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エッセイ|革新のシャンデリア、変革の冷蔵庫

「"革新"と"変革"って何が違うんだろうなぁ」
上司の突拍子もない一言に、他の皆が一斉に顔を見合わせる。
(まずい。またミーティングが脱線する…)


ミーティング、脱線。

私が所属するプロジェクトチームには、私の他にメンバーが3人いる。
1人は、同い年でツンとした猫目が可愛い永井さん。
2人目は、7つ年上で頼りになる"影のリーダー"こと青田さん。
そして3人目。お喋り好きが故に、脱線の常習犯である上司。
この3人である。
 
このメンバーでミーティングをすると、必ずと言っていいほど話が脱線する。そして脱線した結果、1時間で済むはずだったミーティングが3時間も4時間もかかってしまう。
犯人はもちろん、このお喋り好きの上司だ。
 
この日も、やはりミーティングは脱線した。

上司、暴走する。

「"革新"と"変革"って何が違うんだろうなぁ」と上司が呟く。
どうやら、資料の中に”変革”と”革新”という言葉があることが気になったらしい。
私達3人は密かに顔を見合わせて「また始まっちゃったなぁ」という顔をした。

青田さんは「何が違うんですかねー」と取り敢えず相槌を打つが、明らかに適当である。内心では「今日も長引きそうだな」と思っているに違いない。
 
一方で、永井さんはもっとひどい。上司の呟きを完全に無視だ。ツンとした顔のまま何のリアクションもしないし、もはや目も合わせていない。
 
私が「語句の意味、調べてみましょうか」と言うも、上司はまるで聞いていない。いや、聞こえていないのかもしれない。「変革っていうのは~…」と熱く語り続けている。さて、どうしようか。

秋月、地雷を踏む。

とにかくこの脱線をなんとかするため、私は語句の意味を調べることにした。
「”変革とは、物事や事象を根底から変えて新しくすること”。”革新とは、古くからの習慣、状態、考え方などを新しく変えようとすること”…だそうです。意味は似ているようですね」と手短に説明すると、上司はあからさまに不機嫌な顔になった。

「で?だから何なの?」とぶっきらぼうに聞く。
しまった。余計なことをした。
というより、伝えるタイミングが今じゃなかったのかもしれない。
いや、もっと具体的に説明すべきだったのだろうか。
 
私が黙って俯くと、上司はまた話し始めた。「新しくするっていうのはつまり~…」と身振り手振りも大きい。ついでに、声も大きくなってきた。

どうしよう…とモゴモゴしていると、猫目のツンとした永井さんからチャットが飛んできた。
「あんな言い方ひどいわ!気にしたらあかんで!」

すると、"影のリーダー"こと青田さんからもチャットが飛んでくる。
「相変わらずだね!"ふーん"って感じで聞き流そう!」

私は2人からのチャットを見て、ほっと胸を撫でおろす。仲間がいるって心強い。
私は2人と共に、黙って相槌を打つことにした。

悪夢、続く。

恐ろしいことに、それは1時間も続いた。
上司が「たぶん”革新”は~…」となおも熱く語り続けている間、私達3人はげっそりとした顔をしていた。
最初こそ真面目に聞いていたものの、さすがに疲れてきてしまう。
「うんうん」と相槌を打つので精一杯だった。

青田さんは時々嘘くさい笑顔で「ふむ!なるほど!」と頷いている。
この笑顔は、絶対に聞いていない。
絶対に聞いていないけど、いかにも聞いているように見せられるところが、青田さんのすごいところだ。

永井さんに至っては、上司の話になど全く耳も貸さず、黙々と自分の仕事を進めている。こういう”我が道を行く”ところが、永井さんの良いところだ。

秋月、考える。

私は、上司の熱いスピーチと青田さんの適当な相槌をBGMに、ぼんやりと考えた。
“変革”と”革新”。どう違うんだろう。どちらも”革める”。
“変革”は、今あるものを”変”えて革めるのだろうか。
“革新”は、今無いものを”新”しく革めるのだろうか。
でも、無いものを革めるってどういうことだろう。
 
何か具体例になりそうなものはあるだろうか。
上司の機嫌を損ねずに説明できる、それっぽい具体例が。
 
ぼんやりとした頭の中で、”変革”と”革新”がぐるぐると回る。
なんか、どっちでも良くなってきたかも。
というか、ミーティングはどうなったのか。

そんなことを考えながら、
ふと、向かいに座る青田さんの頭上の蛍光灯に目を向けた。

古臭くて真っ白な光が、面白みも無く一帯を照らしている。どこにでもある、普通の蛍光灯だ。
こんな蛍光灯じゃなくて、何かテンションが上がるライトに替えたら仕事も捗るのかな。ミラーボールとか。それは眩しいか。

そのまま、青田さんの隣のデスクに目を移す。
数か月前までは宮島さんという人が使っていたが、彼の部署異動をきっかけに空席となった。今は誰にも使われていない。

何も無い広い机に、うっすらと埃が積もっている。
椅子の上には青田さんのリュックが置かれていて、リュックの隙間からは奥さんが作ってくれたお弁当の包みがちらりと覗いていた。

そういえば、お弁当って常温で大丈夫なんだろうか。
今は冬だから大丈夫だけど、夏場は室内とはいえ痛むのではないか。
たしか、休憩室にも冷蔵庫は無かった気がする。

そこで私は、ふと思いついた。

秋月、ひらめく。

「あの…」と私が口を開くと、皆が一斉にこちらを見た。
上司も、それまで黙っていた私が突然口を開いたので驚いた様子だった。
私は小さい声で、恐る恐る話を続けた。
 
「あの…たとえば、青田さんの頭上の蛍光灯を、シャンデリアに変えることが"革新"で、青田さんの隣の空席を退けて、空いた場所に新しく冷蔵庫を置くことが"変革"でしょうか」

3人がぽかんとしているので、私は慌てて補足した。
「えっと、なので"革新"がシャンデリアで、"変革"が冷蔵庫かなって」

3人がなおも黙ってこちらを見ているので、私は困ってしまった。
変なことを言っただろうか。いや、たぶん変なことを言ってしまった。

「革新」がシャンデリア?

沈黙に気まずさを感じていると、ツンとしていた永井さんがフッと吹き出した。
「シャンデリアって、どんな例えやねん」と笑う。
それをきっかけに、青田さんも苦笑いをする。

せめて笑ってもらえたので良かったが、はたして上司はどうだろうか。
ちらりと上司のほうを見ると、意外にも不機嫌そうな顔ではなかった。

上司は「シャンデリアかぁ…」と腕を組み、真面目に考え込んでいる。
暫く天井を見つめて、こう言った。

「青田さんの上の天井をぶち抜いて、天窓から太陽光が入るようになれば、電気は必要無いよね。”革新”ってそういうことだよ」
 
私はこの言葉に、素直になるほどと思った。
「なるほど。天井をぶち抜くことが”革新”ですか」と納得していると
「天井をぶち抜くって…ここ、20階建ての14階ですよ」と青田さんが苦笑いし
「いやいや、シャンデリアも素敵やで。シャンデリアは"革新"やな」と永井さんがニヤニヤする。
 
私は青田さんの頭上に大きな穴を開ける妄想をして、妙に楽しい気持ちになった。きっと、突然床に穴が開いた15階の人達はびっくりするのだろう。

なお、"変革"の冷蔵庫については皆ノーリアクションだった。
 

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