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【小説】この道…〜楢山賢太郎〜

「…主文、被告人を、死刑に処す。」

…また1人、俺は被告人を死刑台にかけた。

足を棒にして証拠を固め、何度も調書を読み耽り、被告人を尋問し、時間と精神を削って導き出した答えが、間違いではなかったと証明された瞬間。

被害者の無念をはらせた瞬間。

嬉しいはずなのに、心は晴れない。

結審の審判が下れば、余程のことがない限り、一事不再理の原理の下、2度と判決は覆らない。

そうして、時の法務大臣が処理すれば、刑は執行される。

刑務官が押す、死刑台への執行ボタンは3つ。

一つが、死刑の手続きをした法務大臣。

一つが、死刑の判決をした裁判官。

なら、最後の一つは俺…死刑を求刑した、検察官だ。

被告人を人と思うな。

いつか棗に、そう言われたことがあった。

あいつは、そう言う奴だ。

仕事と割り切り、粛々と職務をこなせる。

まあ、時々感情的になって、警察や刑事部長の頭を悩ますことはあるが、あいつには、自分の行い全てを一人で背負っていく覚悟が、いつも言葉や行動の端々に垣間見えて、悔しい話、羨ましいとさえ、思えた…

そうして今日…証拠固めで外に出ていた時、偶然家電屋のテレビで走り見した、速報。

澤村一太死刑囚の死刑が執行…

「検事?」

「ああ、いや、なんでもない。行こう…」

「ハイっす!!」

…これで、俺は5人の被告人を、死刑台に送った。

感情的になるな。

相手は、自己都合で一家5人皆殺した殺人犯だぞ。

同情するな。

加害者にも家族がいただなんて、思うな。

罪には罰。

それが現代社会だ。

割り切れ…

割り切れ…

「ただいま…」

「おかえり!」

いつもと変わらない抄子の笑顔に迎えられて、我が家に帰る。

「あ…」

コートと鞄を彼女に渡して食卓に行くと、和食は苦手と言って滅多に作ってくれない、好物の肉じゃが。

呆然としてると、抄子の小さな手が背中に触れる。

「速報見たからさ、そんな顔して帰ってくると思ってたんだ。たくさん作ったから、明日のお弁当にも入れてあげるね。……お疲れ様。賢太郎。」

「すまん…君にまで、こんな重荷…背負わせて…」

こんな小さな肩には重すぎる荷物を背負わせているかと言うと、歯痒くて辛くて、でも、上手く言葉にできない代わりに、彼女を抱き締めると、鞄とコートが落ちる音がして、抄子の手が背後に回る。

「ホント、何が「特捜部の楢山君」よ。いつまで経っても、被告人に同情して、悩んで、背負い込んで、死刑囚の墓参りまで行って…向いてないよ?いっそ、もっと凡人らしい職に転職したら?私も働くしさ。」

「バカいえ。45にもなって、ろくな仕事なんてあるか。」

「あるわよ。そんな、毎回自分が死刑送りにした被告人に同情して、泣き腫らした顔みせられて、ご機嫌取りのために、苦手な和食作って慰める身にもなりなさいよ。ホント、情けないんだから…」

言って小さくため息をつく君。

反論できずに、また泣いていると、更に強く抱き締められる。

「でも、慣れていって、人間味が消えていくあなたを見ていくのもイヤだし、かと言って、スーツ脱いだあなたの転職した姿だって、想像したくないし、結局…2人でこの職に縋って、この道を、歩いていくしかないのね…」

「一緒に、来てくれるのか?これからも…」

問う俺に、抄子は笑う。

「24年…ついてきたんだよ?今更じゃん。一緒に歩いてあげるからさ。行こうよ。棘だらけの…茨の道だけどさ。」

「…ありがとう…」

そうして無理にでも笑って見せると、抄子は満足そうに微笑むので、2人で食卓を囲み、寄り添って眠りに落ちた。

そうしてまた、朝が来る。

ネクタイを締め、スーツに検察官の証を留めてコートを羽織り、鞄を持ち、靴を履く。

「行ってくる。」

「うん。傍聴…今日も行くからね。頑張って、楢山君。」

「あぁ…」


…独りじゃないよ。

そう背中を押されて、外へ一歩を踏み出す。

「…………」

はたと、足を止めて、後ろを振り返る。

「楢山君?」

不思議そうに見つめる彼女に、ありったけの思いを込めて言葉を送る。

「ありがとう。抄子…」





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