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【小説】連綿と続け No.11

侑芽は早退したが、結局家で仕事をしている。
そこへインターホンが鳴り、部屋着のまま出ていくと西川が心配そうにして立っていた。

西川)急に来てしもてかんにん!倒れたて聞いて…ちょっこし心配になってしもてな。あっ、良かったらこれ食べて?

そう言って侑芽に何かを渡してくる。
それは富山県産イチゴ「かおり野」であった。
その名の通り、ふわっとイチゴの香りが漂ってくる。

侑芽)わぁ…いい香り!でも、わざわざ持って来て下さって…ご心配をおかけしてしまい申し訳ありません。お茶入れますのでどうぞ

部屋に通そうとすると
西川は顔を赤くして

西川)いや…ええて!それより休んで?あとぉ、祭りの事なんかは心配せんでええさかい、とにかく体、休めてな?皆、一ノ瀬さんのこと心配しとるさかい。じゃ、僕はこれで!

そう言って慌ただしく帰って行った。
翌日は体調が戻り役所に出勤した。
すると同僚達が駆け寄ってきて声をかけてくれる。

富樫)ほんまにかんにん!俺が仕事を任せ過ぎたさかい。これからは何でも言うてや?

黒岩)そうちゃ。1人で抱え込まんと色んな人に相談しられ

黒岩が富樫をこっぴどく叱ったらしく、
今日の外回りは富樫が行く事になり、侑芽はデスクワークとなった。

富樫が久々に井波に顔を出すと
「侑芽ちゃん大丈夫?」と
侑芽を心配した街の人達から声をかけられる。

富樫)あの子、この2週間ですっかりここに溶けこんだんやなぁ

そう感心していると、
富樫を見つけた歌子が嬉しそうに駆け寄ってくる。

歌子)富樫くんやないが〜!久しぶりやね。そくさいやった?

富樫)どうもー!富樫義経、久しぶりに馳せ参じましたー!

ようやく自分の事を気にかけてくれる人に出会い、
嬉しさのあまりカズダンスを踊ってしまう富樫。

歌子もそれに合わせて得意なフラメンコを踊り、
最後は2人ともキメ顔をしている。

そんな2人が大声で立ち話をしているから、
工房にまでその声が聞こえてくる。
とうとう集中力を切らした正也が外に出て行き

正也)あ〜もうっ!やかましい!それより歌子、せっかく富樫くんが来られたんやし、大事なこと聞きや

歌子)そやった!こがな事しとる場合やない!侑芽ちゃんは大丈夫なが?もう心配で心配で…

富樫)またあの子の話やぁ…。皆んなそればっか聞いてきて、僕の事は気にかけてくれんのちゃ!

口を尖らせて拗ねている富樫。
それを無視して正也が問い詰める。

正也)ええから早よう言えま!どうしとる?入院とかやないやろ?

工房で仕事をしている航は、
侑芽の話が聞こえた途端、仕事の手を止めた。

富樫)うん!もう大丈夫らしゅうて今日から仕事しとるよ。念のため、今日は事務仕事しとるさかい、代わりに僕がこっちに来たてわけ!

歌子)え〜!?もう仕事しとるが?大丈夫言うたて…無理しとるんやないかなぁ…

富樫)心配ない!若いんやし寝たら治るて!

正也・歌子)う〜ん…

富樫が去った後
歌子と正也は居間で話をしている。

正也)そら大丈夫やて言うがいちゃ。大丈夫なわけないやろに。体こわしたら元も子もないちゃ

歌子)そいがそいが!あの子、責任感強そうやしね?まだ色々慣れてないさかい、手ぇの抜き方もわからんやないかなぁ…。うち、あとで役所覗いてくるわ!

そんな話を聞いてないフリをしている航は、工房家ら出てきて、いったん居間を素通りし、台所で水をグビグビ飲んでから再びそこを通る。そのまま工房に戻るのかと思いきや、何かを思い出したかのように引き返してきて

航)そう言えばさっき、富樫さん来とった?

歌子)そうやけど?何か用あったがけ?

航)いや…ないけど…

正也)ないなら何や?

航)いや…あの子…どうしとるて?

そんな事をボソボソと小声で聞いてくる息子に
歌子と正也は顔を合わせて吹き出してしまう。

歌子・正也)ワハハハ!

航)な、何?

歌子)かんにん!あんたもやっぱし侑芽ちゃんのこと心配しとるんやなぁて(笑)

正也)お前なぁ、どうせ聞くんならもっと堂々と聞いてこいや!なんで心配しとる事を隠そうとするんや!

航)別に心配なんてしとらん!ちょっこし聞こえてきたさかい聞いただけや!

2人に笑われた航はムスッとし
工房に戻ってしまった。

歌子)それがねー、もう今日から出勤してるらしいの。絶対大丈夫やないと思うんやけど。やさかい様子見てこよかと思とるの

歌子は航に向かってわざと大声でそう言った。
だが航はヘソを曲げたまま無視している。
そこへ正也が歌子に加勢した。

正也)けど歌子、お前今日は美容院行くんやなかった?

正也がわざと嘘をついて歌子に目配せする。
すると歌子は驚きつつもすぐにのみこみ

歌子)そやった!あぁぁぁ、どうしよう!?侑芽ちゃんに差し入れ持って行きたいんやけどなぁ…。正也さんは納品あるでしょう?誰か行ってくれんかなぁ

両親の小芝居に気付きながらも無視をしていた航だったが、
大きく溜め息をついてから振り返り

航)さっきからやかましい!俺が持っていけばええがやろ?それ先に言えや!

航の決断に歌子と正也は静かにガッツポーズをした。
両親の作戦にまんまと引っかかった航は、
早速、南砺市役所へと車を走らせた。

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