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植民地化された人々への共感と連帯-タッチャナ・ツァゲールニックさん(在日本ベラルーシ人の会)

2022年2月に開始されたロシアによるウクライナへの侵攻。ロシア・ウクライナ両国と国境を接するベラルーシは「ロシアの同盟国」と報道されることもしばしばだ。ベラルーシ出身のタッチャナ・ツァゲールニックさんは「政府と市民は同じではありません。ベラルーシ市民の多くはウクライナ侵攻に反対しています」と言う。札幌市に暮らし、アイヌ民族のアイデンティティを研究するタッチャナさんにお話をうかがった。

DEAR News210号(2023年2月/定価500円)に掲載した記事です。DEAR会員には掲載誌を1部無料でお届けしています。

アイデンティティの発見

旧ソ連時代にベラルーシの地方都市に生まれたタッチャナさんは、子どもの頃から日常的にロシア語を話し、教育もメディアもロシア文化の中で育った。「ベラルーシ語は、田舎の人かお年寄りだけが話す言語。人前で使ったらばかにされるかも」と思っていたという。

17歳で首都ミンスクの大学に進学したタッチャナさんは、衝撃を受ける。同年代の学生が積極的にベラルーシ語を話していたのだ。

「こんなに若い人が!と驚きました。かれらは、わたしと同じような環境で育ったのですが、文化に誇りを持っているからこそ、あえてベラルーシ語で話していたのです。ベラルーシ語で書かれた文学作品や音楽があることも知りました。大学で近代史やロシアによる同化政策、ルカシェンコ政権がしてきたことを学びました」

19歳で留学した日本では、さまざまな国から来た学生たちと出会った。それぞれの言語や文化に誇りを持ち、ベラルーシ語に偏見を持たないかれらとの交流を通して「ベラルーシ人であるとはどういうことだろう?」と考える機会が増えた。そして、ベラルーシ語を勉強し、母語として日常的に使うようになった。

「自分のアイデンティティを発見しました。ベラルーシにいただけでは分からなかったことです」

来日した頃(2006年)

植民地化された人々への共感

憲法では、ベラルーシ語もロシア語も公用語とされている。しかし、あらゆる場面でロシア語が優先され、ベラルーシ語話者は職業差別や日常的な差別を受けることがあるそうだ。日本留学後にアイヌ民族に関心を寄せるようになったタッチャナさんは言う。

「ベラルーシ人はロシア時代に植民地化されて、アイヌ民族と同じように自分の言語を使うことを禁止されました。そういう中にいると、自分の言語や文化がよくわからなくなってくるのです。歴史教育も支配者からの視点から行われ、例えばベラルーシであれば『ロシアのおかげでわたしたちは存在できている』と考えるようになっていきます。世界にはとても多くの植民地化された民族がいて、シンパシーを感じます」

18世紀末から帝政ロシアに併合されてきたベラルーシは、約30年前の1991年、ソ連の崩壊に伴い独立した。1994年の選挙で選出されたルカシェンコ大統領は現在も続く長期政権を築き、「ヨーロッパ最後の独裁者」とも呼ばれている。2020年の大統領選挙の際には不正疑惑から大規模な反政府デモが全土で起こった。真の民主化を望むベラルーシ市民の運動は継続しているが、テレビや新聞はすべて国営で報道統制がされ、反政府運動への弾圧は厳しい。

ルカシェンコ政権が始まるまでの4年間は「自由な時代」だったそうだ。この間の教育は全てベラルーシ語で行われ、ベラルーシ側から見た歴史を学ぶことができた。しかし、ロシアと関係を深めるルカシェンコ政権下では、ソ連時代ほどではないが親ロシアの教育内容になっているという。

