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2023年の映画鑑賞の回顧録 映画ベスト10&ワースト10


2023年。突然始めた劇場鑑賞ライフ


2023年4月に「今年は劇場でいっぱい映画を観たい」と突然思い立った。

もともと、大学時代に映画演劇のゼミに所属し古典映画(~1960年代まで)や映画評論に触れていた時期もあり、サイレント映画や白黒映画には人一倍愛着がある。愛蔵ソフトも幾らか持っているし、社会人になってからも大昔の映画に浸りきりの人生を送るつもりでいた。

しかし、映画はスクリーンで鑑賞してこそ価値のあるものだと思うし、リアルタイムの社会の動きを映画を通して体験してみたい、という気持ちも強く芽生え、今年は映画ファンとして少し背伸びしてみたくなった次第である。

2023年6月にTOHOシネマズが映画鑑賞料金を1,900円→2,000円に値上げして出鼻を挫かれ、「我ながらタイミングが悪い」と苦笑いしたが、これも自分の人生の微笑ましい思い出になると信じたい。

田舎暮らしで劇場鑑賞する難しさ

ちなみに筆者は九州・長崎県在住。県庁所在地の長崎市は人口流出率で全国ワーストを誇り人口減に歯止めがかからない地域だ。当然、映画館も少なく
県内の映画館は知る限りでシネコンが3つ、名画座が1つあるのみ。

クリスタル・キングの『大都会』のモデルでもある九州の中心部・福岡県(長崎県民からすると福岡は本当に大都会。長崎県佐世保市で活動していたクリキンがこの曲で福岡に思いを馳せたのもよくわかる)ですら、首都圏に比べると劇場鑑賞できる映画の種類は1/4~1/5程度になる、というのを何かで読んだことがある。長崎人が憧れる大都会・福岡ですら、である。

長崎は更にその数分の一まで減るので、首都圏に比べると観れる種類は1/20以下になるのだろう。地方では映画鑑賞すらろくにできない。そこで、多少出費はかさむが他県への「映画鑑賞遠征」に積極的に出掛けることにした。

筆者が主に回った映画館(※シネコン除く)

主な遠征先は近隣の佐賀・福岡・熊本の3県。長崎から福岡へは単純計算で片道150kmかかるし、熊本へはフェリーを使って海を渡る。朝イチの回から時間と体力の許す限り映画館に籠もるので、出発は早朝5時~6時。少しでも出費を抑えるために毎回弁当を持参。時には寝袋を装備して車中泊もした。映画鑑賞というよりもはや小旅行と言っていい。

これだけやってようやく首都圏在住の映画ファンに近い数の映画鑑賞が可能になる。正直、経済的体力的負担を考えると長年継続できる趣味ではない。

しかし、この小旅行規模での映画鑑賞は、いつ何を観にどの街へ遠征するか各映画館のHPを観ながら予定を組み立てるのがとても楽しかったし、ひとつひとつの映画体験がかけがえのない思い出となったことは確かだ。あくまで個人的な感想だが、地元の長崎県内で鑑賞したときよりも、県外で鑑賞したときのほうが作品に鮮烈な印象を感じ、強く記憶に残り続ける気がしている(単に長崎ではろくな映画を上映していないということかもしれない)。

今年は12月に観たい映画が目白押しだったので毎週末遠征に出掛けるという無茶もしたが、来年は1~2ヶ月に1回のペースで継続していきたい。


2023年鑑賞映画のベスト10(総合)


2023年は新作映画を173作品鑑賞。内訳は以下の通り。

  • 劇場鑑賞 107作品(実写邦画33作品・実写洋画52作品・アニメ22作品)

  • 配信鑑賞   66作品(実写邦画22作品・実写洋画35作品・アニメ9作品)

これまで考えたこともなかったが、今年観た映画で個人的なベスト10作品を選ぼうとする過程の中で、自分の好きなジャンルや傾向がハッキリ分かったのは収穫だった。各作品について感想や鑑賞時の思い出を簡単に述べつつ、自分の映画に求めているものについても探ってみる。


