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5時間の家出

 2歳児と意地を張り合って、家出をしてきた。

 という一文だけでいかにばからしいかわかるけれども、気持ちとしてはそういうことなのだ。そうでなければ、「ママやだ!パパ!(がいい)」と数日間言われ続けている私の気持ちが浮かばれない。たかが2歳児の繰り言でも、そんな言葉を浴びせられながら何の気晴らしもなく甲斐甲斐しくお世話をし続けるモチベーションを、私は持ち合わせていない。

 二泊三日ぐらいで旅に出ようかと思った。実家に帰るか、温泉宿に泊まるか。子の晩ご飯はお金を払えば保育園で食べさせてもらえるシステムがあるのだから、それぐらいどうにかなるはず。なにせ何をするにも「ママやだ!パパ!」なのだから。ただ、気になるのは金銭面。10月の台風以来、体調を崩して休職中の私は現在お金を生み出していない。帰省の飛行機代や温泉旅行費用を出すのはやや不安がある。まったく夢がないけど、現実の身体を運んでサービスを受けるには対価を支払わねばならないのだ。

 さて、目的も定まらないまま出掛ける支度が完成して、とりあえずの行き先を考えなければいけなかった。神保町で映画? 今からだとちょうどいい回に間に合わないかも……映画、観たい映画……と検索しながら駅までの道を歩きながら気づいた。南下してもいいんじゃない? お出掛けというと、なにか、東京都心に向かわなければならないような気がしていたけれどそんなはずはない。

 それから一時間半後、私は鎌倉小町通りに面したカフェのテラスで立派なピザを頬ばっていた。一人で食べるには大きいですよね、と店員さんに聞くまでもなく分かっていた。私はこれを食べ切る。一人で。今日はすべてのことを自分で、自分のためにやるのだと決めたから。シラス、ああシラス、ありがとう。シラスには感謝される義理などこれっぽっちもないだろうけど、パリパリの生地にたっぷりのトマトソース、そして惜しげも無く載せられた数百(たぶん)のシラスの命のエネルギーに満たされて、私は少し元気になった。単純である。(roomlax Cafeさん、ありがとうございました)

 なんとなくお宮に挨拶をしなければ居心地が悪いので八幡宮にお参りをした。家出中は自分のためのことだけをすると決めたので、これからの自分がたくさんたくさん幸せであるように祈ると、くるりと踵を返して帰途についた。途中、Romi-Unie Confitureさんでお土産にジャムを買うことも忘れずに。それからまた一時間半もすると、私は帰り着いてよそゆきを脱ぎ捨て、コンタクトレンズをメガネに替えてPCの前に座っていた。家を出てから約5時間といったところである。平和的解決。

 しかし、だ。家に帰って来られるのは家を出られる者だけ。私は子供と離れられる。そうでない人は? そして家出ができるのは、家のある者だけだ。

 昔々、鬱で実家に強制送還されていた時期、ある人に「帰る場所のない人についても思い到るようになるといいね」という言葉をもらったことがある。そのときはあまりピンとこなかったけれど、今ならその時よりはよく分かる。自分の豊かさを思え。そういうことだ。ぐるっと回って来ないと分からないことだけれども、そもそもぐるっと回ってくるということが、余裕そのものだ。

 ワガママ放題する日のつもりが、思いがけず、深いところに潜ってきてしまった。

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