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【小説】連綿と続け No.13

航)あの…

侑芽)え…どうかされましたか?

侑芽は驚きつつも首を傾げている。
航は掴んだ手を慌てて引き

航)か、かんにん!あんな、この前もろた飴…あれ、けっこう美味うまかったさかい…その…

侑芽)あぁ。飴ならまだありますよ?

そう言ってバックの中から飴玉を取り出している。
航はあの時のように片手を広げ
深呼吸をしてから

航)こんな手で落ち着くんやったら…、その…いつでも貸すさかい

侑芽)じゃあ…触ってもいいですか?

航)…ええよ

そう答えてそっぽを向いてしまう。
車の中という密な空間で2人の距離が近づく。

航は顔こそ背けているが手は広げたまま侑芽に向け、侑芽はそのゴツゴツとした手のひらに触れる。

豆だらけの不恰好なその手が、幼い頃に繋いだ父の手を思い出させ、妙に落ち着いてしまう。1つ1つの豆を侑芽の細い指がなぞってゆく。

侑芽)フフフ!なんか枝豆みたいで可愛いですね?

航)は?枝豆って…

指の付け根に沿って均等に豆が並んでいるから、
侑芽には枝豆に見えた。

侑芽)私、皆藤さんのこと、お兄ちゃんと思ってもいいですか?

一点の曇りもない表情でそんな事を言うから
航は目を見開き振り向いた。

航)は?お兄ちゃん?…

侑芽)はい!私、お兄ちゃん欲しかったんです!皆藤さんは時に厳しくて、時に優しくて、なんだかお兄ちゃんみたいだから、もしもこの先、また私が間違った方にいこうとしていたら、遠慮なく叱ってほしいなって

航)叱るって…俺はそがなつもりやないんやけど…

侑芽)いえ。厳しい事を言ってくれる人の方が信用できます。それにとっても落ち着くんです。この大きな手

航)ふ〜ん…。別に構わんけど…それやったら妹みたいなもんやし…下の名前で呼んでもええ?

侑芽)いいですよ!お兄ちゃんだから、呼び捨てでお願いします!

航)わかった…。ほんなら侑芽て呼ぶちゃ

侑芽)はい!そうしてください!

航)やったら…俺のことも下の名前で呼んでええよ

侑芽)え?いいんですか?

航)さすがに「お兄ちゃん」はやめてくれま

侑芽)え〜!お兄ちゃんが良かったですけど…。でもはい!わかりました!では「航さん」って呼ばせていただきます!

航)おぉ…そうしてくれ

侑芽)じゃあ、私はこれで。航さん、気をつけて帰ってくださいね。あと、正也さんと歌子さんに宜しくお伝えください

航)わかった。あと…またうちに寄られ。うちの親も侑芽のこと心配しとったさかい、また一緒にめし食うてやって?

侑芽)はい。必ず伺います!

航)ほんなら連絡先…

航はおもむろにスマホを取り出す。
やや強引な流れではあったが、連絡先を交換しようとしている。

侑芽)じゃあ、その時は航さんに連絡します。LINEでもいいですか?その方が早いですよね?

航)そうやな。LINE…どうやって交換するんやっけ…

侑芽)アハハ!ちょっと貸してください!

航)すまん。滅多にこんなんせんさかい…


無事に連絡先を交換して別れた。
侑芽は航の車が見えなくなるまで手を振って見送っている。航はそんな侑芽の姿をミラーで確認し、完全に見えなくなる手前でハザードランプをチカチカ点灯させて帰って行った。

航)お兄ちゃんけ…

実家に戻ると
歌子と正也が待ってました!とばかりに詰め寄ってくる。

歌子)ずいぶん遅なったねぇ〜?今まで侑芽ちゃんとおったが?

航)そうやけど…

航は身構えながら空の弁当箱を渡す。歌子は2つの弁当が空っぽになっているのを確認し、それを正也に見せてからニヤけ顔で静かに悶えている。

正也)ほんで、侑芽ちゃんはどうやったんや

航)あぁ…ちょっこし良うなったらしい。またこっち来た時、顔出すて言うとった

歌子)ふ〜ん♡

正也)ほんなら良かったのう!

航)そ、そうやな…

2人がニヤけながら見てくることに耐えきれなくなった航は、スマホと貰った飴をテーブルにバンと置き、台所で水をがぶ飲みしている。歌子は航には似つかわしくない苺味の飴玉を不思議そうに見て、それを手に取った。

歌子)航〜。この飴どうしたが?侑芽ちゃんからもろたん?アンタ飴なんてめんでしょう?けど美味しそうやし〜、ウチが貰うね?

歌子が飴玉が入った袋を開け口に放り込もうとしたその時、
航は慌てた様子で戻ってきて奪い返し

航)だちゃかん!!(ダメだ)これは俺がもろたんや!

いつもボソボソとしか喋らない航が大声でそう叫んだ。すると全てを察して盛大にニヤける正也と歌子。そんな2人を睨みつけ、航は逃げるように自宅に帰って行った。

飴玉を舐めながらベットの上で仰向けになった航は、ようやく落ち着きを取り戻し、スマホを取り出した。すると侑芽からメッセージが届いている。

『今日はありがとうございました』

胸が高鳴った。これはもう、侑芽に恋をしていることを認めざるを得ない。そして、項垂うなだれながらこう呟いた。

航)こんなん苦手ちゃ…

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