見出し画像

まだまだあるぞ!いろんな人の「第九」を聴こう!(前編)

新日本フィルnoteではダントツの情報量「岡田友弘《オトの楽園》」。指揮者の岡田友弘が新日本フィルの定期に絡めたり絡めなかったりしながら「広く浅い内容・読み応えだけを追求」をモットーにお送りしております。今回は年末の風物詩、ベートーヴェン「第九」にちなんで、「ベートーヴェン以外の第九」のオススメを2回にわたりご紹介!それぞれの作曲家の「第九」にまつわるエピソードをクラシックルーキーのみなさまにお届けします。2024年に新日本フィルが取り上げる作品もありますので是非ご注目ください!

トリフォニーホールやサントリーホールを訪れた際に,最近クラシック音楽やオーケストラの演奏会に足を運ぶようになったと思われるクラシック音楽ルーキーのみなさんを、以前より多く見かけるようになった。その光景を、僕はクラシックの現場にいる一人としてとても嬉しく眺めている。

ベートーヴェン

ルーキーのみなさんも「第九」の名前や有名なメロディーはご存知だろう。

「第九」は日本の風俗や文化に定着している。それは他のクラシック作品にはあまりないことだと思う。日本では年末を中心に多く「第九」が演奏される。

この「第九」はヨーロッパでは特別な存在で、何かの記念や節目で演奏される「スペシャリティー・ピース」のような位置づけ。「そのような曲が日本では毎年、特に年末に演奏されているのは興味深いよ」と僕のヨーロッパ時代の師匠のひとりが話していた。

「第九」については2022年の「オトの楽園」にコラムを書いているので、そちらも読んでいただけたらと思う。

過去の記事はこちら

「第九」とは「交響曲第九番」の短縮形。つまり「その人の9番目の交響曲」ということになる。交響曲のナンバリングは大抵、作曲年の早い方から1番、2番…となることが多いが、出版年順でナンバリングされているものもある。その辺はルーキーから少し先に行ってからそのことは知っていけばよいので頭の片隅に置いておく程度で大丈夫だ。

そこでルーキーのみなさんの中には「他の作曲家にも第九っていうのがあるのでは?」と思った方がいると思う。いや、思ってくれ!と僕が願っているわけだが…。

そう思っていただいたことを前提に、その質問に答えると…「もちろん、あります!」と声高に答えよう。

今回は数多ある「交響曲第9番」のなかから、オーケストラルーキーのリスナーにオススメしたい、ベートーヴェン以外の作曲家の「第九」を独断と偏見と愛情を持って紹介したい。その中から「推しの第九」を見つけて興味を持ってもらえたら…と思う。

それでは一気に紹介しよう!

ドヴォルザーク:交響曲第9番〜ベートーヴェンの次に有名な「第九」

ドヴォルザーク

「アイツの仕事部屋のゴミ箱を漁れば曲が書けるヨ!」とブラームスが評したという逸話のある、稀代のメロディーメーカー。そのドヴォルザークの名を知っている人は多いだろう。さて、この人の「第九」とは…?

みなさんは「新世界より」という名前に聞き覚えがないだろうか?「家路」と呼ばれている抒情的な2楽章の旋律や、4楽章の冒頭の力強い旋律で有名な作品だ。この「新世界」がドヴォルザークの「第九」。世界各地でたくさん演奏されるメガヒットナンバーで人気も高い。「新世界」をやるとお客さんがたくさん来る。ベートーヴェンの「第九」と並ぶ「ドル箱」だ。

ブラームスの言っているように、魅力的な旋律、心弾むリズムに溢れた傑作だ。「家路」の旋律を担当するイングリッシュ・ホルンという木管楽器の音色はもちろん、全曲中1度しか登場しないシンバルや2楽章の10小節に満たない部分を担当する大きな金管楽器チューバも見どころのひとつ。

この作品もベートーヴェンと同じく、彼が書いた「ラスト・シンフォニー」。ボヘミア(現在のチェコ共和国)から遠く離れたアメリカに音楽学校の校長として滞在していた時期の作品で、「新大陸アメリカ」で触れた音楽にインスピレーションを受けた作品とされている。

シューベルト:交響曲ハ長調「ザ・グレイト」〜今は8番、その前は9番、そしてその前は…「天国的」な超名曲

シューベルト

この曲もシューベルトの「ラスト・シンフォニー」に当たる作品。シューベルトは「歌曲王」と呼ばれ、「野ばら」「魔王」などといった「リート」作品が有名で、交響曲としては「未完成」として知られる作品がメガヒットナンバーとして知られている。

