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【小説】連綿と続け No.32

航が侑芽にLINEを送った。
だがいくら待っても
既読にならないまま時間だけが過ぎた。

“1週間も放ったらかした罰やな”

そう思って諦めにも似た境地になり、
頭を抱えたまま天井を仰ぎ見る。

今すぐにでも会いに行きたい。
だが酒を飲んでしまっていたから
今から運転はできない。

腹をくくって電話をかけるも
応答はなかった。

一方、侑芽はベランダに出て
ぼんやりと夜空を見ていた。

眠れぬ夜が続き、
無理をして眠ることは諦めて、
ベランダで数時間ぼんやり過ごし、
明け方に2時間ほど仮眠する、
と言う事を繰り返している。

もう何も考えられない
という状況であった。

最初の数日は航から連絡があるかもしれないと、
スマホを肌身離さず握りしめていたが、
待つことがしんどくなり、
スマホはサイレントにしたまま
鞄に入れっぱなしにしている。

だから航からの連絡に気づかない。

富山に来てからこれまで、
色々な人達と出会ってきた。

皆、親切にしてくれていたから、
とても居心地が良かった。

だが本当に心を許していたのは航だけだ。
だからその航が離れてしまった今、
心から安らげる居場所がなくなってしまった。

侑芽)こんな風になるなら、恋なんてしない方がよっぽど幸せだね?

航から貰った招き猫にそう話しかけている。
今の侑芽にとって
本音を話せる相手はこの招き猫だけだ。

ふと明日の予定を思い出し、
鞄からスマホを取り出すと、
LINEの通知に目がとまる。

侑芽)誰からだろう…

そこで航からのメッセージと着信に気づき、
なぜか怖くなって
内容を見ないままスマホを胸に当てた。

そのまま目を瞑り数分考え、
覚悟を決めて内容を確認すると

『連絡せんですまんかった もう一度話がしたい』

話がしたいって…どういう話だろう。
ここで話をして決定的な別れ話になったら、
今以上の苦しみが待っている。

それならむしろ、
もう話はしたくない。

返信をしないまま布団に潜り込んだ。

いつか時間が解決する
忘れよう

そう自分に言い聞かせている。

侑芽がそんな風に思ってしまった事は、
航が知るよしもなく、
既読がついたことだけ確認していた。

返信はなかったが
読んでくれたことだけはわかった。
だからとりあえず連絡を待つことにした。

翌朝、侑芽はいつも通り出勤する。

この日は市報に載せる
「季節のおすすめスポット」の取材に出る。

どこが良いか観光協会の西川に相談すると、
市内にある「桜ヶ池公園」がお勧めだと言い、
彼の案内で一緒に向かうことになっていた。

そこは砺波平野を一望する高台にあり、
桜ヶ池という溜め池を中心に
アスレチック、釣り、ボートなどが楽しめ、
湖岸の木道を散歩したり、
野鳥観察などもできる長閑のどかな公園であった。

侑芽)わ〜!とっても爽やかですね。風も気持ちいい

西川)いいでしょここ。桜の時期もキレイながやけど、これからの時期に来るのも最高なが!俺はこの湖岸でぼーっとするんが好きで。なんやこう、余計な雑念が取れるいうか。風の音と鳥の声しか聞こえんさかい、心が洗われてしまういうか。あ〜っ!うもう言えんな。この思い伝われ〜!!

侑芽)フフフ!伝わりましたよ(笑)西川さんの桜ヶ池愛!確かにいいですね。やすらぎます

目を瞑り、深呼吸する侑芽。
西川はその様子を見つめてしまう。

すると侑芽が急に目を開け視線がぶつかる。
西川は慌てて目を逸らし

西川)そ…そうや!ちょっこしここで待っとって?

そう言って売店の方へ走って行った。
少しするとソフトクリームを両手に持ち
走って戻ってくる。

侑芽)わぁ!危ないですよ!落としちゃうからゆっくり〜!

今にも転びそうになりながら走ってくる彼を見て笑った。
西川はなんとか落とさずに持ってきて、
侑芽に1つ渡す。

西川)ここのソフト、めちゃくちゃ美味いがよ!食べてみて?

侑芽)アハハ!ありがとうございます!

並んで座り、
ソフトクリームを頬張った。

侑芽)美味し〜!あっ、これも撮れば良かった〜

西川)もう撮ってあるさかい!後で送るわ!

食べ終わると取材と写真撮りをし
再び役所に戻る。その車中で

西川)仕事とはいえ、なんや…デートみたいで楽しかった

西川が照れながら言う。

侑芽)確かに、デートに最適なところですね。それも書こうかな〜

さらっと受け流す侑芽。
西川は頷きながらも侑芽の横顔をチラと見たが、
その横顔はどこか寂しそうであった。
役所に着くと

西川)今日はまだ仕事残っとるがけ?

侑芽)いえ、今日はもう終わりなんです。最近残業するなってうるさくて

西川)ほんなら俺も直帰やさかい、良かったら送ってくちゃ

侑芽)それはさすがに悪いですよ

西川)なん!帰り道やさかい送らせて?

侑芽)では、お言葉に甘えて…

西川の車でアパートに着いた。
礼を伝えて降りると、
そこには久しぶりに見る航の姿があった。

侑芽)航さん…

航は西川の車から降りてくる侑芽を見て
呆然としている。

航)……

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