第1位 戦争経験世代最後の遺産 映画『窓ぎわのトットちゃん』

【記録】鑑賞日:2023年12月16日 場所:イオンシネマ佐賀大和(佐賀県)

まず、2023年11月以降、国内で奇しくも戦中・戦後を描く映画が立て続けに公開されたことに触れておきたい。

  • 『ゴジラ-1.0』(2023年11月3日公開)

  • 『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』(2023年11月17日公開)

  • 『ほかげ』(2023年11月25日公開)

  • 『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』(2023年12月8日公開)

いずれも扱う時代や「戦争」へのアプローチが異なり、それぞれ違った魅力のある作品だったが、そのなかでも群を抜いて完成度が高かったのが本作『窓ぎわのトットちゃん』(2023年12月8日公開)だった。

原作者・黒柳徹子氏が幼少期にトモエ学園で過ごした思い出を綴る学園モノだが、戦禍が子どもの何気ない日常をジワリと侵食していく。

本作が他作品より特に優れていると感じたのは、普通ならたっぷり描くはずの描写を敢えて描かないところ。お弁当の中身がある日突然変わり、馴染みの男性駅員が突然いなくなり、父も飼い犬も突然話に出てこなくなる。

その背景に戦争があることを観客は理解できるが、父や駅員が出兵で戦地に赴いたことも飼い犬が供出されたことも本作では描かない。普通なら別れのシーンをたっぷり描いて感動的なハイライトに据えるところを、本作ではトットちゃん=子どもの目線に徹することで、敢えて語らない演出を貫いた。わけもわからないまま突然日常が変わるさまほど恐ろしいものはない。

また、敢えて語らない演出を貫いたことで、ラストでトットちゃんが街中を疾走するシーンがより効果的になっていた。鑑賞中、物語の中心となる学園ドラマの優しい描写で既に涙腺崩壊していたが、このシーンだけはさらに別の涙を流して咽び泣いた。あの瞬間の感動と余韻は、今でも忘れられない。

上記の戦争映画の中には全部台詞で説明しないと気が済まないような作品もあっただけに、省略を効果的に用いつつ画面と音だけで戦禍を描いた本作は特に素晴らしいと感じた。緻密な背景美術や、劇中で3回挿入される多彩なアニメーションのクオリティも非常に高く、アニメ映画として指折りの傑作と言ってよいと思う。

原作者の黒柳徹子氏は2023年12月現在で90歳。2016年から企画が始まったという本作では、脚本やキャラクター造形にも積極的に関わったと報道されている。これまで頑なに映像化を拒否していた同氏が、現代にアニメ映画として映像化を許可した理由を、今一度噛み締めておきたい。もしかしたら、本作は戦争経験世代が遺す最後の戦争映画になるかもしれないのだから。


第2位 忘れ難き思春期の傷痕 『CLOSE/クロース』

【記録】鑑賞日:2023年7月29日  場所:KBCシネマ(福岡県)
    2回目:2023年9月3日    場所:セントラル劇場(長崎県)
    3回目:2023年12月26日 DVDレンタル

小学生や中学生の頃、周りの目線を気にして誰かを傷つけたり、人間関係で取り返しのつかない失敗をしてしまった苦い経験を誰しもしていると思う。本作は、そうした思春期の繊細な感情の機微や友愛の揺らぎを鮮明に切り取り、今や忘れてしまった思春期の感情を強烈に想起させる映画だった。

日本版の予告編がとても良くできていると思うので、まずは1分30秒上記の動画を再生してみてほしい。この予告編を観て何か心に刺さった方は本編を観たときボロ泣きすると思う。今でもこの予告を観ると泣きそうになる。

鑑賞した時、まず最初に思ったのは、(身も蓋もない話だが)主演を務めたエデン・ダンブリン君のルックスが良いこと。金髪碧眼で、まるで少女漫画から出てきたかのような神秘的な存在感を発揮し続けていた。

