見出し画像

Garden#37

この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり実在のものとは関係ありません。

「わからない」

助手席で順はそう呟いた。
それを拾ったのは車の運転をしている近江だった。

「とりあえず解決したと思うが?」

顎を振って尾櫃麗子が沙都子と捜査員に挟まれて乗っている前車を指した。

「青砥咲子さんの電話から聞き取ったキーワードの、『二人目』がわからないんです」

「話しに聞くと南艸瑞雨が亡くなった時のショックで何を言ってるかわからん話しだったろう?」

「そうですけど、何か引っかかるんです」

順は手のひらを天井に向ける。
多面体が浮かび上がるけれど、もう1点が無いと完全な形にならない。
ため息を吐いた順に近江が言った。

「まだ捜査は続けられる」

顔あげた順は近江の方を見た。

「良いんですか?」

「構わんよ。納得がいくまでやれば良い」

と、言われたものの『二人目』と言うキーワードは余りにも漠然すぎる。
順はこの捜査の中に見落としがないか考えはじめた。
記憶を遡る。
頭の中で今までインタビューをして来た人たちの顔や声が浮かび上がり
消えて行く。
行き着いたところは史人から初めて話しを聞いた場面だ。
バッグからスマホを取り出し、インタビューした音源を探す。
運転席の近江に断りを入れBluetoothのイヤホンを着けて
再生ボタンを押した。
聞き出して五分ほど経ったところで、再生を止めると巻き戻して
聞き直した。

『でも、目撃者がいた。親父が欄干に登って落ちたのを見たと証言した。
そいつがさっき車に轢かれた男だ』

『あの男が犯人だとは思わない。でも“間違っている”と思っています』

『間違い?』

『当時、あの男は夜間工事の警備員をしていたんですが、親父が落ちた橋の欄干を背に通行車の誘導をしていた。だから、“見た”というのは
有り得ない』

『……それを警察は鵜呑みにしていると』

『立っている場所が明るいなら、周りは暗く見えにくいはずだし、親父はそのとき黒いロングコートを着ていつものクセで襟をたたせていたから、後ろから判別なんか出来ない。横から見ても辛うじて眼が見えるくらいなのに、あの男は「南艸瑞雨が橋から落ちた」と警察に一報を入れた。
おかしいでしょう?』

耳からイヤホンを外した順は近江に聞くように言った。

「確かにあの橋の欄干にある街路灯は南艸瑞雨が落ちたところからは
距離があります。
最近よく見かけるバルーン型投光器は十八年前には無かったはずです。
品地忠雄はどうやってあの暗い橋で南艸瑞雨を見分けたんでしょう」

ふうむと声に出した近江も以前に読んだ品地忠雄の調書の内容を
思い出していた。
そして順に提案をした。

「品地忠雄は腕の良い鳶職人だと書いてあったが何処の会社にいたか書いて
無かったな。そこをもう一度洗うのはどうだ」

言われて、軽く結んだ手を口元に当てていた順は少し考えて返事をした。

「品地忠雄の子供達か元奥さんに会ってみます」

その日の翌日、順と沙都子は品地忠雄の住んでいたアパートの双子のような夫婦の大家の家に赴いた。

「それじゃ忠雄さんを轢いた犯人は捕まったんですねぇ」

小さな炬燵机の一辺に大家夫婦は仲の良いジュウシマツみたいに並んで座り
眼に涙を浮かべている。

「それで品地忠雄さんのご家族に連絡を取りたいんですけど
ご存知ですか?」

沙都子の問いに夫婦は一緒に立ち上がり、アレだあそこだと言い出した。
順と沙都子を居間に残して住所録を探しに行った夫婦の後ろ姿を見ながら
二人は思わず顔を綻ばせてしまう。

「相変わらず可愛いご夫婦ね」

そう言った順に沙都子は組んだ手を右に傾けた顔の頬に当てて夢想する。

「ああいう夫婦になりたいですねぇ」

「誰とよ?」

「もちろん、ヨシロウさんとですよ?」

「いや、貴女たちはバイオレンスな夫婦像しか想像できないわ」

「失礼なっ!」

沙都子は綺麗な顔に膨れっ面を作った。
それを見て順はクスクスと笑った。

暫くして夫婦は一冊のノートを携えて居間へ戻ってきた。
使い古した大学ノートに手製のインデックスがついている。
夫さんが親指を舐めてページを捲ろうとしたとき、それを奥さんが止めた。
奥さんがノート開いている間、夫さんは老眼鏡を用意していると
「ここよね」と言いながら炬燵机の上にノートを広げた。

