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名残のスリッパ


実家は築80年ほどの古い建物だった。部屋はふすまで仕切られていて、廊下はなく、部屋は畳敷きだった。
私が8才か9才のとき、家の半分が改築された。兄妹3人に各自の個室が作られて、それと同時に、我が家に初めて廊下ができた。自分の部屋もうれしかったが、私は家に廊下があることに興奮していた。新居用に母が揃えたスリッパを履いてそこを歩いたとき、まるで自分はお屋敷に住むお嬢様になったかのように感じた。せいぜい5、6メートルしかない廊下で、大きなスリッパを履いてパタパタと歩き回っていた幼い自分を、まるで自分の親のような眼差しで思い出す。
今、兄妹はみな家を出て、祖父母も母も亡くなり、その家には父が一人で住んでいる。物置には、まだたくさんのスリッパが取ってある。きっともう使われることはないだろう。それは、愛されて守られていた子どもの尽きない名残である。

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