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片頭痛

「脳に異常はありません。典型的な片頭痛です」

何度同じ言葉を聞いただろう。
今なら片頭痛だったと分かる。

視野にキラキラ・ギザギザの光の模様が現れる閃輝暗点は典型的な片頭痛の前兆らしい。

ひどい時は月に3、4回。ならない月もあった。なる時は次の日も続くことがあり、かなりしんどかった。

43歳になった今。
年に4回程度と回数が減った。
対処も分かるようになってきた。
前兆がきたら薬を飲まずとも寝て身体を休めれば良いのだ。

初めて片頭痛になったのは20歳の時だった。当時は大学生で茅ヶ崎に独り暮らしをしていた。目がおかしくなり見えづらい。キラキラした後、頭が痛くなった。どうやって病院に行ったか覚えていないが茅ヶ崎市立病院で検査をしてもらい医者に「片頭痛」と診断された。初めて私に起こった出来事は目や脳がおかしくなったと思っていた。

20歳の私に話しかける事ができるなら「大丈夫だよ。力を抜いて」と声をかけてあげたい。しかし当時の私は不安で仕方がなかった。脳に問題があると思い込んでいた。

医者も看護師さんも信頼していなかったのだろう。不安だから更に不安を呼んだ。

今ならインターネットで検索したり、同じような症状で悩む人と繋がる事ができる。知る事もできる。当時は私の周りに同じような症状で悩んでいる人がいなかった。そして情報もなかった。私が知らなかっただけかもしれないが。

私にとって知らない、分からないという事が不安を掻き立てるのだ。そして私には没頭し過ぎる、やり過ぎる傾向もある。力が入りすぎてしまうのだ。

身体の異常はサイン。
身体から私宛のメッセージだ。
「もう少し緩めた方がいいよ。休んだ方がいいよ。無理しなくていいよ」
今思えば身体が教えてくれていたんだと思う。

そして身体の声を無視し続けるとどうなるか?症状がひどくなるか身体が壊れるのだと思う。

小さい頃から頭痛になる事が多く「バファリン」「セデス」を服用していた。頭痛になれば薬を飲んで頭痛を治めた。私の母も頭痛持ちで同じように頭痛薬を飲んでいるのを見たことがある。それを見て私も真似をした。

母は旅行が好きだった。海外旅行にも行っていた。土日に家族と出かけたり、友達と旅行して仕事へ行く月曜日の朝によく体調を崩した。頭痛とひどそうに吐いているのを良く見かけた。片頭痛だったのだろう。周りの家族は心配し、旅行の疲れが出ていると思っていた。

祖母は旅行が原因と思っていたらしい。母宛に届く旅行代理店のDMをこっそりと捨てていた。

母の場合は緊張と緩和で起こる頭痛だったのではないかと思う。母にとって仕事がストレスだったのだろう。仕事を辞めてからは寝込むことなく元気に過ごしている。

私の片頭痛は何だったのだろうか?大学3年生で就職活動、将来について考え始める時期だった。音楽、出版業界に興味を持って大学進学したが今後どうして良いのか分からない自分がいた。今振り返ると将来不安な私が病気を引き起こしたのだと思う。

20歳から始まった片頭痛。ひどい時は2、3日症状が続く。何もできず寝ているしかなかった。

原因は光などの刺激。仕事をするようになり、電車の中で見た太陽の光が原因となり、頭痛と吐き気が起こったこともある。

子供ができた時、夜の水族館に遊びに行った。暗い中で眩しい光、LEDライトの光を見つめると片頭痛が起こった。

慣れというものは怖い。
また片頭痛ねと身体のサインを無視する。
薬を飲んで、薬で抑える。治るのではなく症状を抑えているだけだったのだ。

20歳から始まった片頭痛。17年後の2018年8月1日朝アパートで倒れた。救急車で運ばれ脳梗塞疑いと診断される。

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