卓越した演技や存在感を見せた役者は今年何人もいたが、本作の彼の場合は花畑の中に佇んでいるだけでため息が溢れるほど。これはおそらく演技ではなく、役者自身が男の子から青年へと変化し始める絶妙な時期に撮影されたことに因るものなのだろう。まさに映画の神に愛されし少年と言っていい。

このダンブリン君が元々パリの街中にいた一般人で、監督が電車の中で見つけて声を掛けたことが出演のきっかけというのも運命的な何かを感じる。

また、本作は思春期特有の複雑な感情を繊細なタッチで丁寧に拾いつつ、登場人物の心の動きを「視線」「表情」「背景」に重点を置いて語る作品でもある。優しく差し込む光や揺れる草花で繊細な感情を描きつつ、刈り取られる花々や包帯などを象徴的に使って場面を演出するさまがとにかく巧い。

少女漫画から出てきたかのような少年が、決して消えない傷を抱え、優しい日差しに照らされ花畑を彷徨う。こんな美しい映画は今年ほかに無かった。

どうも私は説明過多、展開過多、情報過多の作品よりもこうした「わざわざ全てを語らない」「画だけで語れるなら言葉を用いず画で語る」「話自体はシンプルである」作品が好みらしい。この傾向は他の選出作品にもありありと出ていると思う。


第3位 過去と現在、記憶と記録 『aftersun/アフターサン』

【記録】鑑賞日:2023年6月3日   場所:熊本ピカデリー(熊本県)
    2回目:2023年8月5日 場所:セントラル劇場(長崎県)

2023年上半期のベスト。初鑑賞時は顔面が涙と鼻水まみれになってしばらく立ち上がれなくなるほどだった。「語らずとも雄弁で、エモーショナル」という点においては、本作もまた今年を代表する傑作と言っていいと思う。

父と娘の過ごす夏のひとときをビデオテープで再生しながら振り返る。本来なら家族の楽しいひとときであるはずが、全編を通して不穏な空気が漂い、父が今まさに生と死の狭間で揺れ動いていることが徐々にわかってくる。

本作は地元の長崎でも上映されたので2回目を観に行ったが、配信やDVDで3回目を観るのは躊躇する。それくらい、父親の描写の一つ一つが辛い。

父が何に苦しんでいたのかは誰にもわからない(推測できるヒントが劇中にありはする)。しかしわからないからこそ、観客各々が様々な想像を重ね、本作のタイトル「aftersun(日焼け跡)」のように、観終わって時間を置くごとに記憶に強く焼き付いていく特別な作品になりえたのだろう。

終盤、あの名曲を流しながらのフラッシュバックは今年の新作映画の中でも特に感動的なシークエンスだった。これから何十年も時を経て、この映画の細かな描写をすべて忘れてしまったとしても、あの瞬間は脳裏に焼き付いて一生忘れないと思う。同じ思いを抱いた観客が私以外にも大勢いるはずだ。


第4位 映画藝術の深淵を劇場で垣間見る快感 『TAR/ター』

【記録】1回目:2023年5月14日 場所:TOHOシネマズ長崎(長崎県)
    2回目:2023年5月17日 場所:TOHOシネマズ長崎(長崎県)
    3回目:2023年5月26日 場所:TOHOシネマズ長崎(長崎県)
    4回目:2023年12月4日 Amazonプライム

「今年は劇場で映画を観よう」と心に決めたばかりの時期に出会った怪作。

映画藝術としての構造の緻密さ。幾重にも積み重ねられた伏線・仕掛けの数々。常に緊張感を帯びた画面構成・長回し。劇場でしか体感できない音響設計。画面を支配するケイト・ブランシェットの怪演。この作品が何を描いているのか、劇中で何が起こっているのかを確認するため立て続けに3回も映画館に通った。それでもまだ全容を掴めていない底知れなさがある。

