ねね

ことばを連ねるよ

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最近の記事

パンケーキの日

その日も私はいつもどうり午前中をすっ飛ばし、午後一時にのんびりと起きた。「おはよ」申し分程度にリビングにいるおじいちゃんに声をかけ、顔を洗いに行く。「つめたっ」今日は寒いらしい。 こぽこぽこぽ。。 今日も時間は泡ぶくに乗って歩いていく。 あ、なんかパンケーキたべたい。魔法の粉を探し出す。あると思ったところにないのはお決まりよ。おなかがペコペコの私には食のきらめきは太陽級。あとで日向ぼっこしながらネイル変えようかなあ。 ピンポーン。 「ごめんいまおきたぁ!」おいおいまた

    • 日常 

       ある日、私は猫になっていた。  いつもいつも遊んでばかりで許される。  いい加減、何か学ばなくてはと思ってみたが、何せ口からでる言葉は「にゃーん」しかない。 仕方ないから今日もゴロゴロと喉を鳴らして幸せに過ごしている。  私が観察する限り、人間とやらは忙しいことに重きを置いているみたいだ。私は日に当たり、また喉をゴロゴロと鳴らした。   いい心地だ今日も。   私は今日もめいっぱい太陽の光を抱きしめた

      • 日記。 今日は振り返ってみて、自信がついた日だった。何かに固執するのは本当によくない、ってすっごく思った。いつだって柔らかな思考でいようよねん!

        • 「私の私だけのもの。」

          なんか、布団に入って、おもむろに紙とお気に入りのシャーペンで、ノートの中を泳いでいたら、なんか、なんか思ったの。自由で静寂で以後ごちのいい温度の中、私はね、見つけたの。ふふ。私はこうやって生き方を手繰り寄せていくんだね。 あのね、私に必要なのって、「私のために生きる」ってことなんじゃね。って思ったの。私100パーセントで生きるってこと。 頭の中に、第三者目線、みたいなのを入れ込んでるときあって、それこそ、ふとした瞬間に、自分のこと謎のジャッチしてるときあるなあって思った。よ

        パンケーキの日

        • 日記。 今日は振り返ってみて、自信がついた日だった。何かに固執するのは本当によくない、ってすっごく思った。いつだって柔らかな思考でいようよねん!

        • 「私の私だけのもの。」

          「おふろがんばった」という黄色信号

          ほんとうに、じぶんでも意味の分からないくらい、きょうのわたしのおこころは、しゅん。で。 とにかくずっと意味のないインスタのリール動画と、ツイッターと、ユーチューブの動画とか見て今日という日を生き抜いた。やりすごした。 ほんとうに最近、おこころのエンジンの調子が上がらなくて、自分でもハテナってかんじ。 たぶん、冬だから、、??かなぁ、、? でも、感受性の精度が増してるなぁ、ってのは感覚としてすごいある。冬だから、しみじみしてるんかな。完全に夏のときの感覚とは違うのは一つ確か

          「おふろがんばった」という黄色信号

          なんか書きたい気分なの

          なに書こうとか、全く考えてないんだけど、とにかくなんか書きたいな~って気分の私は、NOTEをひらいた。 ここはメルヘンだ。宇宙だ。 まっさらは、安心と希望と、自由な安心だ。 なんでも受け止めてくれる。なんて伸びがしやすい場所なんだろう。息がしやすいや。安心して、深呼吸できる。こころが「社会」の鎖を外されて、自由に飛び回っているよ。おふろあがりの文字描きは、さいこうにここちいい。 やっぱり「社会」はむずかしい。 自分と社会と、こころとからだと。 ほんとうに私たちは、いく

          なんか書きたい気分なの

          自分のことかわいそうに仕立て上げる材料は正直いくらでもある。でもそこに自分が依存してしまったら、自分のこと檻に閉じ込めるみたいで結局窒息してしまいそうで怖くて、だから、必死に光を紡いでいる。私の必死な懸命な、生存戦略みたいなもん。希望でしか物事は動かないと思っているから。

          自分のことかわいそうに仕立て上げる材料は正直いくらでもある。でもそこに自分が依存してしまったら、自分のこと檻に閉じ込めるみたいで結局窒息してしまいそうで怖くて、だから、必死に光を紡いでいる。私の必死な懸命な、生存戦略みたいなもん。希望でしか物事は動かないと思っているから。

          なんかもういっそのこと、悩むのが趣味なんじゃね?って思ってきた今日この頃の話

          今日は友達に会ってきた。一言でいうと「強い」んだよんね。なんかもうさ、私の欲しい強さをたくさん持っていて、思わず感嘆しちゃうくらい。話してて、ちゃんと自分の意見でいい意味で少しぶっきらぼうに生きている感じに、ほれぼれしてた。 ああなりたいけど、なれないんだろうな。そう感じるたび、ちゃんとちょっとへこんだりもした。 けど、思った。私が日頃思っていることの一部を垣間見せてふと発した言葉とかに、あぁ~って深い納得をしてくれている時があるんだよ。 私は、その子より深いところまで

