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黒い雷魚

その日は親戚の葬式だった。その村では葬儀の際は、同じ釜の食べ物を碗にとって食べることになっている。その葬儀は、親戚の奥さんの親が亡くなったため、向こうの部族の方針で、黒い節足のついた大きな腹の雷魚が、鍋にどんと入れられており、それが振る舞われた。

私のところに回ってきた碗には、黒い節のような足がついた箇所が黒い皮とともに、ドンと入っていた。これを食べるのかと少し躊躇したが、私はこれが部族の伝統ならば、食べましょう、と思って、思い切って口にした。

味は濃ゆかった。食べたことのない味で、異常な濃厚さだった。なんだか癖になるような、そんな感じもあって、食べ終わる頃には、ついもう一杯食べたくなっていた。

そして気づいたら、私は自分自身をみていた。自分自身の背中に張り付いて、自分の肩越しから自分を見ていた。もう一杯食べようとしている自分。ああ、それを食べてはいけない、と思ったが、見ている私は、さっさと二杯目をもらって、スルスルと満足げに飲み込んでいったのだ。

あああ〜そんな事をしたら、どうなっちゃうの?と思うのも束の間、今度は私は、自分を頭のてっぺんから見ていた。つむじが2個あるんだ、私。一気に食べちゃいけないよ、何事も。。。そんな言葉は全く届かないようだ。

ますます調子に乗って、黒い雷魚のスープのことを褒めちぎっている。もうそれくらいにしておいた方がいいって。。。

異国出身のおばさんは、私があんまりにも雷魚のスープを褒めるもんだから、台所から、雷魚をどんどん持ってくる。雷魚の焼き物、雷魚のおやき、雷魚のフィッシュ&チップス、雷魚のフィレオフィッシュ・・・ありとあらゆる雷魚の料理をおばさんは出せるようで、私は、どんどんそれらを平らげて行く。

「あああ〜私は、どこへ行っちゃうんだろうか。その雷魚は食べてはいけない。」
「雷魚って美味しいのね!これまでそんな魚があるのを知らなかったから、すっごい新鮮だわ。」
「やめろ〜雷魚を食べるのはやめにしてくれ〜自分が何処かへ行ってしまっても知らんぞ!」
「そんなの平気だよ。何処かへ行ってしまうなんて言うのは、迷信かもよ!それよりも、このまんま止まっているよりずっといいじゃない!」
「お前はもう死ぬんだ。そんなに雷魚ばかり食べては死んでしまうんだぞ。覚悟しろ」
「私は私を通り抜けて行く!雷魚によって本当の自分を知ったの。お前こそ死ぬんだわ。」
「私がお前なのに、どうしてお前はわからないのだ。」
「あなたが私をあなただと思い込んでいるのは、本当の私ではないのよ。雷魚は私の一部。だから私はいくらでも食べるわ。」
「雷魚により私は、私でいられたのだ。雷魚を取り込んでしまったら、もはや私はお前ではなくなってしまうのだ。」
「さようなら!」

彼女があらゆる雷魚料理を食べ尽くしている間に、そんな会話が繰り広げられたかどうかは、わからない。

断末魔の叫びが何処かから聞こえてきただけである。

夢の中で、雷魚を食べるときは気をつけて。自分が自分でなくなるのは間違いない。それは、自分と思っていたものが自分ではなかったと知る、最高の瞬間でもあるのだが。

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