序盤から仕掛けが満載で、最低でも2回観ないと本作は理解すらできない。難解で意地の悪い映画だとも思うが、それでもこれだけ高次元なクオリティで挑戦的な作品は本作以外にはなかった。評価する視点によっては本作こそベスト1に推すべきだろう。逆に視点によっては本作をワースト1に挙げる人もいると思う。それくらい極端な映画だった。

本作に興味を持ったとき、作品情報を何も調べておらず、ただ女性が笑みを浮かべ指揮棒を振る宣伝写真に心惹かれた。しかもあのベルリン・フィルの常任指揮者という設定らしい。

高校1年生までピアノ漬けで音大志望だったこともあってクラシック界隈のことはほんの少しわかる。女性指揮者というだけでも珍しいのにベルリン・フィルの常任と来た。現実で起これば、歴史に残るとんでもない大偉業。

これはきっと、現実から飛躍した設定をもとに女性のサクセスストーリーを描く感動的な音楽映画なのだろう。女性が活躍しにくく、また#MeToo問題でクラシック界隈でも指揮者のシャルル・デュトワが告発され都落ちした件などもあるので、女性に纏わりつくハラスメントなどの社会問題にも触れながら、世間の風当たりに負けずトップに上り詰めるさまを描くに違いない。

・・・・・視聴前は本当にこう思っていた。

まさか、トップに上り詰めたところから物語が始まって、主人公の女性ター自身が横暴な振る舞いを繰り返し、遂にはハラスメントの加害者として告発されて都落ちしていくスリル満点のホラー映画(幽霊まで出てくる)だったなんて、あの宣伝写真だけを見て誰が想像できただろうか。

ろくに調べもせず劇場に飛び込んだのが悪いのだが、思っていたのと真逆の作品だったというのも忘れ難い映画体験だった。

Amazonプライムで無料配信されているが、配信ではどうしても音響設計や画面に「ある女性」が映る恐ろしさは伝わらない。そもそも画面や長回しに惹かれなければ早々に飽きて視聴をやめてしまうだろう。他人にはまったくオススメできない作品である。


第5位 何気ない日常に隠れる愛おしさ 『PERFECT DAYS』

【記録】鑑賞日:2023年12月23日 
    場 所:ユナイテッド・シネマ キャナルシティ13(福岡県)

今年最後に劇場で鑑賞した映画。邦画の第1位になるが、監督はドイツ人のヴェンダースで、「外国人が見た日本」を描く作品なので、正直邦画という括りで扱っていいものなのか若干の疑問が残る。しかしそれでも、劇場鑑賞納めにふさわしい傑作だった。

トイレ清掃に従事する主人公・平山の変わらない日常ルーティン。朝起きて布団を畳み、歯を磨き、丁寧に髭を剃って、作業着に着替え、玄関に綺麗に並べた装備品を順に身に着け、空を見上げながら玄関の戸を開け、自宅前の自販機で缶コーヒーを買い、清掃用具を詰め込んだ車に乗り込む。

移動中はカセットテープで懐かしの曲を聞き、自宅内で観葉植物を栽培し、仕事上がりには行きつけの銭湯や飯屋に通って、本を読んで眠りにつく。

一見何も変わらない日常の繰り返しだが、主人公が毎日眺める光景は、彼が毎日写真に収めようとする木漏れ日と同じように、同じ画になることは一度もない。一見変わらないようでいても、必ずどこかに変化がある。その変化がどこまでも美しく、愛おしくなってくる。なんて豊かな世界だろう。

本作を観終わったのは12月24日の未明。そのまま夜の高速道路を車で走って長崎への帰路についたが、何度も通い慣れたはずの道のりが無性に愛おしく思えた。これが木漏れ日の差す昼間だったら、どれだけ感動しただろうか。

本作もまた「あえてすべてを語らない」映画であるが、ラストの役所広司の表情は何よりも雄弁だった。役所広司は長崎県民の誇りである。これからも良い映画にいっぱい出演して実力を思う存分発揮していただきたい。


第6位 息を呑む会話劇の傑作 『対峙』

【記録】鑑賞日:2023年11月8日 配信視聴(U-NEXT)

