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棒使いと網戸の夏


昨日は夕方、コンビニでバイト。

とりあえず心配していた件はバレてはいなかった。

ほっと一安心である。

「おじさんがわけわからん事で一人焦って一人安心すな」と自分で自分を戒める。

バイトが終わり、家に帰って換気がてらに窓を開ける。

窓を開けると網戸が目に入る。

その網戸の上の方を見ながら僕は無表情で立ち尽くす。

この網戸を見ると僕は去年の夏のある出来事を思い出す。

あの事を思い出すと僕は淡く、そして切ない気持ちになるのである。


2021年8月。

僕は一人部屋で憤っていた。

憤りを感じている原因は「部屋の網戸」である。

僕の部屋には窓が二箇所あり、そのどちらにも網戸が付いているのだが

その両方の網戸の外側に白い粉の様な物が大量に付いているのだ。

最初に発見したのは外に干していた洗濯物を取り入れた時である。

シャツの袖にチョークの様な白い粉がべったり付いている。

僕は一瞬「え、誰か窓に向かって黒板消し投げた?」と思った。

小学校の頃よく使った懐かしの黒板消しにチョークが付いた状態で飛んできたとしか思えない状態だったのである。

しかし家の周りには黒板もなければ小学校もない。

原因は別である。

そこで網戸をよく調べた所、外側一面に白い粉がべったり付いていたのである。

僕は一旦ジーパンに履き替えモジャモジャのヅラを被ってから「なんじゃこりゃあ!」と叫んだ。


スマホで調べてみるとこれは「チョーキング現象」というらしい。

なかなかストレートなネーミングである。

一言で言うと網戸の経年劣化で日光で溶けた表面が白い粉になるらしい。

問題なのはこの状態で窓を開けると白い粉を自分の体内に吸ってしまう可能性があり、そこから様々な不調が起こるかもしれないという事である。

僕は「どおりで最近モテへんはずや!!」と一人ブチギレた。


この家に引っ越してからまだ半年である。

半年で経年劣化とは考えにくい。

つまり引っ越した時点で網戸が元々劣化していたのである。

僕はすぐに管理会社に電話した。

「あの部屋の網戸にですね、チョーキング現象が起こってまして!」

僕は覚えたてのチョーキング現象をさも昔から使ってる風に華麗に披露した。

電話の結果、網戸は無料ですぐ取り替えてもらう事になった。

管理会社から頼んで業者の人が張り替えにくるらしい。


当日。

僕は部屋でソワソワしていた。

今から部屋に見知らぬ業者の人がやってくる。

ちなみに僕の部屋は6畳ちょっとのワンルーム。

この狭い空間に僕と業者の二人っきり。

何となくイヤである。

まだ彼女も入れた事ないのに。

まあ入れる彼女おらんのやけども。

そもそも彼女いた事ないんやけども。


業者の人が作業しやすいように前日僕は部屋を片付けた。

歌を口ずさみながら片付けをする

「明日おれんち来るってさ♪君がいきなり言うからさ♪こんな時間から掃除♪」

懐かしのオレンジレンジのラブパレードである。

電車男の主題歌だ。

もちろん今回でいう「君」とは「見知らぬ業者」である。

虚しい。

こうして前日に片付けた甲斐あって、業者の人を迎え入れる準備はバッチリである。

さあ、いつでも来い、業者の人!


ピンポーン。

チャイムが鳴る。

来た!

