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あなたの好き嫌いはなんですか?第24回

「だってお腹はもう大丈夫なのよ。もう吐き下しは終わったんだから。内臓だって回復してんの!病院だってさ、配慮してくれてもいいと思わない?重湯からお粥くらいにしてくれてもいいじゃない!治ってきたんだから!重湯にペーストじゃだめよ!歯応えのあるもの食べたいの!それとお母さんシュークリーム食べたい」
母は泉の手に無理やりブランド物の長財布を握らせた。
相変わらず母の手はねっとりしていた。
泉は財布を投げ捨てて走って逃げたかった。母は笑顔を張り付かせて泉を見ている。
だが目は笑っていない。
いいから、あたしの言う事をきけ、とその目は言っていた。
泉の身体は硬直していた。
断ろうとする声が喉につまったようで出せない。
母に見つめられながら、泉はうつむき、
「…わかった。飲み物とシュークリーム買ってくればいいのね?」と言った。
母は縮緬ジワをまなじりに寄せ、うんうんと満足そうにうなずいた。
「どうせ、病院の売店はろくなもんないだろうから、コンビニ言ってきて。この辺コンビニあるでしょ。なかったら駅ビルのスーパーで買ってきて。スーパーの方が安いでしょ」
「そうだけど…」
「あー駅にはマクドナルドあったよね。お母さんてりやきバーガー食べたい」
「えっ」
「あとバニラシェイクも飲みたいなー。アップルパイも食べたい」
「ええ?だって食中毒だったんでしょ。油とか味の濃いものはお腹によくないよ。また具合悪くなっちゃったら…お医者さんに怒られるよ」
泉が言うと母は一気に表情を険しくした。
勢いよくバンッとテレビ台を叩いた。
「いいから買って来いって言ってんのよ!まったくイライラするわねっ」
母がわめいた。
泉は泣きそうになる。
涙が滲むのをこらえて言った。
「だって入院してるのに、勝手すぎるよ。
私を呼んだのだって使い走りのため?死にそうだっていうから来たのに、てりやきバーガーだのシュークリームだのって自分の都合だけじゃない」
「そうよ。自分の都合で何が悪いのよ!役にたたない子ね!あんたは薄情なのよ。あたしは母親だよ。あんたのために色々やってやったのに!あたしの頼みはきけないわけ?」
泉は我慢できなくて泣いた。
なぜ、母にそんな言い方をされなければならないのかわからない。
会いに来なければよかった。が、もう遅い。
「なに泣いてんのよ。みっともないわね。あーあ、もうわかったわよ。いいわよ。いいわよ。買ってきてくれなくていいわよ。ホントになんなの」
母は泉の右手から財布をひったくると、テレビ台の引き出しにしまった。
バンッと叩きつける音がして、泉はびくっとすくんだ。
「まったく。あーあ、いやんなっちゃう。ひさしぶりに会う娘はシュークリームも買いに行ってくれないし、泣くし。あたしがいじめたみたいじゃない。いつまで泣いてんのよ」
泉はもう号泣していた。
母の目の据わった不機嫌な顔。
この不機嫌オーラに当てられて怯えて暮らした日々がよみがえる。
後ろで隣のベッドの人が部屋に戻ってきた足音がした。
早く泣き止まなければ、泉は焦った。
泣くと母は不機嫌になるのだ。
胸のドキドキと手足が冷たくなる感覚。
「あんた、もう帰っていいわよ。そばで泣かれると目障りなんだけど。言いたい事あるなら言えば?鬱陶しいったらないわ。あーやだやだ。ねぇ、もう、帰って、も、ら、え、ま、す、かっ」
母の声は段々大きくなり隣の人がまた部屋を出ていく気配がした。
「おっ、おかあ、さん。私、もうお母さん、には会わないっ」
泉はしゃくり上げながら、言った。
「私、もう、お母さんには一生会わないっ」
涙でくぐもる声で、母に言った。
母は馬鹿にしたように鼻で笑った。
「なあーに言ってんのよ。結構よ。結構ですよ。あたしだってあんたみたいにグズな子なんかには二度と会いたくないわね。あんたもお父さんの味方だしね。あたしばっかり批難するけど、あんた達だって悪いとこいっぱいあるわ。あたしばっかり悪者にして。サイテー!最悪!馬鹿親子!あんたなんか生まなきゃよかった!」
母が目を見開いて、泉に吐きつけるように怒鳴った。

「お母さんなんか死んじゃえ!」
泉は泣きながら叫ぶと病室を飛び出した。
その背中に母の罵詈雑言が浴びせかけられる。泉は両手で耳を塞ぎ、足早に階段を駆け下りた。

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