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わ る い お ま わ り さ ん 【6/6】

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 あたしはコンクリートの壁に手を突こうとした。

 目をこらしてみると……なんと、壁には無数の手形がついている。

  昨日三島に突き飛ばされて手をついた部分と、ぴったり同じところに手をつこうとした。
 
 ……さらに目をこらして壁を見る。
 そうしてあたしの手形を探した

 何十、何百、何千という手形が壁のいたるところに……ほとんどは女の子の小さくて華奢な手形だった。

 その中には、小さな子供のものらしい可愛らしい手形もあった。
 ……それはふつうの手形がついているところよりも、かなり下についている。

  あたしはそんな小さな子が、この場所で壁に手をつかされて、どんなことを、どんなふうにされたのかを想像した。

 それは少し痛ましい情景で……珍しいことにあたしの心は少しだけ痛んだ。

 いやいや……別にこの場所に居たからって、誰もがいやらしいことをしているとは限らない。
 そうだ、あたしはこの場所はいやらしいことをするところだと勝手に決め込んでいたんだ。

 そんなことをしていたのは、ひょっとすると三島とあたしだけだったかも知れないのに。

 
 はてさてそんなことはどうでもいい……とにかくあたしは、あたしの手形を探さなければ。

 また目を凝らしてじっと見てみる……と、ひとそろいの薄く緑の色がついている手形を見つけた。

 もしやと思い、自分の手を当ててみる……ああもう、なんて素晴らしいんだ。
  その手形はあたしの手の大きさにぴったりだった。

「さあて……そろそろ挿れるけど……もういいかあい……?」

 背後であたしのパンツを降ろしていた速水が言う。
 その声にはますますエコーが掛っていた。

「……手形、見つかったあ…………?」

「うん……見つかった……」あたしは肩越しに速水を見て言った「……いいよ……」

「よーし……」

  速水が何かごそごそしているのがわかった。
  と、次の瞬間、あたしのあそこに、ぬるっ、と丸いものが入ってきた。

「んんっ……あっ……えっ………な、なにそれ……」

 次に、それが速水の指によってぐっ、と奥に押し込まれる。

「んんんっ………」

「ああ、さっきのキャンディだよお……」と速水。「下のお口からでもおいしいんだよね、これ…………」

「あっ…………んっ……ひゃあっ…………」

  別の手を使って、今度は速見があたしのクリトリスを刺激してきた。

  いきなり下半身全体が、まるで長時間正座した後の脚みたいにびりびりと痺れはじめる……

 自分の躰が波を描いてくねり、勢い良くお尻を突き出したので、速水のお腹に激しくぶつけてしまった。

「……どう……すごいでしょ」

 速水はそのままあたしのクリトリスを転がす。

「……やっ……やめ…………やめてっ! ……ってか……おかしくなっちゃう…………頭がへんになっちゃうよっ……」

「まだまだだよ……さっき挿れたのが溶けてきたら……もっとすごくなるからね」

「……ひっ……そっ………そ、そんな…………んんんっ…………」

  クリトリスを撫でられたのかと思ったら、実は内腿をやさしく撫でられただけだった。

 もはや下半身のどこまでがクリトリスで、どこまでがクリトリスじゃないのかわからないくらいだ。

 そのまま速水は、あたしのお尻や、腰、太股や内腿を、ゆっくり時間を掛けて撫で続けた。

 そのたびにあたしは大きな声を出して、身体をびくんびくんと躍らせる。

 まるで下半身の皮がぜんぶむけて、むき出しの肉にそのまま触れられているみたいだった。

「……ほ、ほんと……もう……もうダメだって…………し、死んじゃうっ……」

「いやいや、これからじゃないか……死んだりしないよ。おかしくなったりもしない…………人間は誰も……自分で思っているよりずっと強いんだ」

 速水があたしの下半身を撫でながら言う。

「……君だって……辛いことがあったって、ちゃんと生きてるじゃないか。頭がおかしくなっちゃったかい? ……どうってことないよ。薬もいつかは効果が切れる……そしたらなにもかも元通りになってるよ……一昨日までと、何にも変わらない」

「で、で……でも……」

「……すっごく溢れてる……なんか、おもらししてるみたいだよ……君の中が熱くなってるから……薬の溶けも早いんだろうね……」そういって速水は、あたしのあそこの中に指を入れてきた「……ほら、もう中でこんなに小さくなってる……」

