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アナザーユニバースに浮遊するアポロ


「バズ!マイケル!応答してくれ!」

やはり応答無し。暗い周囲を見渡して、焦りが増す。星が少なすぎる。遠くで光っているはずの星が、無い。おかしい。

月に着陸する準備をしていたら、帰るべき宇宙船を見失ってしまった。宇宙船と繋がっているはずの命綱は、途中で切れていた。宇宙船にいるはずの仲間からの応答もない。

すぐ後ろにある月は、中心部分に向かって渦を巻いている。目の錯覚かと思ったが、どうやら本当に、月に穴が空いているようだ。どうなってる。

「頼むから、応答してくれ!」

何度もヘルメットの内側のマイクに叫ぶが、反応無し。何回も深呼吸して、パニック寸前の自分を落ち着かせる。ドーナッツのような月をじっと見ていると、穴の中心部から突然何かが飛び出てきた。

今さっきまで乗っていた、宇宙船だ。

急いで宇宙船に近づく。耳をつんざくノイズの中に、バズとマイケルが私を呼ぶ声が混じっている。二人とも生きている。良かった。

「ああ、バズ!マイケル!無事だったか!ハッチを、ハッチを開けてくれ!」



宇宙船に戻り、すぐに地球の基地に救難信号を送ってみるが、まったく手応えがない。

途方に暮れ、三人であの月らしきものを眺めていると、何かがまた、渦の中心部分から出てきた。忽然と現れたのは、丸く白い、何か。

ふわふわと浮遊している。急いで双眼鏡を取り出し、未確認物体に目を凝らした。

「ニール、どうだ?なんだと思う?」

「……」

自分の視覚を信じられなくなり、無言でマイケルに双眼鏡を渡した。

「……クラゲ……?」

呆然とするマイケルからバズが双眼鏡を受け取った。窓の外を見て、無言のまま両手で頭を覆う。バズの手を離れた双眼鏡をキャッチし、またクラゲを覗こうとした瞬間。

窓の外が曇ったように白くなった。

「ひっ!」

三人同時に息を呑む。

「地球のヒトですね。何でこんなところに?」

甲高い声が船内に響き渡る。窓の外に一瞬、虹色のネオンの光が走った。ああやっぱり、あの大きなクラゲが、すぐ近くにいるのだ。

「ほほう。なるほど。月に降りようとしたと。なんて危険なことを。あれは実は天体ではないのですよ。星に見せかけた穴です。ホワイトホール。ブラックホールが飲み込んで、宇宙に貯蔵しておいたものを、別の宇宙に送る装置です」

耳を塞いでも鼓膜を震わせてくる声は、おそらく私たちの記憶を探っている。心臓を撫でられるような感覚に、思わず呻いた。これは、クラゲじゃない。

「私は宇宙間旅行をしているクラゲです。ただ漂っているだけでも、楽しいものですよ。ご一緒に、とお誘いしたい所ですが、あなた方はすぐに寿命を迎えてしまう。小さな流星のように」

無意識に目から涙が流れて驚く。自分のものでない、悲しい、寂しいという感情で溺れそうになる。

「……地球のある宇宙に帰るには、こちらの宇宙のブラックホールに吸い込んでもらうしかありません。私がブラックホールまで案内します。少し眠っていていただけますか。ちょっと遠いので」

一気に意識が遠のく。窓の外には、また虹色のネオンの閃光。「さようなら。会えてよかった。良い夢を」というクラゲの呟く声が、最後に聞こえた。


目が覚めて、一番に目に入ってきたのは、地球の鮮烈な青。




地球に帰還した私たちは、正直に月での出来事を報告した。しかし、仲良く三人で幻覚を見ていたということになった。もうあれから四〇年近くが経って、マイケルとバズはもうこの世の人ではなくなった。

私は今も、月はホワイトホールだと真剣に主張しているが、家族にも冗談だと受け取られる。まだ、考えている。どうすれば、信じてもらえるだろうか。

宇宙という世界は無数にあるということを。月を、ホワイトホールを通った先には、見知らぬ宇宙が広がっていることを。

そして、宇宙と宇宙を自由気ままに行き来する、親切なクラゲがいることも。


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