僕はガチャとゆっくり玄関のドアを開ける。

するとそこには

真っ黒く日焼けして長髪を後ろで結んで油ぎった顔をした、やけにマッチョな、まるでベテランの傭兵のようなおじさんが立っていた。


僕は見た瞬間

「うわあ、イヤだなあ」と思った。

失礼な話だが、今からこのおじさんとある程度の時間二人だと考えると、なかなか気が重い。

おじさんは元気よく

「網戸の張り替えに来ました!!」と叫んだ。

しかし僕は見逃さなかった。

ドアを開け、僕が出た瞬間おじさんの表情が一瞬曇った事を。

おそらくおじさんはおじさんで

「うわあ、イヤだなあ」と思っているのである。

そう。

決して忘れてはいけない。

僕もまた油ぎったおじさんであるのだ。

こうして僕達はお互い第一印象が最悪な、

まるで90年代トレンディドラマの第1話の様な出会い方をした。


「失礼しまーす」とおじさんが部屋に入っていく。

そして手際よく準備を始める。

僕はおじさんをまじまじと観察した。

このおじさん、なかなか個性的なおじさんである。

後ろでくくった長髪に日焼けした肌に筋骨隆々な身体。

ファイナルファンタジーとかのRPGで出てくる、長めの棒使うキャラでこんな人いそう。

割と序盤に仲間なってやたら頼りになるやつ。

パーティーには入れたいが、部屋に入れるのはちょっとなあ、、、

そんな事を思いながら僕は電子レンジに映った自分を見た。

こうやって見ると

僕は僕で徒手空拳使いのデブみたいなキャラでいそうである。

防御力高くてあんまりダメージ受けへんみたいな。

狭い空間に棒使いと徒手空拳使い。

こうして僕の部屋は

RPGで主人公がいない時のサブイベントみたいな空間になった。


「じゃあ古い網戸外していきますね!」

そう言いながらおじさんはグッと力を入れた。

しかし網戸はうまく外れない。

ちょうど網戸の下には普段僕が寝ているマットレスがあって、それが邪魔でおじさんが動きづらいのである。

僕は「あっ手伝います!」と言って、マットレスをめくり、網戸に手をかけた。

すると力を込めていたおじさんのバランスがくずれたのか

「おおっと!」とおじさんが大きくよろめいた。

そのあおりを受け僕もバランスを崩し

そのまま二人、床にもんどり打って倒れた。


おじさんの上に被さるおじさん。

六条一間の部屋。

急激に近づく距離。

恋愛イベント発生である。

僕は思った。

もうイヤや。。。


ハプニングはあったが、おじさんは手際よく古い網戸から新しい網戸へと変えていく。

棒使いの風貌は伊達じゃない。

僕も安心して見守る。

見守るのだが。

とにかく

気まずい。


狭い空間におじさんが二人。

何も会話がないとひたすら気まずい。

さっき変なイベント起こったとこやし。

何か話しかけようかと思うのだが、話題が見つからない。

どうしたものか、と思ったその時おじさんが「おっ」と何かを発見した。

どうやらおじさんも気まずさを感じ、話題を探していたようだ。

おじさんは部屋の隅っこを見ながら「絵を描かれるんですか?」と聞いてきた。

おじさんの視線の先を見ると、僕がネタで使うフリップの山があった。

フリップは全て裏を向けておいたので

それを見たおじさんは僕が絵を描いてるものだと思ったのである。

僕は迷った。

僕は絵を描いていない。

でもそれを説明するのは面倒くさい。

自分は芸人でピン芸人でネタにフリップを使っていて、、、

すっごい面倒くさい。


「ああ、まあそうですね。絵描いてますね」

僕は絵描きのフリをした。

と、その瞬間。

窓からフワッと風が吹いた。

そしてその風でフリップが一枚ペロッとめくれた。

そのめくれたフリップには大きくこう書いてあった。

「好きバウ」



好きバウ。

これは僕がよくやる恋愛ネタの最後の方に出てくるワードである。

しかしおじさんはそんな事知る由もない。

中年男性の部屋に置いてある紙に大きく「好きバウ」と書かれてある。

こんな奇妙な光景はない。

しかも僕は直前に絵を描くと言ってしまっている。

絵を描いているはずの人が紙に大きく「好きバウ」と書いている。

前衛的すぎる。

おじさんはこれ以上ないぐらい不思議そうな顔をした。

何ならデコに?マークが浮かんでた気がする。


しばらくしておじさんがまた「おっ」と声をあげた。

また何かを発見したらしい。

「あのフィギュアはドラゴンボールですか?僕ドラゴンボール全く知らないんですけどね、あれってドラゴンボールですよね?」

そこにはドラゴンボールのゴジータ4のフィギュアが置いてあった。

僕は以前ドラゴンボールのフィギュアを集めていたのだが、引っ越す際に金銭的な問題などいくつかの理由でフィギュアの大半を売っていた。

しかしこのゴジータ4のフィギュアは元々パーツが足りてないジャンク品だったので売る事はできず、その結果部屋にポツンと置いてある状態になったのである。

それをおじさんは発見したのだ。

おじさんは続けて聞いてきた。

「あれは孫悟空ですか?僕ドラゴンボール知らないですけど、孫悟空ぐらいは分かるんですよね。」

僕は迷った。

あれは悟空ではない。

ゴジータ4である。

ゴジータ4とは

鳥山明原作ではないアニメオリジナルのシリーズ「ドラゴンボールGT」で、超サイヤ人4孫悟空と超サイヤ人4ベジータがフュージョンした姿である超サイヤ人4ゴジータ、通称ゴジータ4である。


