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あなたの好き嫌いはなんですか?第4回

男性の澄んだ目を見ていると泉は恥ずかしくなり視線を赤飯弁当に移した。
「お赤飯は普通ですけど、何か足りない気がしませんか?なんていうか…こう」
泉が言いかけると男性は、
「ああ、ごま塩じゃないですか。ごま塩がかかってないんですよ。いまいち塩気が足りませんよね」と言うのだった。
「あ、そうか!ごま塩が足らなかったんだ!」
泉は備え付けの調味料が置かれてないかとカウンターを見た。
こけしや木彫りの鳥などの小汚い民芸品はいっぱい並んでいるが調味料らしきものは置かれていなかった。
「店の人に頼んでみましょうか。奥にひっこんじゃったけど」
泉は身を乗り出しすみませーんと声をかけた。おかみさんは弁当を運んできてから奥へ行ってしまい姿を見せなかった。
化粧でも直しに行ったのだろうか、さっきドロドロに化粧が崩れていたものね。
「やっぱ赤飯にはごま塩かけたいですよね」
男性が言った。
再度すみませーんと声をかけたが、しーんとしておかみさんの出てくる気配がない。
「しょうがないですね…」
泉は座り直した。
食べかけの豚肉カレー風味焼きに目がいく。
赤飯にごま塩がない場合、おかずで塩気を補っておこわとおかずとして食べればよいが、このおかずがとんでもない刺激物だったので泉は途方に暮れた。
「私、これを食べる勇気が出ません…この隣の白いのなんでしょうね…マッシュポテトかな」
豚肉に添えられた白い物をちょっと箸の先でつまんでなめてみた。泉はもう食べるのがおそるおそるという感じだ。
ハバネロパウダーの先制パンチを受けてしまったのだ。警戒しながら食べなければ。
「…うん?なんだろう。じゃがいもをよく潰してマヨネーズも入ってる…?ポテトサラダにしては具がないですよね…。ツブツブがあるな」
泉は用心しながらマッシュポテトのようなものを食べた。舌先で転がしてみる。
「あッなんかピリッとする」
ついでツーンと鼻に抜ける辛みがきた。
「なんじゃこりゃ~」
泉の目に涙がみるみる溜まった。
彼はそんな泉を見て笑っている。
「ハッハッハ。表情が豊かですね!いい顔して食べるなあ」
「そんな、これ食べました?これ辛さの方向性が斜め上行ってますよ!」
「ワサビ漬けですよ。このツーンとくるの。ツブツブは刻んだワサビですね」
「なんでここんちは辛いのばっかり…」
泉はカルキ臭い水をまた飲んだ。
こんなびっくりドッキリみたいな食事は人生で初めてかもしれない。
涙が滲んだ目を擦りながら、ふと腕時計を見るとすでに13時15分を指そうとしている。
ええっ!いつの間にかこんなに時間が経っていたの。やばい!泉は慌てた。
すぐ仕事戻らんと!
「わあ、遅刻しちゃう!お会計!お会計してもう行かないと」
泉はおたおたカバンをかきまわし財布を取り出した。
「大丈夫ですか?ちょっと落ち着いて」
向かいの男性がのんびり言う。
「あわわわ、だめです。走っていかないと間に合いません」
泉はよろけながら立ち上がると財布から千円札を引っ張り出しテーブルに置いた。
「これっ。私の分です。すいません店のひとに私の分だって言っといてもらえますか?」
彼がまた何か言いかけたが、泉はペコッと頭を下げるとガラッと戸を開け店の外へ飛び出した。


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