札幌で続く「ウクライナに平和を」集会

そのような背景から、ロシアから干渉を受け続けるウクライナに共感するベラルーシ市民は多かった。昨年2月24日にウクライナ侵攻が開始されると、タッチャナさんは北海道在住のウクライナ出身者たちと「なにかしなければ」と集まったが、どうしたらよいか分からなかった。そんな時、いち早く動いたのは日本の若者たちだった。侵攻から3日後の27日(日)に札幌駅南口アピアドーム前で「ウクライナに平和を」集会が開かれたのだ。

2022年2月の最初のスタンディング

「社会活動をしている人はもちろん、高校生や子連れの方、パレスチナに行ったことある人、家族に第二次世界大戦の経験のある人、医療関係者など、いろいろな人が参加していました。本当に感動しました」

この集会は若者グループから戦争させない市民の風・北海道[1]らの市民団体に引き継がれ、10月23日まで毎週日曜日に継続開催され、以降も曜日や場所を調整しながら続けられている。1時間ほどの集会では、参加者にマイクを回し、それぞれが思いをスピーチする。

タッチャナさんも「わたしにとってウクライナ人はきょうだいのような存在。ベラルーシ人のほとんどが戦争に反対しています。ロシアに協力しているのは政権を違法に掌握している独裁者です」と訴えた。[2]

タッチャナさんの友人のウクライナ出身者たちは、在日のロシア出身者から「本当にごめんなさい」と謝罪の言葉をかけられることがあるという。そんな時は「わたしたちに謝らなくていいので、あなたの政府をなんとかしてください」と話しているそうだ。

「政府を放置してきたロシア市民にも責任があります。かれらは経済活動や自分の生活に集中してばかりで、政治に関心を持たず、行動してこなかったのです」というタッチャナさんの言葉に、取材チームはドキリとさせられた。

当事者を中心にする

最後に、タッチャナさんは、どんなことをみんなにもっと考えて欲しいか、一緒に考えていきたいと思っているのかを尋ねてみた。

「北海道に暮らしながら、日本社会のアイヌ民族に対する態度を見てきました。暗い歴史ですが、受け入れるしかありません。一番大事なことは、当事者についてのイメージを押し付けるのではなく、まずは、当事者のストーリー、気持ち、経験を聞くことだと思います。そして、マジョリティに対して当事者たちはどう考えているか、想像してみることです」

そして、「言葉遣い」についてもお話してくれた。

「わたしも何度か目撃したのですが、マジョリティは何も悪気なく、マイクロアグレッション(無意識の差別)をしてしまう。『なぜアイヌ民族なのにアイヌ語ができないのですか?』『どうして民族衣装を持っていないの?』など、ちょっとしたことで相手を傷つけてしまうことが多い。わたしはアイヌ民族ではありませんが、ベラルーシ人として同化政策を経験しているので、ある程度理解することができます。自分がマイノリティになったら、同化政策を受けてしまったら、何を望むのかを考え、想像することが大切です」

そのような想像ができる人とできない人の違いはどこにあるのだろう。タッチャナさんはニュージーランドを訪問した時の経験を紹介してくれた。

「脱植民地化のワークショップをしている先住民族・マオリの人に出会いました。白人にマオリ役をやってもらうなどして、講義だけではなく、ロールプレイをやりながら歴史や関係性をわかりやすく伝えていました。当事者を中心にすること、当事者の話を聞くこと。教育が大事です」

(取材・文:阿部秀樹、伊藤容子、出口雅子、林美帆、八木亜紀子、山本敬典)


[1] 戦争させない市民の会・北海道
https://www.siminnokaze-hokkaido.net/

[2] ロシアに抗議のベラルーシ人女性“兄弟のような国”の痛みに日本で寄り添う(共同通信|47 NEWS、2022年06月11日配信記事)

Taciana Cagielnik(ツァゲールニック・タッチャナ)さん
ベラルーシ出身。2006 年に来日、現在、北海道大学教育学院大学院生、在日本ベラルーシ人の会のメンバー。札幌在住。タッチャナさんのスピーチ「ベラルーシ人から見た言語とアイデンティティ」(18:27)はTEDxHokkaidoUで聴くことができる。おすすめ!

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