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【読書記録】ベルリンは晴れているか

おすすめ度 ★★★★★

ミステリー・長編・海外が舞台、という私の苦手分野てんこもりだったのに、息を呑むほど面白かった。ノンフィクションのようなリアリティと、フィクションらしいドラマのある展開。

読み始めるのは遅かった。長いし、ベルリンという名前からして私の苦手な近代世界史だし、1ページめの人物紹介がもう、名前が長すぎて無理無理に無理。何度か開いては「ま、後にしよ」で閉じてしまった。

覚えなくても大丈夫

テンポの良さ

読み始めたら、止まらなかった。
まずテンポが良い。映画のように緊張感がある展開が次々にやってくる。ダラダラしない。
登場人物が外国人なので海外文学のようだが、若い日本人作家の作品なので、現代的で読みやすい。人の名前は覚えられなくても大丈夫。なんとなく「あ、こいつ嫌なやつ」「あ、主人公の家族だっけ」程度でもちゃんと楽しめる。(もちろん記憶力があるに越したことはないが)

時代はナチス時代のドイツ、17歳で終戦を迎えた女の子が主人公で、とある事情で人探しをするというのが、大枠のストーリーだ。戦後のドイツはソ連・アメリカ・イギリスに分割統治されていたらしい。「らしい」と書くレベルで世界史に疎くても、読みすすめられるから大丈夫。
多少わからないところがあっても、目に浮かぶような情景描写と、物語の勢いが助けてくれる。

2つの時間軸

歴史的に複雑な時代なので、描くのは難しいと思う。この小説では、マクロ視点での政治的な情勢は最低限しか描かれていない。ただひたすら主人公の少女アウグステの人生をなぞっている。だからこそ伝わる現実感がある。

話は、人探しをするアウグステのストーリーと、アウグステが生まれたときから現在に至るまでの回想が交互に描かれている。時間軸がずれるので最初は戸惑うけど、かたやスリルある冒険的ストーリーで、かたやひたひたと迫る戦争の話で、それぞれ目が話せない。

当時の日常を描く

特に、ミクロな視点で描かれる戦時下の人々の変化が怖い。学校の授業が少しずつ変わっていく様子や、それに疑問を持たない子供、持っていても言えない雰囲気。例えば「人種優生学」という授業のシーンはこう。

「これはとても大切な、世界でも最先端の学問ですから、しっかり身に着けなければなりません。」
「この雑貨店はアーリア人商店ですが、ここにいてはいけない人たちがいます、誰か分かりますか?」(と生徒にユダヤ人の絵に丸をつけさせる)

絵に書かれているユダヤ人はわかりやすく意地悪そうで、店を乗っ取ろうとするような顔で書かれている。先生は授業の「教材」として呼んだユダヤ人の少女と自分の生徒を並べてこういう。

「劣等民族の身体的特徴について。(中略)額が狭くて後頭部は崖のように平らなので、必然的に脳は小さくなり知性が劣ります」
「皆さんよく見てください。後頭部の形を。(中略)見比べ、観察しましょう」

ゾッとするような話だが、こういう日常をとっても念入りに書いている。教科書やニュースでマクロ視点でしか知らなかった、当時のドイツ人の考え方や生活の様子がありありと浮かび上がってくる。
それは「まードイツ人ってホント酷いわ!」ではなく、一歩間違えたら自分もこうなるだろうな…と背筋がひんやりするような感覚だった。

執念と言っても良いような描写の細かさは、最後にかかれた膨大な参考文献が裏付けになっている。これだけでノンフィクション本一冊のような読み応えがあった。

居てはいけない人なんていない

主人公アウグステは、両親が反ナチスだったため、処刑と自殺で亡くなっている。ドイツにも当然いろんな考え方の人がいたのに、敗戦国になったら「全員ナチの犬」「ヒトラーの売女」と占領国に蔑まれる。
それぞれの登場人物の過去や思想が、台詞ひとつひとつに込められていて、作者の熱量が感じられる。余すところなく書き切ろう、伝えようという意思。

例えば、当時ユダヤ人と同じように迫害された障害者について。
近所に住むダウン症の女の子ギゼラを怖がる幼いアウグステに、父親が諭すシーンは、この本で一番印象に残った。

「僕らの可愛い娘。忘れないでほしいことがあるんだ」
「人間には色んな人がいるということだよ」
君がここにいて良いように、ギゼラもここにいて良いんだよ。君がくしゃみをしたい時にくしゃみできるように、ギゼラが薔薇を見たい時に薔薇を見て良いんだ。もしこの先ギゼラが薔薇を見たがっているのに、大勢の人が駄目だと言って『ギゼラ 見学禁止』の立て札をたてたとしても、アウグステは立て札を引っこ抜いて薔薇を見せてあげてほしい」

すべての台詞を引用したいくらい美しいのだが、この時代にこの考え方を持つことがどれだけ危険だったかは、その後の展開で理解させられる。読むのがしんどくてしんどくて、だけど目を背けてはいけないシーンだと思った。今だって、決して解決していない。現在進行形の問題だからだ。


物語の怒涛の展開は、ほんとうにもう怒涛というしかなく、「え?ええ?えええ?!」とひっくり返りながらページをめくるしかないので、是非読んでほしい。
そしてノンフィクション派の人にも、存分に魂のこもったノンフィクションとしておすすめしたい。

「忘れないでいただきたいのは、これはあなた方ドイツ人がはじめた戦争だということです。”善きドイツ人”?ただの民間人?関係ありません。まだ『まさかこんな事態になるとは予想しなかった』といいますか?自分の国が悪に暴走するのを止められなかったのは、あなた方全員の責任です」
この人は、あれが私のせいだというのか。ドイツの女性たちは父や兄や弟が他国で人を殺した代償に凌辱されたのか。

私はいつから狂ってしまったんだろう。いつから、人の死を願うことを、死の引導を渡すことを、躊躇なく正しいと思うようになったのだろう。いや、狂っているのは世界の方じゃないのか?なぜこんなに苦しみ、自分を責めねばならないのだろう?

「”民なき土地”だってさ、やつらにとっちゃパレスチナ人はこの世にいねえらしい。約束の地だとか言って乗っ取るつもりなら、どこかの誰かさんたちと何が違うんだ?」
「だって、民族主義が俺に何をしてくれた?あんなクソを他人に味わわせたいとは思わないね。俺たちだからこそやっちゃいけねえよ」

歴史に疎いことが悔やまれた。勉強し直してもう一度読んだら、もっと深く理解できるんだろう。もう一度読む価値は十分にある、そんな本だった。

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