映画『聲の形』に見る障害者教育

この記事では、日本語から離れて、教育の中でも障害者教育、さらには全ての児童生徒に対する教育のあり方について、映画『聲の形』を題材にして考えていきたい。

1. はじめに

障害を持つ児童生徒に対する教育の現状については、以下のように言われている[5]。

「障害のある幼児児童生徒については、その能力や可能性を最大限に伸ばし、自立し社会参加するために必要な力を培うため、一人一人の障害の状態などに応じ、きめ細かな教育を行う必要がある。このため、障害の状態などに応じ、特別支援学校 や小・中学校の特別支援学級において、特別の教育課程や少人数の学級編制のもとに指導が行われている。また、通常の学級に在籍している児童生徒に対しても、通級による指導などにより一人一人の教育的ニーズに応じた指導が行われている」
(文部科学省初等中等教育局「特別支援教育の概要」p.1)

しかし、実際には平成25年のデータでは特別支援学校に通っているのは約67,000人、特別支援学級に通っているのは約175,000人、通常の学級にいながら通級による指導を受けているのは約78,000人である 。すなわち、特別支援教育を受ける子どものうち通常の学級に入っているのは3割程度しかおらず、障害を持つ子どもの多くは通常の学級からは離れて教育を受けているのが現状である。

現在のこのような特別支援教育は、施す教育の方法や教育の内容の違いに対応するための効率性や教師側の教育技術の専門性などの点からは、非常に合理的なシステムであると考えられる。しかし、その一方でこのように障害を持つ児童生徒と健常な児童生徒を分けた環境で教育することは、はたして双方にとって利点だけしかないのだろうか

2. 映画『聲の形』

山田尚子監督による2016年公開のアニメーション映画。原作は大今良時の同タイトルの漫画である。この作品は全日本ろうあ連盟の監修により道徳教材とされたほか、「いじめや自殺防止、インクルーシブ教育システムの構築や障害者理解を普及啓発すること」を目的として文部科学省ともタイアップしている[2]。

あらすじ
物語は、とある小学校の一クラスから始まる。クラスのガキ大将だった石田将也は転校生である聴覚障害者の西宮硝子に興味を持ち、クラスの中心となって彼女にいじめをしてしまう。しかし、後にそのいじめがばれてしまったために彼自身もいじめにあうようになり、彼は他者に対して心を閉ざしてしまうようになる。

3. 障害者教育

映画『聲の形』において、硝子は小学生の時には将也と同じ通常の学級に通いながら「きこえの教室」で通級による指導を受けていた(高校生の時には特別支援学校の高等部に通学していた)。しかし、この通常学級の中で硝子に対するいじめが起きてしまった。いじめは集団内の個々の意識の問題とされることがあるが、それでかたづけてしまっていいのだろうか。

文部科学省とのタイアップサイトでは、学校の中に障害のある子がいる場合、お互いが歩み寄ることが大切であるから、まずは素直に自分の気持ちを伝えるのが良いと示されている[2]。しかし、そのような障害者に対する意識の改善を個々の児童生徒に任せてしまって良いのだろうか

特に障害を持つ子どもに対する障害をきっかけとするいじめについては、障害を持つ人々に対しての一般的な理解が浅いことによるものと考えられる。ということは、現在の教育の構造に根本的な問題があるとは言えないだろうか。

1節でも述べたように、現在のこのような特別支援教育は、施す教育の方法・内容の違いに対応するための効率性や教師側の教育技術の専門性などを考慮した結果構築されたシステムである。しかし、これによって「社会現実」と「教育現実」に予期せぬ乖離が起きていると考えられる。すなわち、この現状は「社会現実」から子どもを切り離して教育を施すようになったことに端を発するもので、「教育現実」が展開した「小さな閉じた空間」としての学校が生んだ弊害なのだと考えられる。したがって、このような観点からは現在の教育においては「教育現実」と「社会現実」を近づけていくことが理想であると言える。

障害のある子どもと障害のない子どもが同じ集団内で共に学ぶことで、障害のある子どもは多くの子どもと関わることで社会性や人間性を育むことができ、障害のない子どもも障害について前向きなよりよい理解ができるようになる。このような考え方から、現在はインクルーシブ教育という健常者と障害者が同じ環境で共に学ぶことができるような教育方法が提案され、推し進められている。実際に2018年には、高等学校における通級による指導が制度化された。しかし、その教育方法が浸透するにはまだ程遠い状況でもある。