「いっ……やっ……や、やめてっ…………」

 あそこの中で小さくなった錠剤を速見が指の先でとらえて……ころころと転がしはじめる。

 あたしは顎を閉じることができなくなったみたいで……涎が下に向かってだらだらと零れ落ちた。

 くちょくちょと、ほんとうになんともいえないいかがわしい音が、これまたエコーつきで耳まで届いてくる。
 

「……ああもう……すごいなあ……どう? こんなになったことある?」

「……な……ないよこんなのっ……でも、ほんと……あたしもうっ…………」

 もう立っていられなくなっていた。
 あたしはずるずると壁を伝って、崩れ落ち居ていく。

 
  ああもう、なんてひどいおまわりさんなんだろう。
 
 
  あたしは地面にお尻をつけないようになんとか踏ん張った。
  踏ん張ると、新たな液が染み出してきて、あたしの内腿を伝っていく。
 
  昨日散々三島にぶっかけられた精液より、それは熱かった。
  まるで塩酸かなにかのように、その熱さがあたしの内腿を焼く。

 
 あたしが恐々振り返ると……自分の腰が暴れ馬みたいに跳ねまくっているのが見えた。

 まったく感覚を失っていたので……自分の腰がそんなふうに動いていることには気づかなかった。

 ああもう、あたしどうなっちゃうんだろう……?

「……あっ…………んっ…………うっ…………」

 
  コンクリートの壁におでこをくっつけて目を閉じた。

  昨日、この同じ場所で散々な目に遭ったことが……まるで映画でも観ているかのように早回しで頭の中を流れていく。

 殴られて、おっぱいを引きちぎるように揉みまくられて、正面を向いて立ったままで一回。

 そして裏返されてうしろから一回。その後、さんざん顔に精液をぶっかけられて、その後は口に突っ込まれて精液を飲まされた。

 
  で、あたしはどうなったんだろう?
  何も変わってはいない。
 
  その後、キスしてくれと三島に迫った。
 お腹を蹴られて、その場にうずくまった。
 

  それでも、あたしの中で何かが決定的に変わってしまったということはない。
 
  それからあたしはボロボロの服のまま、この場所で夜を待って……闇夜にまぎれてひとりで家に帰った。
 
それでも、あたしは何も変わっていない。

 あたしの脳裏に、さっき速水が見せてくれたあの画像が蘇ってきた。

  灯油を頭からかけられて、手錠を嵌められ、お尻にバイブを突っ込まれて泣き叫んでいる三島のあのなさけない姿。

 それであたしは心の平穏かなにかを得ただろうか……?

 ……やっぱり、そんなものを得ることはできなかった。

  というか、この一連の事件によってあたしの心に、小石を水面に落とした程度の波紋すら生じただろうか?
 
 
 それでいいんだろうか?
 
 ……それでいいかも何も……あたしには何も感じることができない。

「……ね、ねえっ……」あたしは速水に言った「も、もっと………へ……へんなこと……してっ……」

「へんなこと?……」速水が聞く「……どんなことかな? 具体的に言うと………」

「その……あの……ええっと……」何故そんな考えが浮かんできたのだろうか?時折人の頭には、とんでもない考えが気まぐれにふわりと舞い降りる「……そ……そ、そのっ……あの…………お、お尻に…………挿れてっ……」

「え、………あいつに、そんなことまでされたの?」

「……う、ううん」あたしは首を振った「……そうじゃなくて、あたしがしてほしいの……」

「よし……」

 速水の指が、あたしのお尻の穴に触れる。

「あっ……」そのまま、速水はするすると指を根元まで滑り込ませた「………くうっ……」

「……ちょっと、ほぐすよ」

 速水はあたしの前から溢れる大量の液を救い上げると、丹念にお知りの穴の周辺に……そして指を突っ込んではその内側に、丁寧に塗りつけ始めた。

ああもう……その感じをなんて表現したらいいんだろう?

  ほとんど痛くはなかった……錠剤の影響か、あたしの躰は筋肉が弛緩して……完全な無抵抗状態にあったみたいだ。

 まあ薬のせいだけじゃないだろうけど……そういうことにしておいてほしい。

「挿れるよ……オッケー?」速水がいつ出したのか、自分の陰茎の先端をあたしのお尻の穴に押し当てる。「……大丈夫だとは思うけど……ほんとにいいの?」

「……うん………………ううううんんんっっっ!!!」

 入ってきた。
 かなりきつかったが、薬のせいか痛みはほとんど感じなかった。
 
「おおおう……」

 速水も悲鳴らしきものを上げる。

 速水があたしを痛がらせないように……慎重に、丹念に腰を動かす。
 
 あそこから喉元まで、全身を太い杭で突き通されているようだったけど……あたしは手を突いたコンクリートの壁を反対側に倒しかねない勢いで手をふんばって、その激しい感覚に耐えた。
 
  いろいろといやらしいあえぎ声を出したり、ここでは言えないようなふしだらな言葉を言ったような気がするけど……それらはいちいち覚えていない。悪しからず

「ううっ……う、う……うっ!!!」速水があたしのお尻の穴からアレを引き抜き、あたしの靴のほんの数センチのところにしたたかに精液を飛ばした。「は、は……はあ……こ……こりゃたまらん……この歳には堪える……」

