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秋祭りの飴細工奇譚

野菜で山盛りの籠を神主さんに手渡し、ほっとして本殿の前を眺める。秋祭りのために豪華に装飾された本殿の前には、米や野菜などのお供え物がずらりと並べられていた。

今年は、どこの畑も豊作だったらしい。私の小さな畑も珍しく豊作だった。小さな町の小さな神社の秋祭りで、これだけのお供え物が集まるとは驚きだ。

本殿にしっかりお辞儀をしていると、かすかに動物の鳴き声が聞こえた。見回すと、張り子でできた子狐たちと目が合った。この稲荷神社では、祭りの時に張り子の子狐たちが飾られる。

近所の子どもたちやご老人たちの力作だ。魂が宿っても、おかしくはない。張り子の子狐の頭を撫でてから、境内に戻った。



夕暮れになり、境内の出店が活気づいてきた。最初はかき氷、いや、りんご飴か。あ、射的もやってる。出店を見て回っていると、やはり童心に戻ってしまう。

境内の奥まった場所を覗いてみると、見慣れない出店があった。看板には、「おまかせ飴細工~あなただけの飴細工を~」と書いてある。時々、出店の奥から歓声が上がる。どうやら数人の飴細工職人さんが腕を披露しているらしい。

職人さんの手の中で、ただの飴がリアルな動物の姿になっていく。その魔法のような早業に、目が釘付けになった。

「飴細工、お好きですか?」

よく通る美しい声がして、はっとした。無意識に、出店にかなり近づいてしまっていたらしい。受付にいた女性は、挙動不審な私に微笑んでくれた。

「見ちゃいますよね。職人の私たちも、時々仲間の手さばきに見惚れてしまうんです。私たち、今回が初出店でして。どうぞ、よろしくおねがいします」

「ああ、ご丁寧に。こちらこそ、よろしくお願いします。飴細工の出店は、このお祭りでは珍しいもので、ついじっと見てしまいました。職人さんがたくさんいるのも、珍しいですよね」

「男性二人、女性三人の飴細工職人ユニットとして活動してます。この神社の近くに小さなお店を構えてまして。そのお店でも、お客様それぞれにぴったりな飴細工を作らせてもらってます」

「おまかせ飴細工、ですよね。それは、どうやって作るのですか?」

「まず、お客様と飴細工職人同士で少し会話していただきます。ああ、世間話程度ですよ。なにげない言葉からお客様の個性を拾った職人が、お客様に相応しい動物の姿の飴細工を作るんです」

面白いシステムだ。感心していると、疲れた様子の男性と女性の職人が、出店の奥から出てきた。

「ふぅ~、暑いから飴がすぐ溶けちゃうねぇ。細かい所が特に難しい。これはこれで楽しいけどね。あ、新しいお客さん?」

小柄で可愛い女性から、とてもハンサムな声が出てきて驚いた。これがイケボ、というものか。

「ほんと、飴の扱いが難しいですね。これは腕を磨くチャンスですな。日々精進あるのみ。あれ、お客さん?」

坊主頭の男性から、これまたハンサムな声が出てきた。低く深い声はとても落ち着いている。面白そうな飴細工屋さんだ。いそいそと財布を取り出す。

「では、一人分、お願いします」

受付の女性が目を見開いた。

「え!いいんですか?!わーい!なんだか強引で、すみませんね」

「いいえ、楽しそうなので、試したくなりました。甘いもの、大好きですし」

「うふふ、ありがとうございます。じゃあ、待機してた職人さんを呼んできますね」

案内されたパイプ椅子に腰かけていると、女性の職人さんが駆け寄ってきた。

「どうも~。私がお客様の飴細工を担当させていただきます。どうぞ、お楽に。少しお話しましょう」

長机の向かいに座った女性は、とても穏やかな雰囲気だ。暑いですね、というような世間話から、あれよあれよと話が弾む。

職人さんの女神のような透き通る声に、うっとりし始めた時、ついに飴細工の成形が始まった。しかし苦戦しているようで、もう一人、男性の職人さんが助っ人として登場した。

「どうも、初めまして。お客さん、この飴細工屋の出店に入るとは、お目が高いねぇ~。職人二人がかりの飴細工ショー、どうぞ楽しんでってよ」

優しい目元が印象的な男性の職人さんも、朗らかな良い声だ。ここの飴細工職人さんたちは全員、声優さんにもなれそうだ。

二人の職人さんが、飴の塊を交換しながら、動物の姿を生み出していく。手品やサーカスを見ているような感覚で、その様子を凝視した。

「「はい、一丁あがり!」」

二人の掛け声と同時に、飴細工が刺さった棒を手渡された。尾羽が長い、ゴージャスな鳥だ。

「これは、鳳凰雀ほうおうじゃくという鳥です。気高い鳥ですが、サバンナを生き抜く力強さも備えています。お客様のイメージに合うかと」

「おお、すごい鳥なんですね。綺麗。ははは、照れちゃうなぁ。ありがとうございます。本当に素晴らしいものを見させてもらいました」

夕空に飴の鳳凰雀を掲げ、じっくりと眺める。これは、もったいなさすぎて食べられない。


職人さんたちに感謝を伝え、出店を離れる。なんとなく振り返ると、職人さんたちが全員、狐の姿になっていた。目を擦ると、人間の姿に戻った。受付の女性が、人差し指を口に当てながらウインクする。

ああ、子狐に化かされた。

そう妙に納得しながら、境内をゆっくり歩く。また来年も、飴細工の出店に立ち寄ろう。



☆9月18日(月)にX(Twitter)のちゃも月さんのスペースにて、「シャッフル朗読会」が開催されます。募集した詩を6人の読み手が朗読する宴です。今回のショートショートはそのシャッフル朗読会から「秋祭り」というテーマをいただき、書かせていただきました。
読み手の皆さんを登場させちゃっております(´▽`)

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