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耽溺

 わたしがあなたの中で大きく水飛沫をあげても、あなたはやさしく両手で抱きしめる。わたしの悲しみ、わたしの傷に、あなたは黙祷する。濡れた睫毛、同情のない抱擁に全てを委ねたくなった。わたしとあなた、そんな狭い世界で優しく激しい片恋をする。井の中の蛙でも、あなたと二人の時間を紡げるのならば、わたしは死ぬまで世間知らずな蛙でいたい。ポケットの中にある一番甘やかな毒で、長い時間をかけて毒浸しにする欲求、そんな愛の歪みを知覚する。あなたに甘い眼差しを向けられる度、もっともっと汚されたくなる。三日三晩あなたという釘で身動きがとれず魘される夜に、「心掴まれる」という感情を知る。恋慕という不自由な幸せに浸り、もっともっと不健全な血液で、何度でもわたしを汚してほしい。あなたの外側に出てしまった、かつてはあなただったものに包まれ眠りにつきたい。わたしに向ける綺麗ではない感情から、二人だけのあなたとわたしを作る。あなたのきもちわるさを、両手で抱きしめ飲み込みたい。きっとそれすら愛おしい。自他の境界線がぼやけた瞬間、わたしとあなたを往還し続けてひとつになればいいのにと思った。わたしははあなたになりたい。左腕に刻んだ蝶の刺青にそっと接吻して、こんなにも単純でわかりやすいわたしを、難解に解釈してほしい。その厚い唇をなぞる指先になりたい。あなたのささくれを舌に感じた刹那を、わたしは何度でも反芻する。わたしの曲線を、あなたはノンセクシャルに受け入れる。わたしをわたしのまま、抱えてくれる。きっとわたしが『私』でなくとも、わたしが"わたし"である以上、ずっとやさしく側にいてくれる。優しい嘘でも汚い欲求でもいいから、ねこのように伸びをするわたしを愛撫する細く白い指も、本物だと思いたい。こんな文字を綴り続けるわたしの気持ち悪ささえ、あなたに愛してもらいたい。そんなきもちわるい欲求らは、わたしに沈殿し続ける。溺れたらわたしのおもい身体はいつか、ゆらゆらと水底を舞い散る。まだ浅瀬にいるのに、わたしはこんなにも息苦しくて幸せなのだ。

 ああなんとも、あなたに耽溺するわたしは醜くきもちわるい。

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