説明するのめっちゃ面倒くさい。

僕は適当に「まあ、孫悟空みたいなもんですね」と返答した。

するとおじさんは自分の話を始めた。

「僕この前ね、フィギュアの店に入ったら、何かでっかい龍のフィギュアがあってね、たぶんそれドラゴンボールで僕全然知らないんですけど、すっごいカッコよかったんで、思わず買ってしまいましたよ!」

このおじさん、、、

神龍の衝動買いしてる。


初めて聞いたわ。

神龍の衝動買い。

だいぶ順番おかしいやろ。

何でドラゴンボール全く知らんくていきなり神龍いくねん。

めちゃくちゃトリッキーな事してるやん。

どうやらこのおじさんは神龍のフィギュアに

TOTSUZEN心惹かれたようである。


それからしばらくして、いよいよ作業も佳境である。

するとおじさんが急に悶え始めた。

「あ〜暑い。いや、暑いな。今日すっごい暑いっすね!おっと、、、いや暑い!」

暑いを連呼し始めたのである。

僕は直感した。

このおじさん。

差し入れの飲み物を欲しがっている。


ただ、僕ももちろん差し入れはするつもりだった。

事前に買っておくつもりだったのだが、バタバタして買えなかったのである。

安心してくれ、おじさん。

ちゃんと買いますがな。


僕は「あ、何か飲み物買ってきましょか?何がいいですか?」と聞いた。

するとおじさんは

「いえいえ!そんな!お気を使わず!」

と言ったが

顔一面に"待ってました"が溢れていた。

デコに「待」が浮かんでた気がする。


おじさんは缶コーヒーがいいと言ったので、僕は近くの自販機に買いに出かけた。

自販機を眺める。

僕は信じられない事態に唖然とした。

缶コーヒーがほとんど売り切れなのである。


こんな自販機、あまり見た事ない。

唯一残ってる缶コーヒーがエスプレッソ系のめちゃくちゃ小さい缶コーヒーだけである。

正直、信じられないぐらい小さい。

試飲用なんか言うぐらい小さい。

子供が飲む風邪薬のシロップレベルである。

こんなんでおじさんの喉の渇きは潤されるのだろうか。

おそらく厳しい。

でも別の自販機に行くのも嫌だ。

なんせ今、僕の部屋には

棒使いのおじさん1人なのだ。


出来るだけ早く帰りたい。

正直、気が気じゃない。

ええい!と言いながら僕は極小缶コーヒーを買った。


部屋に帰り、僕は元気よく「どうぞ!」と缶コーヒーを差し出した。

おじさんは一瞬え!?という顔をしながら「ありがとうございます!」と受けとった。

デコには「小」という文字が浮かんでいた。

そして缶コーヒーはほぼ一口で飲み終えていた。


こうして網戸の張り替えは終了した。

「ありがとうございます!お疲れ様でした!」とおじさんを見送り、僕は部屋に入った。

やっと一人になれる。

僕は安堵しながら、おじさんが張り替えた網戸を見た。

!?

僕は目を疑った。

網戸の上の方の端が破れているのである。


確実に何かしらの失敗が起こっている。

しっかり穴が空いている。

実際の写真がこちら。

画像1

僕は記憶を辿っていく。

するとある場面を思い出す。

おじさんが暑い暑いと言っていた時である。


「あ〜暑い。いや、暑いな。今日すっごい暑いっすね!おっと、、、いや暑い!」


「おっと」の部分やな。


おっさん、おっと言うとるやないかい。

絶対そこでミスったやろ。

てか、これたぶん分かりながら帰っていったな。

とんでもない奴やな、おい。


僕はふ〜と深呼吸をしてから

「やっとんな!おっさん!!」


と叫んだ。


この後何日かバイトやら何やら忙しすぎて、管理会社に連絡出来ず、結局今に至ってしまった。

すぐに連絡しとけばと今になって思うのだが、もう一回おじさんと二人が嫌だったのもある。

ただ今回これを書いていてふつふつと怒りが湧いてきた。

なぜ穴あき網戸でこの夏を過ごさにゃならんのだ。

めちゃくちゃ変に期間が空いたが、今度連絡してみようと思う。

当日に写真は撮っているので、証拠は一応あるのだ。

かなりのいざこざが予想されるが、トライしてみるつもりである。

また今後進展があればここで報告します。








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