永遠

私はどうやら生きていけないらしかった。アルバイトなんてできるわけがなく、母親から支給してもらわなければどこかに1泊することさえ叶わない。畑中さんは奥さんにカードを取り上げられていたし、だから誰もいない隙に家に忍び込んだ。棚やひきだしをゴソゴソする間中私はくすくす笑いを抑えられなくて変な声が出たけれど畑中さんはずっと怖い顔をして汗をかいていた。シャワーでも浴びればいいのにばたばたと家を出る。

手を引かれるままに入ったホテルはプラスチックの溶けたようなにおいが断続的にふと匂うこれ以上ないほどに酷いビジネスホテルだったけれどそれでも、少ない荷物を放り投げて潜ったベッド畑中さんの膝頭が私の膝の裏のくぼみにぴったりとはめこんでしまわれることの幸福。努めてそのまま眠る。

目覚めても目覚めた瞬間、どこにいるかわからないなんてことにならなかったのは匂いのおかげだ。カーテンを開けると隣のビルの屋上が見える。頭のない蛇みたいな配管が行き場をなくしてぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるお昼に目覚めた彼と連れ立ってコンビニへ行く。スナックパンひと袋を1日かけて食べる。ベッドの上でものを食べると1口ごとに心が貧乏になる感じがする。彼の眼鏡をべたべたと触る。世界を見なくてすむように。並んで歯を磨く。日を追うごとに畑中さんの口は不健康な嫌な匂いを発した。アメニティの館内着を着て変な時間のテレビを見る。順番でシャワーを浴びる。今日は私が先明日はあなたが先明後日は私が先その次はあなたその次が私。あんまり笑わなかった。

そんな生活は生活という名前の定着する前に終わった。畑中さんは奥さんにメールを送っていたし会社には有給の届けを出していた。私の大学の単位は落ちなかった。無傷の帰還……ぁ。

母親の運転する車のシートは短いワンピースからつきでた太ももの裏にくっついてぺたぺた、我慢ならない不快さだ。いつも通り。喋らない。エンジンのたてる音は小さい。リビングで息をした。木造の家の静かな匂いが私に流れ込む。久しぶりの呼吸、と思ってそのことにびっくりした。

なるほど。

大学の卒業式、朝。歯を磨く私を見る。今日、あれからこれまで付き合った男のどれとも話をしないと思う。どれもだらだらと長いだけのただの毎日だった。今の私を彼はわかるだろうか。あの長い一瞬間と比べればどれも永遠とはほど遠い。


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