第1位から第5位まですべて劇場で鑑賞した作品だった。当然のことではあるが、配信視聴より劇場鑑賞のほうがより映画を堪能できるため、ベスト10がすべて劇場鑑賞作品になっても何ら不思議ではない。しかし本作は配信での視聴でありながら第6位に推すほど、あまりにも凄まじい映画だった。

高校での架空の銃乱射事件を題材に、事件から数年後、被害者両親と加害者両親が初めて対峙し、4人だけで会話を始める。なぜ子どもの命が奪われたのかを問う被害者両親と、息子の異変に気付けなかったことを悔やむ加害者両親。双方の思いは保身や建前で取り繕いながらも次第に白熱し、あらゆる感情を剥き出しにして観る者にとてつもない臨場感を味あわせてくる。

終始張り詰めた空気感のなか、緻密に練り上げられた脚本と、まるで本当の当事者のように見えてくる役者4人の演技はまさに圧巻。これが配信視聴でなく劇場鑑賞だったなら、今年のベスト1に推していたかもしれない。

4人の壮絶な2時間の会話の果てに、どのような着地をするのか。それは是非実際に視聴して確かめてみてほしい。


第7位 息子の将来を思う父の姿 『いつかの君にもわかること』

【記録】鑑賞日:2023年6月30日  配信視聴(Amazonプライム)
    2回目:2023年12月29日 配信視聴(U=NEXT)

余命幾ばくもないシングルファーザーの男が、人生で残された最期の使命として、幼い息子の引き取り先を捜す。今回ここに挙げるベスト10作品の中で最もシンプル。映画的演出も少ないが、それが余計に観る者の心を打つ。

男は重病を患い、次第に清掃業の仕事がおぼつかなくなり、遂には真っ直ぐ歩くことすらできなくなる。残された時間はなく、息子の未来のために身を削り、少しでも幸せになれるよう引取先にふさわしい「良い家族」を捜す。しかし、良い家族とは一体何なのだろうか。息子にとって一体何が幸せなのだろうか。自分の姿は息子の記憶にどう残るのだろうか。多くは語らないが一つ一つの問いかけが切実で、子を想う父の姿に涙が止まらなかった。

第3位に挙げた『aftersun/アフターサン』は子が父親を想う作品だったが、本作はその逆。親子の愛情は他の何にも代えがたい尊さに満ち溢れている。
考えてみれば、『トットちゃん』も『CLOSE』も『対峙』も親子を描く映画だった。他にも『ザ・ホエール』『The SON/息子』『マイ・エレメント』『愛にイナズマ』『あつい胸さわぎ』『フェイブルマンズ』など親子を題材にした今年の作品はどれも好きなものばかり。

自分は映画鑑賞を通して、親子の愛情を味わいたいのかもしれない。

第8位 子供たちの生の姿に希望を見出す 『僕たちの哲学教室』

【記録】鑑賞日:2023年7月28日 場所:KBCシネマ(福岡県)

北アイルランドのホーリークロス男子小学校で実施されている哲学の授業を記録したドキュメンタリー映画。「考えること」「対話すること」の大切さを教わる子供たちの姿を通して、観客も多くのことを教えられる作品。

この授業が実施されている北アイルランドのベルファストは数十年前の宗教紛争の傷痕が色濃く残り、人間の憎しみと暴力の連鎖が今なお続く。子ども達の親世代は紛争を経験していて、多くの子ども達は「暴力は時には必要」「やられたらやり返せ」などと家庭で教わり育ってきている。

しかし暴力は新たな暴力の連鎖を生むだけで決して何の解決にもならない。ケヴィン・マカリーヴィー校長は自ら教壇に立ち、子供たちの未来を信じて真正面から向き合い、暴力に頼らない「対話」の重要性を説く。