シューベルトは生前もそれなりに知られてはいたものの不遇の人生、しかも若くして亡くなったせいもあり、死後評価されてから作品の整理を音楽学者が行ったため、その調査が深まったり解釈が変わったりした関係で交響曲のナンバリングが変遷していった。

20世紀はじめまでは「未完のものを除いて7番目」ということで「第7番」だったが、1951年にドイチュという学者が作品を整理し「ドイチュ番号」を付けた際に、「未完だけどよく演奏されている曲も入れよう…」と2曲追加され、この作品はシューベルトの「第九」となり長年「グレイトは9番」となっていた。しかしドイチュの死後1978年にドイチュ番号の改訂が行われて「自筆譜で演奏できるヤツだけ!」となり、今度は「8番」となり現在に至る。聴く側、演奏する側からすればどちらでもよいことだが、そこにこだわり歴史を紐解くのが研究家の使命。もしかしたら将来はまた新しい番号になるかもしれない。

作品は当時にしてみたら長い作品で、この曲の自筆譜を発見したシューマンが「天国的な長さ」と評した。この作品、特にヴァイオリンなどの弦楽器は楽譜をめくってもめくってもなかなか終わらない、ある意味「地獄的」な作品たが、それを超えて美しい抒情に溢れた名作だ。オーケストラ奏者には体力面で不評かもしれないが、棒を振る人である僕にとっては「超振りたい曲」のひとつだ。

この作品の4楽章になんとなくベートーヴェンの「第九」の有名旋律に似た部分があるので、聴いてみてほしい。

ショスタコーヴィッチ:交響曲第9番〜ヤツらの期待を裏切った?ユーモアあふれた「第九」

交響曲第1番発表時のショスタコーヴィッチ

かつて現在のロシアには「ソヴィエト社会主義共和国連邦」、略して「ソ連」という連邦国家があり、ソ連と東ヨーロッパ諸国のグループといわゆる欧米諸国とで神経戦のような対立をしていた。「東西冷戦」といわれるものだが、そのソ連において代表的な作曲家として最初に名前が上がるであろう人物がショスタコーヴィッチだ。

これは僕の想像だが、ショスタコーヴィッチは社会主義体制に不満を持っていたものの体制と「折り合い」をつけながら自国での地位を確立した人物だと考えている。曲のなかに反体制の裏メッセージを隠し入れたり、皮肉や冗談混じりの「ウィット」に富んだ作品を書いたりと、頭の良い人物だったのではないだろうか。

そのような中で、時折挑戦的な作品を発表して政府に睨まれ批判されたりした。つまりは「干された」わけだが、その後で社会主義体制の指導者たちが喜ぶような作品を書いて大絶賛を浴びたりした。ショスタコーヴィッチとしては「オマエらが喜びそうな曲を書いてやったゼ!」という皮肉だったのかもしれない。性格的には面倒臭いヤツだったのかもしれない。彼は15曲もの交響曲を作曲した。第1番はなんと音楽院の卒業制作だったのだが、天才の片鱗を窺わせる。

そんな国民的作曲家の「第九」だ。体制側としても、西側諸国をギャフンといわせるような感動的な大作期待していた。しかも第7番「レニングラード」や第8番が壮大で勝利への凱歌のような作品だっただけに、期待は膨らむばかり…ボルテージは最高潮…というところでまるで「肩透かし」を食らわせるような「小さくてユーモラス」な作品を「第9番」として作曲した。

曲の長さは25分くらい、この時代の交響曲としてはかなり短く、編成も少し小さい。全編に溢れるのはどこか小馬鹿にしたような音楽だ。事実この作品は体制側には不評で、ショスタコーヴィッチは不遇の時を過ごした。まぁ、期待高まる相手側の気持ちもわからないではない。

ショスタコーヴィッチ自身も当初は壮大な「第九」を書くつもりでいたらしく、その断片が遺稿から見つかっている。友人にも「オレの第九、合唱も入れて派手にするぜ!」みたいに語っていたらしい。しかし実態は「軽めの第九」となった。

また、ショスタコーヴィッチは「ベートーヴェンの第九の存在が、結構プレッシャーなんだよな…」とも考えていた節もあった。天邪鬼的におどけてはみせたが、不安に押しつぶされないための忌避措置があの曲になったのかもしれない。

ショスタコーヴィッチの「第九」の聴きどころは、なんといっても第一楽章に登場するトロンボーンの2音。その関係は4度という音程間隔だ。これがとにかく「空気を読んでいない」感じで堪らない。期待に胸を膨らませていた体制の指導者に向けて「ざんねーん!」と叫んでいるかのように聞こえる。

