眠川ケイ

自由を深く愛しています。頻度は気まぐれ。拙い言葉たちですが、どうぞご笑覧ください。

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零桜

 春の雨が憎い。本当に憎い。「まだ白い花弁の桜は強いので雨に流れませんが、桃色の桜は花弁が弱っているので雨に流れてしまいます」天気予報士の声が外耳道で静かに咀嚼される。私がかわりに濡れますから、あなたはもう少しそこにいてください。私は散り散りになってしまっても構いませんから、あなたはもっとそこにいてください。薄紅色の影を日本中に落として、醜悪な政治や差別、憎しみ、そして人間、目を背けたくなる厭なことに、全人類が陽気になれる蜃気楼をかけてください。そんな碌でもないものたちから目

    • 耽溺

       わたしがあなたの中で大きく水飛沫をあげても、あなたはやさしく両手で抱きしめる。わたしの悲しみ、わたしの傷に、あなたは黙祷する。濡れた睫毛、同情のない抱擁に全てを委ねたくなった。わたしとあなた、そんな狭い世界で優しく激しい片恋をする。井の中の蛙でも、あなたと二人の時間を紡げるのならば、わたしは死ぬまで世間知らずな蛙でいたい。ポケットの中にある一番甘やかな毒で、長い時間をかけて毒浸しにする欲求、そんな愛の歪みを知覚する。あなたに甘い眼差しを向けられる度、もっともっと汚されたくな

      • 印象派的身体

         目を開けば開くほど、泣いてはいけないと思えば思うほど視界がぼやけ、見たいものも見たくないものも全てが霞んでいき、光と影を残して実像と実像の境目がいっしょくたんになってしまった。空に向かって伸びるあなたの人差し指は空に飲み込まれ、あの時胸がヒリつくほど感じた怒りも諦念も寂しさも、あたかもそこに存在しなかったかのように吸収され、あなたはあなたのままだ。光と影以外のものが全て、付和雷同的にぬるっと同じ色で佇み続ける。 つけた傷もついた傷も見えなくなり、眼鏡を外した時の視界が広がる

        • コートの煙

           苦手だった煙草を始めた。話しかけても同じ顔でしか返事しかしないあなたが、喫煙所で表情が緩んでいるのを見た。首から下げているVivienne Westwoodのライターに口元のそれを近付け、白く長い雲をたなびかせる。あなたの煙だと知れば"臭い"は"匂い"に変化し、吸うのに使う二本指と咥える薄い唇がとてつもなく妖艶だったから、思わず目を逸らした。何度も踏み潰され赤黒くなった名も知らぬ木の実を見つめながら、あなたの残像に釘付けだった。あなたの存在は、煙草を始める動機として十分すぎ

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          酔恋詞

           あの夜悪魔が、毒を塗布した矢で私の心臓を射抜いた。「きっと好きになる」悪い予感は的中し、すっかり君の沼の肥やしになった。11歳以来の恋慕の情は、行く宛てもなく私自身に跳ね返ってくる。傷口はまだ傷口のままで、瘡蓋は中々私を覆ってくれない。悪いアモルよ、あなたの気まぐれな遊戯に私は狂わされている。あなたにとっては口笛を吹くぐらいの出来事なのかもしれないが、私は矛盾まみれのぐしゃぐしゃな感情を抱き続けている。魔法のかけ方を知っているならば、魔法の解き方も知っていておくれよ。解けぬ

          茹る世と蛍

           ことばの海を泳ぐ快楽、こころの脆さ、そして世界はゴミに満ちていることを知った。美しい星に汚物が散見される世の中だと思っていたが、実際は屍臭の漂う世に、可憐な花がぽつりぽつりと咲いているだけなのだと知った。あなたはその可憐な花を摘み、私の枕元まで運んでくれた。花は私を安らがせた。 現世への絶望はどうしようもなく愛おしく、期限付きの幸せと矛盾ばかりの感情、そして歪な形の花を抱きしめながら、一途に走った。すぐに明ける夜は、私の希死念慮を麻痺させた。夜の喧騒を抜けて終電を越え、飲め

          茹る世と蛍

          諦念の古傷

           息を呑んだ。胸の高鳴りではなく、心臓がやけに焦りながら連続で脈を打った。涼しい部屋なのに汗が流れた。寒いのに暑い、脂汗が。食道や胃を摘まれた感じがする。吐き気がする。苦しみも悲しみも咀嚼しきれず、身体の外に出てしまった。呑み込まなくては成長せぬのに、血肉になることなく身体はそれを拒絶した。私はずっと小さいままここに佇んでいる。  これは私の傷だ。あなたの言葉によって、心臓をくり抜かれた感触がする。剥き出しの内臓が脈を打っているだけだ。魂も思想も道徳も規範も、あなたのモラル

          諦念の古傷

          葬想覚え書

           納棺師が死化粧を施すさまを目にして、あなたが日常だった日々を想い出し、涙が止まらなかった。お経よりも傘村トータの「あなたの夜が明けるまで」がうるさく脳内で鳴り響いていた。私はあなたの孤独を知っている。生きる理由を真面目に模索し、疲弊するあなたを知っている。しかしあなたに生きて欲しいと、傲慢な欲求を抱いてしまう。終わりの世界で死にたいと思うことは、とても理解る。だけれども、愛おしい人にはこの世で生きていて欲しいと思ってしまうのは何故だろう。人間の利己なのだろうか。世に汚染され

          葬想覚え書

          棺を満開にして

           「桜が綺麗すぎて、わたしもうすぐ死ぬんじゃないかなって、涙が出そうになる」後れ毛を風になびかせながらそう言う彼女は、きっと私と同じ星の人だ。そう確信した。桜は満開が一番切なく寂しい。全て散ってしまった時の虚無をどう乗り越えればよいのかと、私は飽きることなく毎年頭を悩ませる。強い風、優しい雨で花は散り、流れていく。桃色に埋め尽くされた川を見ると、その美しさに心を奪われると同時に、桜の終焉を感知し絶望する。  桜の木の下には死体が埋まっているという都市伝説は、花が美しすぎるが

          棺を満開にして

          虹を掬う

           あなたがどんな短歌を作っているのか、聞けなかった。不可侵の領域に足を踏み入れてしまう可能性を恐れた。痛みや悲しみを踏み抜くことが怖かった。  だけど私は、あなたが見ている世界を知りたかった。5・7・5・7・7という秩序の中で、あなたは言葉によって、いかにして世界を切り取るのかを知りたかった。でもきっと、あなたの世界の切り取り方に共感できてしまったならば、あなたのことをもっと好きになっていた。やっぱり知らなくてよかった。あなたが見ている世界、あなたの気持ち、あなたの内側を覗

          海乙女

           夢を見ていた。しかし、いつから夢を見ていたのかは、まるでわからない。頬に刺青を入れられた時だろうか、それとも私の胸からだらだらと流れていく血を、あなたが啜った時だろうか。返り血を浴びたあなたと目が合った時に、左右非対称なあなたの唇にセクシャルな感情を抱いてしまったのは、夢だったのだろうか。現実と夢の境界線はぐにゃぐにゃと波打ち、超現実主義の絵画を見ている時のような不安に襲われる。生ぬるく、緩やかな不快感がねっとりと私に絡みつく。視界に広がる景色のどこにも、私の居場所はないの