中には学校卒業後に街の空気に染まり、校長らを暴力で脅そうとする子まで出てくるが、それでも校長ら教師たちは教えることを止めようとはしない。この熱心な教育方針の賜物なのか、本作に出てくる子供たちはみんな自分の考えや今抱えている複雑な感情を的確に言語化していっぱい喋る。なかには問題を整理して適切な解決方法を自分一人で見出してしまう子までいる。

劇中では子どもたちの小学生ならではの諍いやドラマが次々に描かれるが、授業で培ったことを活かし日々成長していく生の子どもたちの姿には感動せざるを得ない。いつかベルファストの街から暴力がなくなることを信じて、また、彼らの精神が世界中に伝播していくことを信じて、本作を推したい。

余談だが、スキンヘッドで柔術は黒帯、毎日筋トレを欠かさない強面の風貌でありながらその実お茶目で、学校中に自分の趣味のエルヴィス・プレスリーを布教している校長は今年の映画で一番のギャップ萌えキャラだった。


第9位 愛を灯す炎は何者にも消せない 『大いなる自由』

【記録】鑑賞日:2023年7月28日 場所:KBCシネマ(福岡県)

過去にドイツで施行されていた、男性の同性愛を禁じた刑法175条を題材にしたドラマ。「刑務所映画にハズレ無し」という格言があるが、本作もまたその格言に違わぬ傑作。冒頭からストレートな描写の入るクィア映画だが、愛とは何か、自由とは何かを静かに問いかける作品で見応え抜群だった。

独房の光と闇、煙草の火と刺青で彩られる愛の形、衝撃的なラストの余韻。いずれも他に代えがたい魅力に溢れていたと思う。

3つの時代をまたぎ、法に反してでも愛に殉じ続けたハンスと、同性愛嫌悪の状態から徐々にハンスと友情とも性愛とも取れない固い絆で結ばれていくヴィクトール。二人が抱きしめ合う名場面が採用されたポスターは今年のNo.1ポスターに推したい。


第10位 巨匠と妻の愛の物語 『マエストロ:その音楽と愛と』

【記録】鑑賞日:2023年12月23日 場所:中洲大洋映画劇場(福岡県)

クラシック界の巨匠レナード・バーンスタイン。戦中クラシック界に現れた大スターであり、米国人初の世界的指揮者。欧州に君臨する皇帝カラヤンのライバルで、マーラーの交響曲に関して金字塔的な全集録音を残したほか、『ウエスト・サイド・ストーリー』など作曲家としても活動し、テレビ番組『ヤング・ピープルズ・コンサート』の企画・司会として子ども達への音楽啓蒙活動にも携わった偉人である。

…と、クラシックにわかの自分でも知ってる知識を書きなぐったが、本作は『マエストロ』と題しておきながら、バーンスタインの上記の功績は全くと言っていいほど取り上げない。バーンスタインの名前を知らない観客には、映画を観ただけでは彼が何を為した人物なのかすらよくわからないだろう。

伝記映画として観ると酷い部類に属する作品だが、本作の主役は巨匠でなくその妻フェリシア。そして本作最大の魅力は、巨匠やその妻の姿を追う脚本ではなく、彼ら夫婦の移りゆく関係を捉える多彩な映像表現なのである。

二人の関係性や時代の変化に合わせて、画面の色彩がモノクロからカラーに変わり、映像表現も変化。縦横無尽に動き回るカメラワークを披露したかと思いきや、劇中の重要な会話は引きの固定撮影でジッと捉えてみせる。監督2作目とは思えないブラッドリー・クーパーの大胆な映像表現には、劇場で鑑賞していて興奮を感じずにはいられなかった。Netflix配信映画ではあるが「劇場で観て良かった映画」として本作を最後の10本目に推したい。

2023年鑑賞映画のベスト10(個別)

総合ベスト10を挙げ終わったところで、洋画・邦画・アニメを個別に分けて個別にベスト10を挙げてみる。

2023年鑑賞映画のベスト10(洋画)

