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【小説】連綿と続け No.12

市役所に到着した航は、
意を決した様子で歌子から渡された差し入れを持って中に入っていく。

ところが侑芽が在籍している観光推進課の場所がわからずキョロキョロとあたりを見回していると、たまたま通りかかった高岡が駆け寄ってくる。

高岡)あれ?確か昨日お会いしましたよね?どうされたんですか〜?まさか私に会いに来てくれたんですかぁ!?

勘違いはなはだしい高岡はいつもより声のトーンが高い。

航)いや、ちょっこし用があって寄ったんやけど、あの子…おる?

そう言うと高岡は瞬時に通常に戻る。

高岡)あぁ、一ノ瀬ね。居ますけど、呼びましょうか?

航)ほんなら頼む

侑芽に会いに来たとわかった途端、
手のひらを返したように冷遇する高岡。

高岡)別にいいですけど、ここは役所なんで本来は私用の呼び出しは出来ませんからね!

そう吐き捨てて去って行った
少し待つと侑芽が走ってくる。

侑芽)皆藤さん!!どうされたんですか!?

航)あぁ…仕事中かんにん。ちょっこし用があったさかい、ついでに寄ったんや。うちの親がこれ渡して来いてやかましいさかい…

そう言ってぶっきらぼうに差し入れを渡す。
侑芽はそれを両手で受け取り

侑芽)わぁ!嬉しい。わざわざありがとうございます!

航)ほんで…もう大丈夫なん?

侑芽)はい!もうピンピンしてます!元気だけが取り柄なので!

そう言って笑顔を見せたが
よく見るとまだ顔色も悪く、少し痩せた印象だった。

航)仕事、何時まで?

侑芽)実は今日はもう帰っていいと言われていて…でも帰ってからもう少し仕事しようかなって…

航)はぁ?ほんなら何の為に早う帰るんや。意味ないちゃ。そんな事しとるから体調崩すんや!

侑芽)そ、そうですよね…。じゃあ今日は、このまま大人しくしてます

そう言って微笑んだ侑芽は
差し入れが入った紙袋に顔を埋めて

侑芽)わぁ〜美味しそうな匂いがする〜。お腹空いちゃいました(笑)

航)もうすぐ帰んなら待っとるさかい、それ…外で食わん?

侑芽)え?でも…

航)天気もええし…気晴らしいうか…その…

航なりに勇気を振り絞っている。
それが伝わったのか侑芽もその提案に乗った。

侑芽)いいですね!外でご飯!でもいいんですか?お仕事…

航)今日はもう終わらせてきたさかい…俺は暇なんやけど…。けど体しんどいなら無理せんでええよ

侑芽)いえ!せっかくだから外で食べたいです!

航)おぉ。ほんなら待っとるちゃ

侑芽は仕事を切り上げて
航の車に乗りこんだ。

車は井波に進んでゆき
途中から瑞泉寺の裏山を上がっていく。

航)具合悪い時に山道でかんにん。大丈夫?

侑芽)全然大丈夫です

航)この先に公園があるのちゃ

侑芽)公園?

航)閑乗寺かんじょうじ公園言うて、たまに気晴らしで行くとこや。今日は天気いいし…眺めがいい思う…

そこは砺波となみ平野を一望する展望の良い公園だった。

年間を通して曇天が多い富山県だが、
この日は夏のような日差しが注ぎ、
青空に綿菓子のような雲が浮かんでいる。

侑芽)最っ高の景色ですね!

航)うん…そうやな。けど俺は見慣れとるさかい、そこまで感動せんけど…

眼下には散居村さんきょそん長閑のどかな風景が広がり、そんな景色を望む場所に置かれたベンチで歌子が作った弁当を広げる。

まるでこうなることを見透かしていたように
2人分の弁当と箸が二膳付いていた。

侑芽)いただきます!

とろろ昆布を巻いたおにぎりに卵焼き、
フキやゼンマイなどを薄味で煮た山菜の煮物が入っている。

侑芽)美味し〜!

モグモグとそれらを頬張る侑芽を
時折りチラと見つつ航も一緒に食べている。

航)うちの母さんの弁当て、いつもこがな風に茶色いおかずばっかしなが

侑芽)それがいいんですよ!歌子さんの手料理、大好きです!

侑芽は実家を離れてから母の偉大さを実感していた。掃除や洗濯、料理をこなしながら子育てや仕事を並行している。それでも笑顔を絶やさなかった母をあらためて尊敬している

航)そうけ?うちの母さん、全部適当やさかい

侑芽)そんなことないです!そんなこと言ってたらバチが当たりますよ?

航)そうかもしれんな

食べ終わってからは何を話すわけでもなく、
ぼんやりと夕暮れに染まる砺波平野を眺めた。

侑芽は普段、人と話す時はなるべく沈黙にならないよう、自分から話しかけるクセがついていたが、航といると不思議と沈黙が気にならなかった。

航は航で元来がんらい口下手であるから、
景色を見るフリをしながら侑芽の様子を気にかけていた。
だが思い切って重い口を開いた。

航)仕事、始めたばっかしで大変なんやろうけど、もっと自分を大切にせんと…。まぁ…こんなこと、もう色んな人から言われとるか…

侑芽)いえ、ありがとうございます。確かに自己管理が出来ていませんでした。反省してます

航)反省はせんでええけど…。ほれに街コンなんて、どうせ上のもんが勝手に決めたがやろ?そんなん出来んて断ればええのちゃ

侑芽)断れません。上からの指示は絶対ですもん

航)それがお役所仕事いうんや!俺はそういうんが大嫌いちゃ!

侑芽)すいません…。おっしゃる通りです

航)いや…こっちこそすまん。あんたは真面目に仕事しとるだけや。なんもわるない

そんな話をしているうちに日が沈み、暗くなった。
航は再び侑芽を送り届ける。

侑芽)ありがとうございました

侑芽が礼を言って車を降りようとした時、
航は咄嗟に侑芽の腕を掴んで引きとめた。

航)あの…

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