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馥郁たる匂が染み渡る 上選深蒸し茶

甘露、という意味を理解した。

試飲いかがですか、という呼び声に惹かれ、ほんの小さな紙コップを手に取った。白いカップの底には鮮やかな緑、じわりと底に立ち上る細かな茶葉。辺りにはむわりとした熱気と青いような匂い、そしてお茶のよい香りが漂っている。建物の奥ではディスプレイ用に大きな機械が音を立てて振動していたから、お茶の葉を蒸している匂いなのかもしれない。

フードパークというだけあって、牛乳、日本酒、それぞれメインの建物が決まっている。ここはお茶に特化して、窓際ではカフェを利用する若いカップルも見えた。

お茶屋さんのお茶っておいしいよね、弾んだ声で隣の親子連れが話す。大いに同感、コーヒーがあれだけ市民権を得て、どこででも美味しい一杯が飲めるというのに、さて緑茶を飲もうと思えばペットボトルか抹茶のみ。紅茶のほうがまだ、品揃えされている。

「いい茶葉ですよ。これ、玉露に近いんです。色味も濃いでしょう」
渋い濃紺の法被を着たマネキンさんが、にこやかに説明してくれる。いいお茶だから、温度はなるべくぬるいお湯でね、なんなら常温で水出しがおすすめです…。さっとその場で飲むつもりだったのに、にゅっと横から後ろから伸びてきた手に断念した。わらわらと群れる人混みを抜け、遠く聞こえる営業トークを聞くともなく聞き流し、少し離れた壁にもたれかかった。とろん、きれいな翡翠色の底に粉末の茶葉が舞い上がる。摘まみ上げた指先に伝わる温度は口上通りぬくい程度。

こく。流れ込んできた一口は、全身の毛穴が開いたような気持ちにさせた。

あまりに豊かなコクは出汁のよう。苦味、渋み、甘味、うまみ、一つ一つ強烈で、すべてが素晴らしく調和している。鼻を抜けていく馥郁たる香り、きっと小鼻がひくついていることだろう。顎がじぃんと痺れている。ふぅ、はぁ、呼吸が喉を震わせる度、くわんくわんと余韻が響く。たった数摘に酔ってしまったような、逆に目が覚めたような感覚だった。

急ぎ売り場に戻り、一袋手に取った。100g1680円、高級な価格帯だろうが有無を言わせぬ味だった。
ただ、お茶は淹れ方に強く左右される。自分では到底再現できないだろうなぁ、買いながら悔しさがつきまとった。
もし叶うなら、一杯600円程度で緑茶スタンドを出してほしい。できれば抹茶ではなく煎茶がいい。日本茶の国で美味しい日本茶に巡り合えないなんて皮肉に尽きる。

これを書きながら、確か漱石が玉露について書いていたと読み返してみると、やはりうんうんと深く頷くよりなかった。ずいぶん熱烈だなぁとその時は気にしなかったけれど、これは確かにすさまじい魅力を秘めている。
以下は青空文庫から引用である。

濃く甘く 、湯加減に出た 、重い露を 、舌の先へ一しずくずつ落して味って見るのは閑人適意の韻事である 。普通の人は茶を飲むものと心得ているが 、あれは間違だ 。舌頭へぽたりと載せて 、清いものが四方へ散れば咽喉へ下るべき液はほとんどない 。ただ馥郁たる匂が食道から胃のなかへ沁み渡るのみである 。歯を用いるは卑しい 。水はあまりに軽い 。玉露に至っては濃かなる事 、淡水の境を脱して 、顎を疲らすほどの硬さを知らず 。結構な飲料である 。眠られぬと訴うるものあらば 、眠らぬも 、茶を用いよと勧めたい 。

ごくり。見様見真似で淹れてはみたが、やはりあの味には及ばない。もちろん普段よりは美味しいけれど、あの味を知ってしまっては物足りない。
あぁ、美味しかったなぁ。お茶屋さん、ありがとうございました。

※昨年の、ちょうど今頃の出来事です。