①『CLOSE/クロース』
②『aftersun/アフターサン』
③『TAR/ター』
④『対峙』
⑤『いつかの君にもわかること』
⑥『ぼくたちの哲学教室』
⑦『大いなる自由』
⑧『マエストロ:その音楽と愛と』
⑨『ザ・ホエール』
⑩『レッド・ロケット』

上半期終了時点では『ザ・ホエール』を『いつかの君にもわかること』より上の順位にしていたが、改めて見返して順位を入れ替えることにした。

また、『別れる決心』『コンパートメントNo.6』『小さき麦の花』等も候補だったが、どれも配信での視聴だったためベスト10には入れなかった。もし劇場で視聴していたら、ベストに食い込んでいたかもしれない。


2023年鑑賞映画のベスト10(邦画)

①PERFECT DAYS
②少女は卒業しない
③茶飲友達
④春画先生
⑤雑魚どもよ、大志を抱け!
⑥キリエのうた
⑦福田村事件
⑧Single8
⑨春に散る
⑩愛にイナズマ

正直なところ、邦画は順位付けが難しく、2位以下は順不同の並びと言っていい。2023年を代表する作品としては、関東大震災から100年の節目に公開された『福田村事件』を第一に挙げるべきだろう。朝鮮人に対する流言飛語を信じた村人たちによって四国の行商人一行が殺害された実話で、現代にも通じる群集心理や差別構造の描き方は見応え抜群。福岡のKBCシネマで鑑賞したときはロビーに待機客がすし詰め状態で、スクリーンに追加の座椅子が大量に配置されていたことが印象深い。


2023年鑑賞映画のベスト10(アニメ)

①映画 窓ぎわのトットちゃん
②マイ・エレメント
③グリッドマン ユニバース
④オオカミの家
⑤鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎
⑥BLUE GIANT
⑦スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース
⑧屋根裏のラジャー
⑨駒田蒸留所へようこそ
⑩北極百貨店のコンシェルジュさん

個人的な好みで一部他作品を上位にしたが、『オオカミの家』は今年の映像体験の中でも特に忘れ難いものであった。上記の『福田村事件』と同じく、ミニシアターを沸かせた作品と言っていいのではないだろうか(ただしもう一回視聴するのは勘弁させていただきたい。直視すると具合が悪くなる)。


※おまけ 2023年鑑賞映画のワースト10

特にコメントする気もないがワースト10も挙げてみる。

①エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス
②火の鳥 エデンの花
③ザ・クリエイター/創造者
④リボルバー・リリー
⑤渇水
⑥Gメン
⑦アリスとテレスのまぼろし工場
⑧シン・仮面ライダー
⑨レジェンド&バタフライ
⑩インディ・ジョーンズと運命のダイヤル

2024年の抱負


2024年も今年と同様映画館通いを継続する所存だが、月20~25本も詰め込むようなことはせず、月10本程度でのんびりじっくり観ていきたい。

新作でも楽しみな作品がいくつかあるか、既に鑑賞を決めているのは2月にKBCシネマで上映の『カール・テオドア・ドライヤーセレクションvol.2』。

ドライヤーはBlu-ray BOXは所有しているが劇場での視聴は一回もないため、今回の上映企画はまたとない機会だと思っている。

上映期間の2週間のうち一日何作ずつ上映されるか不明だが、場合によっては1週目土日と2週目土日の4日間を、車中泊×2回の強行軍で観に行くことになるかもしれない。出来ることならそこまではしたくないが、これを逃せばドライヤーを劇場で観る機会なぞ来ないかもしれない。非常に悩みどころ。


また、中洲大洋映画劇場が来年3月を以て営業終了となるため、それまでにもう一度通っておきたい。3月29日・30日・31日の最後の3日間は、『黄金狂時代』『街の灯』『独裁者』とチャップリン作品を上映することが既に発表されているので、狙うとしたらそこ。ただ九州中の映画ファンが詰めかけるであろうから、観客の数がとんでもないことになりそう。


来年もまた良い映画体験ができる年になりますように。
どえらい長文になってしまったが、それでは、また来年。

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