4. 障害児(者)から見た社会

厚生労働省が平成17年度に知的障害児(者)を対象にとったデータ[4]を見ると、知的障害者の地域活動への参加状況について 「ほとんど参加しない」と「参加したことはない」を合わせると67.5%になる(表14)。また、その中でも現在学校を卒業している者の地域活動への参加状況について、グループホームなどではなく「自分の家」に住んでいる人のうち、「ほとんど参加しない」と「参加したことはない」を合わせると80.0%になる(表17)。これは障害を持つ人がうまく地域社会になじめていないことを意味する。また、知的障害者が福祉行政などに期待することとして、「障害者に対する周りの人の理解」という項目が42.1%と最も高くなっている(表21)。さらに、健常者が自分たちに「いやな思いがある」と答えたのは知的障害者のうち35.4%もいた(表22)。

以上のことから、障害者が社会に対して、あるいはその社会を構成する健常者に対してどのような思いを持っているのかが読み取れる。地域活動に積極的に参加できない一つの要因として考えられるのは、地元の学校に通っていなかったがために同年代の人たちをはじめとする地域住民との交流があまりなく、地域社会にうまく入り込めなくなってしまっているということである。そして、学校を卒業して社会に出てからも、健常者と障害者の間のそのなんらかの溝は埋まるどころか広がってしまい、地域社会に溶け込めないという意識はますます強くなっている。

また、障害者は自分たちに対する周りの人の理解が深くなることを求めている。これは障害者理解のための教育がきちんと行われていない、あるいは健常者と障害者を異なる環境で教育しているために、健常者に障害者との交流の経験があまりないということが大きな要因であると考えられる。そのような健常者の障害者に対する理解の浅さは障害者に対して不快な思いを抱かせ、ますます社会を敬遠することになり、健常者もそれによってさらに障害者との関わりを失ってしまうという悪循環をもたらす。極端な場合、このことによって障害者に対する差別意識にも通じてしまっている可能性がある。

5. 障害児と健常児の関わり

乾・中村(2009: 258-260)ではインドネシアの農村地域に住む障害児の話が示されている[1]。この地域では「障がいを持っていても、ふつうに学校に通っている子どもも少なくな」く、「学校が終われば、障がいを持つ子どもも牛追いや農作業を手伝う」。また、「子どもたちの遊び集団には、いろんな年齢の男児や女児が混じりあって」おり、「はだしの子、靴をはいている子、障がいをもつ子、障がいをもたない子、集団の中ではだれもが、時には大人顔負けの役割が与えられることもあり、時には甘えん坊でいることも可能」であり、「この混沌とした子ども世界の豊かさの中で、子どもたちは育ち社会性を身につけていた」。

この地域では、小学校低学年のダウン症の女の子も、時間がかかってでも2歳の子の服のボタンを一生懸命かけてあげていた。この例は発展途上国の中でも農村部の話であるので、そもそも「社会現実」と「教育現実」があまり切り離されていない例とも言えるが、障害児と健常児の関わりにおいては「社会現実」が「教育現実」が乖離せずにうまく結びついている例であると考えられる。このように障害児が健常児に混じって生活しているのは、単に障害児に対して特別な待遇を行うことが難しいからということもあるだろう。しかし、そのような状況においても実際に障害児が健常児と同じ輪の中で学び、遊び、暮らすことができているという事実こそが重要なのである。

障害者が健常者と共に暮らしている「社会現実」の中では、障害者が健常者を受け入れられるように、まず健常者が障害者に対する理解を深める必要がある。そのために、教育においては「教育現実」を「社会現実」に近づけ障害を異質なものとみなさずに、集団の中の個性の一つとして捉えられる子どもを育てられるような教育の構造が望まれる。

参考文献・資料

[1]乾美紀・中村安秀『子どもにやさしい学校 インクルーシブ教育をめざして』(ミネルヴァ書房、2009年)
[2]映画『聲の形』:文部科学省 http://www.mext.go.jp/koenokatachi/ 
[3]特別支援教育の現状と課題
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/053/siryo/__icsFiles/afieldfile/2015/05/25/1358061_03_03.pdf
[4]平成17年度知的障害児(者)基礎調査結果の概要 https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/titeki/index.html
[5]文部科学省初等中等教育局「特別支援教育の概要」 https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001wjus-att/2r9852000001wkgh.pdf


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