          なんかもういっそのこと、悩むのが趣味なんじゃね?って思ってきた今日この頃の話

          わたしいろで歩んでけ

          さいきんの私のSpotifyの履歴、自分で気に入っている。ポッドキャストを聞くのが好きで、お気に入りの方を見つけては聞いている。 今日、お気に入りのニットと出会えた。赤色の好みのニット。心がるんるん踊っている。 思い切って歩んでいくこと。たくさんのことと出会うこと。 私の世界をわたしいろで歩んでけ。私は私を生きているんだから。その自覚をちょぴっとだけ持てているような気がしている。素敵な成長だぁ🌱

          わたしいろで歩んでけ

          ふへへ〜💫 ぐちゃごちゃ考えてないで、深呼吸して、煌めきを抱きしめていこう〜っ

          ふへへ〜💫 ぐちゃごちゃ考えてないで、深呼吸して、煌めきを抱きしめていこう〜っ

          自分をしあわせにしていこう

          こんんばんは。21時前にお風呂とご飯をやっつけて、至福のぬくぬくたいむを過ごしている私です。 否定的な言葉の意味のなさについて語りたい。私はそんなに強くない。人間として、そんなにタフなほうではない。刺激や変化にとても弱いし、人に否定されるのがとても怖くて、真正面から向き合うことが得意なほうではない。そっと我慢すればいいやで流してきたことが、多くあるなぁ、って思う。自分の感情を勝手に内的処理するのが得意になってしまって、ますます人との繋がりを持つきっかけを失っているなあって思

          自分をしあわせにしていこう

          「思考」との距離感

          ほーんと最近、「文字」と戯れている時間が多いなぁ。ちょっと前までの夏から秋は、思考を熟すよりも、実際の実体験や経験を増やすことに重きを置いていて、あんなにもエネルギッシュだったのに、今じゃ考えられないもんね。「気温」とやらは、それほどに私に影響してくるらしい。 ちょうどさっき、自律神経を助ける薬飲んだから、ひっさしぶりに頭の奥のほうがぐわぁっとする感覚になっている。あまりにお気持ちがしんどかったので、近所の行きつけの内科で、いつも飲んでる24番の漢方の追加と、マイスリーちゃ

          「思考」との距離感

          シャーペンとまっさらな紙と、私

          最近、変なスイッチが入ってしまっていたのか、「忙しい」にとても安心と高揚感を抱いて、すっごい突っ走っていた。高校までの日々をほとんど人との交わりなく過ごしていた私にとっては、『大変化』。けど、根底にあるものは変わっていないんだって感じている。それは、人に対するよくわからない怖さ?のようなもの。 私は、自己肯定感が高いほうではないと感じている。むしろ、言ってしまうなら逆で。本来の何も殻をかぶっていないやわやわな私は、ほとんどそれを持っていないのだと思う。だから、今まではずっと、

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          アイスで解決する夜もあるのさ

          深夜一時になろうとしている。今日は、人生初の深夜の2個アイス記念日だ。 最近は、過去の勇気が光へと昇華しているような、そんな日々を過ごしている。なのに、だからこそなのだろうか、なんとなくの苦しさがあってそれを剥がしきれない感覚になる時がある。今までずっと、歪な場所に身を置いていて、あろうことかそこに、変な居心地を感じてしまっていたからだろうな。私の中にいる、苦しさ猛獣が餌を待っている感覚。気を抜くと引っ張られるから、ほんとうに侮れない。そう、光を受け取る日々に慣れるまで、常

          アイスで解決する夜もあるのさ

          張りぼてで、みくびらないように

          勝手ながら引用させていただきます。 「消えてしまう人」の属性に所属する私。私のフックになったのは席が空いてない図書館でした。あの瞬間は今でも覚えている。ふっと全部の温度が冷めて、こころが「限界」の言葉を残して再起不能になってしまったあの瞬間。 「頑張る」は深みがあって美味しい。 だからこそじぶんの「頑張った」を大切に。そして「疲れた」も大切に。人はそんなに強くないから自分をみくびらないように。成長したいしよう。

          張りぼてで、みくびらないように

          懸命さって愛おしさだ

          人間って思考というか自意識があるから厄介で、でも愛おしくって、それでいて魅力的な生き物だと思う。 たぶん、どの動物にも「大変だ〜」とかの感情があるはずなんだけど、それを認識する術がないというかなんというか。けど人間って思考があるから、自意識があるから、だから動物なのに、感情とか体調とか生物的な当たり前に存在している違いとか、そういう全てをコントロールできると思ってしまう傲慢さを持ってしまう癖があるのだと思う。 だって、なんていうか「振り回されてるな〜」って思うもん。感情のエネ

          懸命さって愛おしさだ