 速水はあたしの背中にぐったりと身を伏せた。
 あたしもしばらく息があがって………何も言えなかった。

 「……あの……」あたしは言った「……その、もう一回…………キスしてくれる?」

 「え、そんなんでいいの?」

 速水はびっくりしたようだった。

 それからあたしたちはまた、地面に座り込んで……ねっとりとキスをした。
 
 何度も何度もキスをしたり、お互いの耳たぶを噛んだりしながら、二人の薬の効きが弱まっていくのを待った。
 
 
  見上げると空はすこしオレンジ色に染まっていて……鳩たちのかわりに、カラスが時折その四角い空を左に右に横切っていった。

 その日あたしが事情徴収を途中でばっくれたことに関して、お母さんはまた涙を流しながら怒り狂った

 まあ予想はできたことだ。

 満面の笑みで迎え入れられるだろうなんてことを期待してたわけではない。
 
 
  しかしそれ以上に母が大声で泣き喚いたのは、あの女性警部補さんの話によると……三島をあたしをレイプしたことに関して罪に問うことは、法的にはかなり難しい……というかほとんど可能性ゼロに近い、ということだった。

 たぶん、あたしが正直に話しすぎたか、それとも大げさに語るべきところをふつうに喋ってしまったか……もしくは警部補さんが頭の中で思い描く“ひどい話”のレベルにあたしの話が追いつかなかったか……そんなところなんだろうと思う。

 お母さんは泣いて、泣いて、泣いて、泣きまくった。

 涙であれだけの水分を失ったんだから、あたしはお母さんがあくる日にはミイラになってしまうのではないかと本気で心配になった。

 人間というものが、あそこまで涙を流せるという事じたいが、あたしにとってはものすごい驚異だった……同然だが、あたしはそれでも泣けない。
 
  あたしがどうかしているんだろうか?
 お母さんがどうかしているんだろうか?

“あんたは悔しくないの……?……それで悔しくないの?”

 お母さんがあたしに何度も同じことを繰り返す。

 どうなんだろう?
 
 お母さんは、あの日の午後、三島がどんな目に遭ったのか知らない。

  多分、そのことに関してはあたしと……あの速水というわるいお巡りさんと……三島の3人しか知らないのだろう。

 それであたしの気分が良くなったか……?
  実をいうと……それほどでもない。

 確かにあのスマホに収められていたなさけない三島の姿を見たときは……あたしは大いに笑った。

 ざまあ見ろ、とさえ思ったことは事実だ。
 
 でもそれは、その瞬間、そんなふうに感じただけの話であって……あれからしばらく立つけど、そのことを思い出すあたしの心が晴れ晴れするかといえば……決してそんなことはない。

 逆に、三島のことを気の毒に思うかといえば……やっぱりそれも、そんなことはない。

  あたしはそれに関しては何も感じることができない。
  さらに、その前に三島にされたひどいことに関しても、だ。

 良くも悪くも、すべては思い出になってしまった。

 なんの感情も刺激しない、単なる記憶のひとつとしての思い出。だから、あたしはこうして今、ふつうに朝起きて、ご飯を食べ、学校に行き、帰ってきてはまた ご飯を食べ、お風呂に入ってから、ちょっと勉強して、テレビをみたりしてから、また布団に入ることができる。

 他の人がどうなのかは知らないが……だからこそ、あたしはこうしてふつうに毎日の生活をこなしていくことができているような気がする。

 あの二日間から、ずっと離れたところにあるこの毎日の生活を。

 

  三島にはあれから会っていない。
  三島もあの辛い、恥ずかしい体験を乗り切って、上手くやっているだろうか?

 また誰か新しい女の子をみつけて……たとえば、そのためにあたしと別れる必要があったあたしよりおっぱいの大きいあの娘とかと……もしくは他の誰かと……うまくやっているだろうか?

  あの植物園の裏の“おさわりスペース”には、別の誰かとシケ込んだりしたのだろうか?
 それともまた別のどこかに、そういうことをするに相応しい場所を見つけたのだろうか?
 