名前、年齢、生年月日を見て、記入してある項目を読み進めると入居日のところに括弧して(初めての入居者)と書いてあった。

「品地忠雄さんはこちらのアパートの開業当時からの店子さんですか?」

順の質問に夫さんは腕を組んで胸を張り自慢げに答えた。

「ここ辺りは下町で開発が遅かったんだけど、初めて都市ガスを使った賃貸だったんで不動産屋の争奪戦だったんですよ」

「だから身元のはっきりした方を優先して貸したの」

夫婦は「ねぇ」と言葉聞こえそうなアイコタクトを取った。
言われて、保証人の項目を眼で追って行くとそこで沙都子は指差した。
それを順が声に出して読んだ。

「保証人/小野田建業」

二人は顔を見合わせた。
少し焦りながら順は夫婦に聞いた。

「保証人に小野田建業とありますけどこの会社をご存知ですか?」

「知ってるも何もあのアパートを建てたのは小野田建業だよ」

「では、品地忠雄さんはご自身が関わった建物に住んでいたんですか?」

「そうだよ。あのアパートは築40年だから見習いからの忠雄さんとは古くからの知り合いなんだ」

「あのあと大きい鉄骨のビルを建てれるようになったのよね」

夫婦はうんうんと同じタイミングで頷いた。

驚きながらも本来の目的である品地忠雄の血縁者の連絡先を見ると
隣県の住所と兄弟の名前があった。

広岡恵一 広岡啓太

「この広岡と言う名前は元奥さんの氏名ですか?」

「そうそう、忠雄さん若い頃はヤンチャでね。それが原因で奥さん子供連れて実家に帰っちゃったんだよ。でも、子供らは懐いてたし、忠雄さん
一生懸命養育費払ってたから仲は良いんだよ」

「この間の片付けに来たときも、弟さんが泣いてねぇ。
かわいそうだったわ」

夫婦は切ない顔を見合わせてまたうんうんと頷いた。


 大家夫婦に礼を言って後にした二人は品地忠雄の息子たちが住む駅を
目指した。
都心を出てベッドタウンと呼ばれる隣県の街へ向かった。

 綺麗に造成された建物と道路。
似たようなマンション群の並びに公共施設と大型商業施設の隣には
大きな公園。
いかにもファミリー向けの街。
駅前のロータリーには子供を迎える母親が乗った自家用車はの列。
そちらを優先にしてるのか公共の乗り物は端に追いやられている。
子供の泣き声と公園からは制服を着た高校生の大きな笑い声が周りの
マンションに反響していた。

「便利そうなところほどお一人様向きだと思うんですけどね」

駅からマンションへ直結する屋根の付いた歩道橋を渡りながら
沙都子は言った。
品地忠雄の息子らが住むマンション近くまで来たので、在宅を確かめるために大家夫婦から聞いた電話番号をかけてみる。
4コール目に出たのは訝しげな声の男性。

「……もしもし?」

「広岡恵一さんの携帯電話でしょうか?」

「はい。そうですけど、誰ですか?」

「私、警視庁から派遣されました印南と申します。お父様の品地忠雄の件で
そちら様へ伺いたいのですかよろしいでしょうか?」

「あ〜……。まぁ、良いですよ。住所わかりますか?」

「忠雄さんが住んでらっしゃったアパートの大家さんからお聞きしましたのでわかります」

「あ、じゃ、はい。待ってますんで」

「お忙しいところ申し訳ありません。私、印南と百相の二名でお伺いさせて頂きます。では後ほど」

そこから五分ほどで広岡恵一の自宅マンションのドア前へ着いた。
インターホンを鳴らすとスピーカーから先程とは違う声が聞こえた。
待っていると色の軽いグレーのスウェットの上下を着た男性がドアを開けてくれた。
男性は二人の顔を見ると一瞬キョトンとしてから顔を綻ばせた。

「どうぞ、上がってください。スリッパはこれです」

そう言って踵を返すと部屋へ小走りしながら言った。

「にーちゃん、女の警官だ」

その言葉に順と沙都子は顔を見合わせて苦笑した。

 通されたリビングは男性の住まいにしては綺麗だった。
脱ぎっぱなしの服が積まれておらず、通りすがりに視界に入ったキッチンも汚れてはいない。
品地忠雄のアパートもこの兄弟が片付けに訪れていたとわかる。

挨拶をして名刺を渡すと用意周到に兄弟の名刺を渡された。
一人はIT企業、もう一人は公務員だと言う。
名刺を一覧にした後、順は部屋を見回して兄弟に聞いた。

「お父様のお仏壇はありますか?出来ればお線香を上げたいのですが」

「こっちです」

IT企業勤めの弟がリビングの隣の襖を開けると和室があった。
その奥の壁に小さな仏壇とまだ安置していない骨壷。
花と香炉と線香立ての横に品地忠雄の生前好んでいたであろう
お酒が並べてあった。
順と沙都子は二人並んで仏前に手を合わせた。

お辞儀から頭を上げたタイミングで公務員の長兄・広岡恵一がテーブルで話しましょうと提案した。

「犯人捕まったんですか?」

席に着いたと思ったらいきなり広岡恵一から質問をされた。
順は沙都子とアイコンタクトを取って、自分が話をするという意思を
見せた。

「はい、五日前に逮捕しました。榑竹康二と言う男です。それで、実は私、お父様が事故に遭った現場に丁度居合わせた経緯があります」

「え、親父の最後を見たんですか?」

弟の広岡啓太は自分の席から少し身を乗り出した。

「はい、偶然ですけど。救助にも当たりました」

「その時、親父はどうだったんですか?生きてたんですか?」

順は無言で首を振った。

「……そうですか」

弟はガックリと肩を落とした。
横の席に座る広岡恵一はポンと弟の肩を叩いた。
喜怒哀楽を表に出す弟とそれを出さない兄。
よくあるパターンの兄弟に見える。
兄弟の様子を一通り観てから順は本題に入った。

「お父様は事件に巻き込まれた可能性があります。それでご兄弟に協力して頂きたくお伺いさせて頂きました」

次回2月28日更新

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?