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Il portiere di notte

昨日とは打って変わってまっ白な大粒の雨 …… 春雷の雫
わたしは春先の雨の花の咲きこぼれている木の葉が好きだ
静かに、秘めやかに…
それでもそこまでやって来た新たな息吹の煌めきに
ときとして身も心奪われる

激しい風にガタガタする縁側のサッシを開け
指先を濡らす雫をちょっとだけ口に含む…

この何かエロティックな感覚に
わたしは『Il portiere di notte(愛の嵐)』の映像が蘇えった
 
20代始め、渡仏してまだ間もないわたしは
モンパルナスの小さな映画館でその映画を観た 
入り口壁面に飾られたポスターは 
ガリガリに痩せた裸体にナチ親衛隊の軍帽とサスペンダー
大きくファスナーが開けられた黒革のパンツ 
黒い長手袋の両手で隠された小さな乳房…
じっとこちらを見つめる感情を殺した大きな瞳
それはあまりにも刺激的で美しかった…

あの時の衝撃は
高校1年のときに独り授業をサボって観た映画「あの胸にもう一度」
全裸に黒革のバイクスーツをまとったレベッカが
プールサイドでデッキチェアに寝そべるアラン・ドロンに跨がり
胸から下半身にかけてジッパーを開くシーンの美しさに
体中の血がザワザワと流れた感覚以上だった…
 
わたしは衝動にかられ映画館に入った
イタリア語もフランス語の字幕もわからなかったが
目の前に突きつけられた映像と音楽は
ポスター以上の衝撃と美しさ…
それは本能の苦しみと悲しみに溢れていた…

完全に閉ざされた強制収容所内で繰り広げられた
暴力的でデカダンな倒錯した性の世界での次元の違うふたり
そして時が流れ…再び出会ったふたり…
それはあまりにも過酷な現実…
しかし…ふたりは
再びその退廃的な性と愛におぼれ狂ったようにお互いを求め 
全てを捨ててまで情念と破滅を選ぶ… 


この映画はユダヤの人々がうけたホロコーストという
とてつもない恐怖の歴史に対し
「死者を裏切ったり、生存者を辱める作品」だと
多くの人に糾弾され上映中止が叫ばれた
わたしもナチスとホロコーストについてはそれなりに学んだ 
しかしその事実の全容を知る知的能力も想像力もいまだ持ち合わせていない 
ただ…わたしにとってこの映画は
私の奥底に眠っていた男と女の本能的な一つの愛と欲望の姿であり
それは醜くも悲しくも苦しくも
いまなお気高く美しいのだ…

耐えきれない理性ではない心が静かで激しい感情…
死へつきすすむ倒錯した愛であろうと…
もっともタブーであるはずの
ナチズムとその被害者のユダヤ人という関係であろうと…
ときとして求め合ってしまう男と女の情念の姿に
わたしはどうしようもないほど透明な美を感じたのだ…

わたしはあの美しき情念を
いつになったら絵にできるのだろうか...


女郎蜘蛛が一輪の花の下に美しい網を張りはしたが
それにかかったのは花びらだけ…
女郎蜘蛛はさっさと死んでしまったが
むごたらしい奴というこれまでの評判に加え
今度は馬鹿な奴という陰口をたたかれるかもしれない…


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