 まあ……そうであろうとなかろうと、あたしには何の関係もないことなのだけど。

 あれからあっという間に3ヶ月が過ぎて、半年が過ぎて、1年が過ぎて……さらにずっとずっと時間が過ぎた。

 あたしは高校を卒業して、大学に進学し、あたらしい彼氏も出来た。
 

  三島のことはすっかり忘れていたが……ふとある日、速水のことを思い出した。

 というのも、テレビのニュースでこんな事件を見たからだ。

“都内の現職警察官が、顔見知りの女子高校生と違法な薬物を 使用し、わいせつな行為をしたとして、本日、警視庁に逮捕されました。逮捕されたのは、警視庁●●署捜査二課勤務の●●元巡査部長36歳。……調べにより ますと●●容疑者は、出会い系サイトで知り合った都内在住の女子高校生を未成年と知りながら都内のラブホテルに連れ込み、わいせつな行為をした疑い。その 際に違法な薬物を使用し、女子高生が両親に相談したことから事件が発覚……本日、警視庁に逮捕されました。警察は●●容疑者から薬物の入手経路などについて、厳しく追求していく方針です………”

 当然、●●巡査部長は速水とは全くの別人で、女子高生は全くあたし知らない子だ。
 でもあたしは……速水のことが気になって仕方がなかった。

 そんなわけで……あたしはほんとうに何年ぶりかで、あの警察署を訪れた。

 当然ひとりで。
 警察署というところは、何年かぶりに訪れてもまったく変わらない。

 
 カウンターまで行くと、数年前に訪れたときとは違うおばさんがカウンターに座っていた。

 人は違ったけど、おばさんが着ている制服も、事務的で面倒くさそうな態度も、威圧的な物言いも全く同じだった。

「……速水? 捜査一課の速水?……その人に、あなた、何の用なの?」

「え、その……ええっと……別に、これといった用はないんですけど……その……」

「あら?」

 あたしがまごまごしていると、置くの廊下から声がした。
 
 振り返ると、あの時あたしに事情徴収をした、女性警部補さんが立っていた。

 どういうわけか、その日警部補さんは私服だった。
 髪型も、数年前とくらべるとずっとおしゃれになっていたし、着ているうすいベージュのスーツもなかなか素敵だった。

 ……ひょっとすると……もう警部補さんじゃなくて、ずっと上の役職に昇進したのかも知れない。

「……前に……確か、ここに来たことあるよね?」警部補(なのかどうかわからないけれども)さんは言った「……ええっと……随分前じゃなかったっけ……あ、そうそう、お母さんと一緒に、お話をうかがったことあったよね…………元気?」

「あ、あ……どうも」

 あたしはどぎまぎしてしまった。
 
 警察官という人種がどういう人種なのかはわからない。
 そしてその誰もが、このように人並みはずれた記憶力を有しているのかどうかもわからない。

 しかし、彼女はあたしの顔を覚えていた。
 よっぽど有能な人なのだろう。
 ぜったい、今はもう“警部補さん”じゃないはずだ。

「……どうしたの? 今日はなんか用?」

「…………あ、あの…………」

「捜査一課の、速水さんに会いに来たんですって」

 受付のおばさんが言う。

「速水さん?」一瞬で、(元)警部補さんの顔が曇った「……え? 速水さんに……何の用?」

「あ、あ……あの……その、別にこれと言った用があるって訳じゃないんですけど……」
 
  (元)警部補さんはしばらく自分の足元を見ていた。
  スーツに合わせた、落ち着いたデザインの、ブラウンのパンプスだった。

「……ああ速水さんね。捜査一課の速水さん……」と、(元)警部補さんは顔を上げた「彼、警察辞めたんだ……ちょうど、去年の今頃だったかなあ……」

「え?」あたしも顔を上げた。「ほ、本当ですか………な、なんで?」

「え? ……なんで?」(元)警部補さんの視線が、わずかに泳ぐのをあたしは見逃さなかった。「……いやその……なんでって……まあその、“一身上の都合”で……かな」

「はあ…………」

「で、速見さんに……なんの用?」

 (元)警部補さんの目が、用心深くあたしの目を覗き込むのがわかった。
  あたしは目を背けて……そのまま下を向いた。

「そ、それじゃあ……わたしもちょっと用事があるから……」(元)警部補さんはそう言ってあたしの脇をすり抜けた「……まあ、元気でね」

「……はあ……」

 あたしが答えるまでもなく、彼女はそそくさと廊下の奥に消えていった。

 
 あたしはそのまま、警察署を出て道路に出た。
 なるほど……一身上の都合……まあそうだろう。
 人生いろいろある。

 少なくとも、速見は“わるいおまわりさん”としてつるし上げられることは無かったようだ……表向きには。

 
  泣こうかと思ったが、やめた。

  人生で流すことのできる涙の量が決まっているとするのなら……今は別にどうしても泣かなければならない時ではない。

 泣くのはやめにした。

 このまま、あの植物園の裏に一人で行って見ようか、とも思った。
 

 あのまま植物園の工事が、放ったらかしになっていれば……の話だけど。
  
 
 でも、それもまたなんだか……ぴんとこないのでやめにすることにした。(了)

 ※もう一度最初から読みたい、という奇特な方は↓こちら。

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