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kashmir 『ぱらのま 3』 : ダメな大人の〈至福の日常〉

書評:kashmir『ぱらのま 3』(白泉社)

私は、「鉄道」方面の人間ではなく、山野浩一(「メシメリ街道」「X電車で行こう」)や平山瑞穂(『ここを過ぎて悦楽の都』『全世界のデボラ』)といった『ウルトラQ』系の「異世界幻想」に惹かれる人間なので、まずは、本シリーズの姉妹篇「てるみな」シリーズのファンになった。猫耳少女が列車に乗って旅をし、いろんな不思議な町に降り立つという、「幻想旅行もの」である。
そしてその後に、「てるみな」ほどではないけれど、「幻想」描写をふくむ、同じ著者の「鉄道旅行もの」として、本シリーズも楽しみはじめた。

しかし、他のレビュアーも指摘しているとおり、本巻では「幻想」描写はなりをひそめており、もっぱら幻想的なのは、およそ存在しないであろうほどに「可愛くてノーテンキな旅行オタである主人公」だけとなっている。
だが、それでつまらなくなったのかと言えば、そんなことはまったくない。これまでどおり、とても面白かった。

もともと、「鉄道」趣味が皆無であり、「幻想旅行記」という部分に興味のあった私が、どうしてこの第3巻を楽しめたのかと、つらつら考えるに、こういう「ノーテンキな小旅行の日常」というのは、私の日常とは、およそ真逆な「別世界」であったからではないかと気づいた。

というのも、私はものすごくセッカチな人間で、「時間を無駄にする」ということが、最も嫌いな人間なのだ。
具体的に言うと、もともと趣味人で、つねに何かに凝っているというのは子供の頃からの話なのだが、今は病的な「本の虫」で、読みたい本が山のようにあり、自宅には未読の本が「山脈」をなしている。そして、すでに10年以上前から、自分に残された時間を考えれば、とうてい読みきれない量の未読本を所蔵しているのに、今でも、読むペースより買うペースのほうがはるかに速いというような「超絶低エンゲル係数」生活を続けている。おのずと「のんびりしている暇」などは一切なく、無駄な時間は最小限に切り詰めて、すべてを読書に当てている、というわけなのだ。
一一もちろん、独身である。

だから、何の縛りもない、本シリーズ主人公のような「のほほんとした日常」には、憧れを感じる部分がたしかにある。
「本を持たずに旅行するなんて、なんと贅沢!」と思う。私の場合、そもそも旅行も観光も「時間の無駄」だから興味はない(俗に言う「書斎派」。私は「初期澁澤龍彦派」と名乗る)し、やむを得ない旅行の車中においても、旅館においてさえも、暇があったら本を読んでいる。温泉宿で、温泉に入る時間さえ惜しいくらいなのだ。

しかし、そういう私だからこそ、主人公が「旅行のプラン」を完璧に立てようとするところに共感するし、旅先でのハプニングを受け入れて、予定を変更し、旅を楽しむ姿勢にも共感できる。
読書で言うなら「この本の次はあれを読んで、その次はあれを読んで、その次は…」という予定はあるものの、しかし、面白い本を読めば、同じ著者の別の本を読みたくなるし、面白い本のなかで言及されている本や参考文献の方まで読みたくなって、当初の予定とは違う支線へと踏み込んでいき、その先には、さらにいくつもの魅力的な支線が広がっている…というのが、私の読書ライフなのである。
だから、読みたい本がねずみ算式に増えてしまうのだ。

そんなわけで、私は「鉄道」にも「旅行」にも興味はないし、この『ぱらのま』第3巻には、一見それしか描かれていないようにも見えるのだけれど、じつはそうではない。
ここには確かに「非日常」が描かれている。現実の大人が憧れても、容易には手にできない「楽園生活」が描かれているのである。

初出:2020年2月3日「Amazonレビュー」
  (2021年10月15日、管理者により削除)

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