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花冠のスカートはひらめいて

松の木の枝が、どんどん理想の球体に近づいていく。全体を見回して切り残しがないか確認し、脚立を慎重に降りた。ちょっと離れて、振り返る。

立派な松の木の枝葉は、塊になって美しい局面を描いている。下部の枝葉の塊は楕円形、上に行くほど円形になっていく。

よしよし、今回も注文通りにできた。

「ははー、お見事。綺麗でため息が出てしまいますな。ありがとうございます。どうぞ、中で休んでくださいよ。美味しい最中、ありますから」

いつの間にか家主が隣に立っていて、少し驚いた。

「いえいえ、お構いなく。道具片したらすぐお暇しますので。いやー、職人冥利に尽きますよ。そんなに喜んでいただけると」

本当に嬉しい。植木職人として、独りでひっそり生きてきた。今ではただの頑固なおじさんだが、この時だけは素直だった少年の頃に戻れる。だから、植木職人は止められない。



軽トラを道路に面した駐車場に停めて、積んでいた商売道具を家の倉庫に戻している時、強い視線を感じた。その視線の主のほうをちらっと見る。

フランス人形、いや、ドレスを纏った少女が1人立っていた。頭は草花で豪華に飾られている。造花を頭に乗せるのが、最近の流行りなのか?

気付かないふりして作業を続ける。知らない子だ。外国人なのだろうか。なんで、そんなに見てくるんだ。なぜだ。俺の服装がどこか変なのだろうか。もしかして、幽霊、じゃないよな。


結局、ずっと少女に監視されていた。最後の荷物を倉庫にしまい終えて、覚悟を決めた。道路に戻り、葉や蔓で顔も覆われかけている少女の前に立つ。

「お嬢ちゃん、そろそろお家に帰りな。ここらへんはすぐ暗くなる。それとも、迷子か?」

「あ、あの、もしかして植木職人さんでございますか。ここらへんのお庭の木を剪定していらっしゃる?」

小学生くらいだろうに、老婦人のような話し方で面食らった。

「……そうだけど」

「ああ、やっと会えた!ここの地域の優美に刈りこまれた庭木を見て、ぜひお会いしたいと探しておりました。あの、ぜひお仕事を頼みたいのです。できるだけ早く、カットしていただきたいのです。これを」

早口で迫ってくる少女は、自身の頭を指した。



「こんなもんで、いいかい?」

どうにか見つけた大きい鏡2枚を駆使して、少女に髪型の仕上がりを確認してもらう。イスの下に敷いた新聞紙の上には、葉や茎や蔓がたくさん散らばっている。

「まぁ、素晴らしい!イメージ通りの綺麗な丸いヘアスタイル。花が良く見えるし、軽くなったし、視界良好です。本当にありがとう。助かりました」

振り向いて、両手の握手をしてくる少女の満面の笑みに、年甲斐もなくドギマギしてしまう。



ちゃぶ台でお茶をすする少女の前に、最中を出した。貰ったばかりの、ちょっとお高い最中だ。

「お腹空いたろう」

「あら、ありがとうございます。これは……」

「最中っていう和菓子。食べたことないか?あ、やっぱり海外から来たのか?」

「初めてです。もなか……可愛い響き。海外というか、宇宙外というか。違う星から来ました。この星の情報は学習しておいたのですが、大変で。大きな街に出たら、ゴスロリ?とかコスプレ?とか言われて騒がれるし。なぜか髪がすごい伸びてきちゃうし、そのまま夜中歩いてたら、怖がられて悲鳴を上げられるし」

ため息を吐きながら最中の包みを解いた少女は、最中をしばし眺めて、かじった。目を輝かせて、パクパクと食べ進めていく。

「星?……まぁ、お嬢ちゃん、その頭と西洋人形みたいな恰好じゃ目立って当たり前だな。親御さんのいるホテルか旅館の名前は?少し休んだら、送るぞ。きっと心配してる」

「私の星では、異星での数週間の1人旅を終えて初めて、大人と認められるのです。私は今、その旅の途中でして。私たちは1ヶ月ほど不眠不休で活動できるので、宿はとっていないんです。あ、でも少しはお金持ってます。ちゃんとお代は払います」

少女はレースに縁どられた小さいポシェットをごそごそし始めた。

「お代なんて要らないよ。それより、1人旅なんて、大丈夫か?」

「大丈夫ですよ。このポシェットから何でも出せますから。ほら」

ごっつい機関銃のようなものがポシェットから半分ほど出て来た所で頭を抱えた。どういうことなんだ。頭痛がしてきた。

「あ、そうだ、職人さん。私の星では男性もスカートを履くのです。男性のスカートの豪華さを競い合う大会なんかもありまして。失礼ですが、ウエストはいかほどで?」

「……82cm」

投げやりに答えたら、少女はポシェットからスマホのようなものを取り出した。少し操作したと思ったら、目の前に大きな花弁のような色とりどりの布の山が、ぽんっと現れた。

「私のスカートのコレクションです。ウエストも調整しておきました。ヘアカットと最中のお礼に、職人さんに似合うスカートを見繕って差し上げます。ささ、立って立って」

はしゃぎ始めた少女に手を引かれて、カラフルな布の山の前で立ち尽くした。ユリ柄の長い巻きスカートが浮き上がって、俺の腰に巻き付いた。

「まぁ!可憐なユリがぴったり!」

「っははは!おじさんなんだぞ、俺」

産まれて初めて、スカートを履いた。ふざけて、ターンしてみる。美しい草花の髪をもつ異星人の少女と笑いながら、奇妙なファッションショーは続く。


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