これは僕の考えだが、この4度の音程、これはベートーヴェンの「第九」を意識したものかもしれない。ショスタコーヴィッチの4度は下から上にあがる「上行」の4度だが、ベートーヴェン「第九」の第1楽章冒頭、ヴァイオリンで演奏される「動機(モチーフ)」は上から下へさがる「下行」の4度だ。そこにショスタコーヴィッチはベートーヴェンへのオマージュを入れたのかもしれない。

そして、ショスタコーヴィッチの第9番は「変ホ長調」という調性で始まる。対してベートーヴェン「第九」は「ニ短調」という調で始まる。この2つの調は半音で隣り合った音が基音となるが、音楽理論的にはこの互いの調は「遠い関係」にある。そこにショスタコーヴィッチは「ベートーヴェンの第九の真逆の音楽だぞ〜」と言いたかったのかもしれない。

この作品は是非新日本フィルの演奏で聴きたい…いや、指揮をしたいものだ。もちろんあのトロンボーンはnote班のボスに一発、いや二発ぶっ放してほしい。

「トロンボーン」についての深い話はコチラ

まだまだある!オススメの「第九」

他の作曲家にも僕がオススメしたい「第九」がいくつかある。実はそれらの作品までを今回紹介しようと思ったのだが、思いの外筆がノってしまった。

後半のオススメ「第九」(5曲程度を予定)は次回のオトの楽園で紹介したい。後編でオススメ予定の「第九」は、マーラー、ブルックナー、ヴォーン・ウィリアムズなど。

今回紹介した作曲家より若干知名度に欠けはするが、それらの作品とその周辺のおはなしができたらと考えている。

(後編に続く)

文・岡田友弘

🎵演奏会情報🎵

交響曲第8番(旧第9番)「ザ・グレイト」を新日本フィルで聴ける!

すみだクラシックへの扉 #21

2024年3月15日(金) 14:00開演(13:15開場)

2024年3月16日(土) 14:00開演(13:15開場)

すみだトリフォニーホール 大ホール

Program

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番 ハ長調 op.15)

シューベルト:交響曲第8番 ハ長調 D944「ザ・グレイト」

ピアノ独奏:アンナ・ケフェレック

指揮:上岡敏之

詳しくは…新日本フィルのWEBサイトをご覧ください!

執筆者プロフィール

岡田友弘

1974年秋田県由利本荘市出身。秋田県立本荘高等学校卒業後、中央大学文学部文学科ドイツ文学専攻入学。その後色々あって(留年とか・・・)桐朋学園大学において指揮を学び、渡欧。キジアーナ音楽院(イタリア)を研鑽の拠点とし、ヨーロッパ各地で研鑚を積む。これまでに、セントラル愛知交響楽団などをはじめ、各地の主要オーケストラと共演するほか、小学生からシルバー団体まで幅広く、全国各地のアマテュア・オーケストラや吹奏楽団の指導にも尽力。また、児童のための音楽イヴェントにも積極的に関わった。指揮者としてのレパートリーは古典から現代音楽まで多岐にわたり、ドイツ・オーストリア系の作曲家の管弦楽作品を主軸とし、ロシア音楽、北欧音楽の演奏にも定評がある。また近年では、イギリス音楽やフランス音楽、エストニア音楽などにもフォーカスを当て、研究を深めている。また、各ジャンルのソリストとの共演においても、その温かくユーモア溢れる人柄と音楽性によって多くの信頼を集めている。演奏会での軽妙なトークは特に中高年のファン層に人気があり、それを目的で演奏会に足を運ぶファンも多くいるとのこと。最近はクラシック音楽や指揮に関する執筆や、指揮法教室の主宰としての活動も開始した。英国レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ・ソサエティ会員。マルコム・アーノルドソサエティ会員。現在、吹奏楽・ブラスバンド・管打楽器の総合情報ウェブメディア ''Wind Band Press" にて、高校・大学で学生指揮をすることになってしまったビギナーズのための誌上レッス&講義コラム「スーパー学指揮への道」も連載中。また5月より新日フィル定期演奏会の直前に開催される「オンラインレクチャー」のナビゲーターも努めるなど活動の幅を広げている。それらの活動に加え、指揮法や音楽理論、楽典などのレッスンを初心者から上級者まで、生徒のレベルや希望に合わせておこない、全国各地から受講生が集まっている。

最後までお読みいただきありがとうございます! 「スキ」または「シェア」で応援いただけるととても嬉しいです!  ※でもnote班にコーヒーを奢ってくれる方も大歓迎です!