さしのみ

「奪ってくれって言ってるようなもんなんやもんなあ〜。」
口に出したことを確認するみたいにしっかり言い切ってから、ビールのジョッキをぐいとあおる。原田はいつも一杯目だけビールそのあとはずっとハイボール。たまにシメに熱燗を飲む。つまりまだ一杯目だ。というのにほとんど酔っ払いのていだ。無理はない。最近の原田は普段からほろ酔いなのだ。あの女に酔っている、ここのところずっと。
「べつに言ってへんと思うで。なんとも思ってないんやと思う。」
私は注文が面倒くさいのでいつも、相手と同じペースで飲み物を頼む。同じのを、と例外なく言う私に原田は3回目のサシ飲みから気づいて、ビール2つ。ハイボール2つ。いつも忘れず注文してくれる。
これはでも、私の親しい人たちはほとんど皆やってくれることだ、苦もなく。
「だってツイッターでもさ、誰か遠くに連れて行って〜!とかって、呟いててんで。男友達との中でたぶん俺が一番仲良いし!」
「それだけやん。彼氏と喧嘩したらそういうツイートだってするし、彼氏がおるからといって親しい男友達を持たへんてこともないし。」
「曲解したいやん!!余地を残してくれよお前はいつもそう、冷静にバサバサと!」
またジョッキを持ち上げる。持ち手の分厚いビールジョッキはその感触でもって私にこの場を味あわせる。18時に飲み始めて終電の時間に終わる長い長い語り合いの始まり。
「傍観者やから冷静でおれるんやん。あたしにもそんな情熱的になって欲しいの?あんたのアホ色恋に?」ため息混じりに言ってみせる。
「そりゃあまあ俺だけの問題やけどさあ…」
「そうやであんただけのや。ミコとあんたの問題でもない、あんたひとりの問題やで。」
「なんでそんなに突き放すん〜。浮気してるわけでもないのにぃ〜。」
男友達、とこの男は見事に言い切ったのだが、彼らは肉体関係にある。彼らとはもちろんミコと原田だ。情けない。私は悲しくなってしまう。ミコにとって原田など何の価値も持たないのだ。それを原田はわかっているのに見て見ぬふりをしている。
肉体関係の伴う男女の友情を否定する気はさらさらないが、この場合原田が完璧に惚れてしまっているのでそれは適応されない。それだというのに原田は、自分とミコの関係を浮気ではないと言い切る。大変あっぱれだしこういう人間と付き合ったなら世間の荒波に揉まれずに済むのではないかと思う。唯我独尊、端的に言えばワガママ王子なのだ。ミコの彼氏がどう思うか、ミコ自身がどう思っているのかなんて本当はどうでもいいのだろう。
「あたしはあんたが例えばミコの髪を撫でて大好きやでとか本気で言ってるのを想像したら悲しくて仕方なくなるよ。」
それでも原田はいい奴なので、私はいい奴が悲しい思いをするのに耐えられない。例え彼の持つ理論が世間に通用しないとしても、彼の絶対を害する唐突ななにかが、彼に起こって、彼が攻撃されたと感じ、傷つくことは恐ろしい。
「そんなん……」
下を向く。俯くというより単純に太ももを見てみるような動作だ。泣き出すのならビール一杯で酔いすぎだ、という私の考えに反して原田はすっと顔を上げた。
「いいやんべつに俺の勝手やん。な。」
もしかしたら、と私は思う。
もしかしたら、思ったよりずっと、原田はミコを好きなのかもしれない。
何か私や福部や沙織や幹宏がわからないところにある熱い心の真ん中に、あるのかもしれない。好きであることと好きである理由が。
「そうやね。
よし、さあ、飲もう、ただし今日は酔って泣くなよ、めんどくさいから。」
私は全然、自然に笑った。もう苦しくはないのかもしれない、と思ったからだ。大好きと本気で言っても応えてもらえないことを悲しいと思わなくてもよいのだろうと。
「善処する。置いて帰るなよ。」
私たちはもう一度乾杯した。同じ高さで。


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