見出し画像

デジャヴから世界を救え

東京出張のついでに同僚と飲みに行った。定時ちょっきりにパソコンを閉じ、3、4人の小さな群れでぞろぞろとレストランへ向かう。

薄暗く、テーブルとイスがぎゅうぎゅう詰めの店内は、レストランというよりバルに近い。「席は適当で」との幹事の声に従い、奥すぎず手前すぎない位置のイスを選んで手をかけたその瞬間。目の前に擦り切れたビデオテープのような映像が重なった。

この景色、絶対に見たことがある!

艶めいたテーブルとイスを斜めから見下ろす角度、スポットライトで照らされた合皮のドリンクメニュー、「これから食事だぞ」という感覚。
このすべてをわたしは「知って」いる。

まずい。早く、早くこの景色から抜け出さなくては!

脱ぎかけていたロングコートの袖に手のひらを隠し、左手でグー・パー・グー・パーを繰り返す。

「〇〇さんは後から来るんでしたっけ?」
グーパーグーパー
「そうそう、だから詰めちゃって」
グーパーグーパー

……違う。このままではダメだ。

グーパーの手を休めないままイスひとつ分だけ店の奥へ進み、「今度こそ」と祈りながら振り返る。ダウンジャケットを脱ぐ同僚の向こうに、鐘が吊り下がったドアが見えた。

数秒間続いた緊張と握りしめていた左手が、やっとほどける。もう大丈夫だ。これは「知らない」景色。無事にあの「知っている」景色をくぐり抜けたのだ。


わたしが見たのはいわゆるデジャヴで、脳の伝達ミスとか無意識に夢で見た景色が影響しているとか、原因は諸説あるらしい。

デジャブは怖くない。恐れているのは、見覚えのある景色と共にやってくる「このままだと大惨事が起きる」という脅迫めいた予感だ。

起きるだろう大惨事はその時々でイメージが変わる。もっとも多いのは地震、次は誰かがナイフを振り回すなどの犯罪系。デジャヴの景色がもたらすだろうこれらの悲劇から、わたしはコートの中で手をバタバタさせたり前髪をガシガシ引っ張っることで世界を守ろうとしているのだ。

「知っている」世界には無かったはずの奇妙な動きで、半強制的に「知っている」デジャヴの世界から抜け出す。やっていることは、タイムリープものの映画やアニメの主人公と近い。

確実に世界を変えるなら、垂直跳びとか、その場で歌い出すとかもっとぶっ飛んだ方法はあるのだが、デジャヴによる惨事を防ぐために周囲の人を怖がらせたくはない。

「いや、これは地震を防いでて……」なんて言い訳を重ねても不審者まっしぐらだと理解しているし、なにより無駄な会話のあいだにも「知っている」世界での時間はぐんぐん進む。あなたにかまっている暇はない。わたしは今すぐ心の中でアルファベットを逆順に唱えて、この世界から抜け出さないといけないんだ!

デジャヴを見るようになってから、こうして「癖で」「考え事をしていて」の言い訳で逃げ切れる程度の奇行のバリエーションが増えた。


首の皮をつまんでビヨーンと伸ばしたり、机の裏を高速でトントン叩きながら、わたしは世界を救うスーパーヒーローの悲哀を想う。

緊急の呼び出しを受けた彼らは「あ〜。 ちょっとお腹が痛い」とか「しまった! 歯医者の予約を忘れてた」などの嘘を重ねながら、誰も知らないところで世界を救う。

その一方で、恋人にフラれ、友人に「付き合い悪いよな」と陰口を叩かれ、仕事をクビになり、正体を言えない彼らの日常は着々と壊れていくのだ。

わかる、わかるよ。
彼らは人間関係をギリギリで保ちながら怪人や怪獣と戦い、わたしは社会性をギリギリで守りながら親指の爪をカチカチとぶつけ合わせて世界を守っている(と勝手に思い込んでいる)。


もし同じようなデジャヴを見る人がいたらぜひ教えてください。同志として、どこでも使える奇行をシェアさせていただきます。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?