこちらを見ている事に気づいた。まさかバレたのか。ここから娘の部屋まで50メートル以上離れているのに。いやそんなわけはあるまい。娘の部屋からここが見えるはずはない。だが娘はヒットマンの方をじっと見つめたまま身構えている。俺としたことがとんでもない大ポカをしたもんだぜ。畜生さっさと引き金を引かなきゃ!

 ヒットマンはすぐさま引き金を引こうとしたが、その時誰かが後ろから彼に声をかけた。

「あの〜、あの〜。ちょっといいですか?」

 ヒットマンが後ろを振り向くとそこに警官とターゲットの娘が立っていた。娘は隣の警官に向かってこう言った。

「この人なんですけど、一週間ぐらい前からずっと覗きしてたんです。迷惑なんでさっさと逮捕してください」

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