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書評「アンビシャス-北海道にボールパークを創った男たち-」(鈴木 忠平)

2023年3月。北海道北広島市に新たなボールパークが誕生しました。それはエスコンフィールド北海道

北海道日本ハムファイターズが総工費500億円をかけて建てたボールパークは、野球を観るだけでなく、食べる、遊ぶ、泊まる、ショッピングも楽しめるボールパーク。これまでの日本にはない、いや世界でもあまりない施設として注目を集めている。

この素晴らしいボールパークを建てるにあたっては一つ問題があった。それは「どこに建てるのか」。北海道日本ハムファイターズがホームスタジアムとして活用していた札幌ドームは毎年多額の使用料が発生するだけでなく、グッズや飲食の販売収入を支払うだけでなく、改修したいことがあっても札幌ドームに要望しないと通らない状況だった。北海道日本ハムファイターズがより発展していくためには本拠地をどうするかは課題だった。

この状況を打破しようと2人の男が社内のメンバーにも秘密で企画書を作成するところから物語が始まる。そして2人は紆余曲折を経て、従来の本拠地である札幌市ではなく人口6万人の北広島市を新たな本拠地に選ぶ。そこには様々な人々の思惑が交錯する人間ドラマがあった。

本書「アンビシャス-北海道にボールパークを創った男たち-」は北海道日本ハムファイターズがエスコンフィールド北海道を建てるにあたって、本拠地を北広島市に選ぶまでの人間ドラマを描いたノンフィクション作品だ。

本書が面白いのは、誰が正義で、誰が悪人という描き方をしていないことだ。

エスコンフィールド北海道の建設へと導いた2人は北海道日本ハムファイターズにとっては正義を貫く立場かもしれませんが、多額の投資を日本ハム本社に迫る立場でもあり、日本ハム本社からすると悪人でもある。そして、真っ先に「私は反対だ」と反対した当時日本ハム本社で社長を務めていた人物が後に北海道日本ハムファイターズの社長に就任し、その後エスコンフィールド北海道のバックネットとの距離の問題の責任をとって完成前に辞任するというのは、人生というのはなんと複雑なのかと思ってしまう。

正義と悪、理想と現実、本音と建前の境目はなんと曖昧なのか。誰かの正義は誰かの悪であり、明確に正義も悪も存在しない。そんな人が生きる世界の複雑さというかグレーな部分を本書は登場人物の心の機微を描くことであぶり出していく。特に新たな本拠地決定前の札幌市議会の様子と当時の札幌市長の熱を込めた答弁には、本音と建前、現実と理想の間で苦しむ人物の姿が描かれていて読んでいて複雑な気持ちになる。自分も同じような経験をしたことがあるからだ。

そして本拠地決定の前日。北広島市への誘致活動を担当していた川村祐樹は家族に「もしだめだったらこの立場にはいられない。市役所を辞めなければならないと思う」と告げる。重苦しい雰囲気が流れた翌日、川村は妻から「結果が良くても悪くてもカメラの前に立つんでしょ」と光沢のあるブルーのネクタイを手渡される。北海道日本ハムファイターズのチームカラーに合わせたネクタイを身に着け、背中を押された川村は家を出ていく。

本拠地決定の連絡を川村に告げた北海道日本ハムファイターズの前沢賢と三谷仁志は翌日の記者会見に臨むためのネクタイの話をする。プロ野球の主役は選手たちだが事業を支えるビジネスマンの服装はスーツにネクタイ。普段は目立たないネクタイを着用する人々の熱き想いや、そんな人々を支える人々の人間ドラマも本書の見どころだ。

そして本編をじっくり堪能した上でエピローグを読んで欲しい。エピローグで秀逸なのは新庄剛志に関するエピソードだ。プロ野球の世界から長い期間離れた新庄がなぜ北海道日本ハムファイターズの監督に就任したのか。なぜエスコンフィールド北海道でプレーするチームの監督を任されたのか。その理由が描かれている。そして新庄はエスコンフィールド北海道移転後に前沢や三谷への感謝を口にしている。ここにも人間ドラマがあるのだ。

本書は「誰にも賛同されなくとも真っ直ぐに歩く。成すべきことを成す」人々の物語だ。真っ直ぐに歩くのも難しい時代で、表面上の賛同を追い求めがちな時代で、成すべきことを成すのが難しい時代で、不器用に、時代に翻弄されながら生きる人達の物語をぜひ読んで欲しい。


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