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インベーダー・フロム・過去 【7/11】

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 目が覚めると、真っ暗だった。

 目が見えなくなったんじゃないかと思って、わたしは焦った。
 半身を起こし、そのまま必死に目を開いて何かを見ようとする。

 しかし何も見えない。
 ここがどこかもわからない。

 落ち着け、落ち着け……自分に言い聞かせた。
 わたしは混乱する自分を沈めて、わたしが今知りうる情報を頭の中でまとめた。
 

状況その1…わたしは目が見えない。
状況その2…ここがどこなのかわからない。
状況その3…今がいつなのかわからない。
状況その4…なんでこんな状況に自分が置かれているのか、さっぱりわからない。

 状況その1のはすぐに片づいた。
 顔に手を伸ばすと、なにか布のようなもので目隠しをされていたから。

 ……でも、目隠しを外すべきだろうか?

 わたしは迷った。

 ここは安全なのだろうか。
 自分はなにかベッドの上のようなところに寝かされている。

 掌を滑らせると、冷たいシーツの感触がした。

 耳を澄ます。
 気持ち悪いほど、静まり返っていた。

 周りに人の気配はない……しかし、どこか遠くで、ドアを閉めるような音がした。

 と、鍵をちゃりちゃり言わせながら絨毯の上を歩く靴音。
 近づいてきて、通り過ぎ、小さくなっていった。

 今自分がいる部屋の中からの音ではない、外の廊下からの音だ。

 多分ここはホテルかなんかの一室なんだろう。
 それにしても部屋の中は静まり返っている。
 

 それと……これに気付いたときには全身に鳥肌が立ったが、わたしはどうやら裸らしい。
 全裸。なにも身に着けていないようだ。

 お尻の皮膚が直接シーツの布に触れていた。

 あまり笑えるような状況ではない。
 が、はじめて味わう焦りでもない。

 学生時代は、こんなことはしょっちゅうだった。
 よく今まで生きてこられたと思う。
 
 部屋の中に人の気配はなかった。
 それを充分に認識してから、わたしは意を決し、ゆっくり目隠しを外した。

 いきなりまぶしい光が目に飛び込んでくる、ようなことはなかった。
 室内は薄暗いが、カーテンの隙間から少しだけ光が入っている。

 ビジネスホテルのツインルーム。

 まったく見覚えのない景色だ……とはいうものの、日本中のどこにでも無数にある、何の変哲もないビジネスホテルのツインルーム。

 隣のベッドには、使用した形跡がない。

 ベッドメイクされたままの、しゃっきりしたベッド。
 わたしはゆっくり起きあがった。

 胸の上まで掛けられていたシーツがはらりと落ちる。
 
 やはりわたしは素っ裸だった。
 
 ざわざわと、心が騒ぎはじめた。

 素っ裸なだけではなく、わたしの太ももの内側では、べったりとこびりついた何かがそのまま乾燥して、かさかさしていた。

 懐かしい感覚だ。

 
 学生時代に何度も繰り返したことだった。

 昨日わたしは、誰かとヤったらしい。
 それも激しく。
 
 ベッドサイドにあるデジタル時計を見る……AM 6時28分。

 気が遠くなった。
 静けさが耐えられる限度を超え、耳鳴りと重なる。

 そういえば、頭もものすごく痛い。

 寒気を感じて、吐き気もする。
 いや、吐き気のほうはかなりヤバい。
 認識した途端にこみ上げてきた。

 わたしはベッドから降りる。

 まるで踊り狂いながら服を脱ぎ散らかしたかように、部屋のいたるところにわたしの服があった。

 カーディガン、ブラウス、スカート、ブラジャー。
 パンツなんか、部屋の照明のランプシェードの上に引っかかっている。

 自分で脱いだのだろうか。
 それとも誰かに脱がされたのか。

 さっぱり思い出せない。

 窓の横にしつらえられたテーブルの上には、飲み干して潰したビールの缶がふたつ。
 そして灰皿には、銘柄の違う、3種類の煙草の吸い殻が堆く積もっていた。

 口紅がついているもの……マルボロ・ライトはわたしが吸ったのだろう。

 昔、よく吸っていた煙草だった。

 そ、それより気分が悪いんだった。

 わたしは出入り口の手前にあるドアを開けた。
 ホテルの部屋の作りから考えて、よっぽどのことでもない限りそこはユニットバスになっている筈で……事実そうだった。

 便器の便座は上がっていた

 わたしはそれに倒れ込むようにして、ひとしきり吐いた。
 いくら吐いても、苦い胃液しか出てこない。

 一体昨日、何を飲んだのだろう。
 ほんとうにひさしぶりの酷い二日酔いだった。

 生理的に胃が痙攣するままに吐いたあと、吐瀉物を流し、トイレットペーパーで口を拭きながら立つ。

 洗面台は濡れていた。
 使い捨てカミソリと歯ブラシがひと揃い、使用されて洗面台の上に載っている。
 わたしは蛇口から水を出して、顔を洗い、口を濯いだ。

 ようやく人心地がついて、顔を上げて鏡を見る。
 

 自分の裸をこんなにゆっくり見ることなんて、何年ぶりだろうか。

 わたしは自分で思っているより、肌が白いこと気付いた。
 そして、わたしの頭の中にあった自分の裸より、鏡に映る身体はほんの少し、肉付きが良かった。

 青白くなっている顔は、見られたものではなかった。

 一昨日の晩、公一とあれほどヤりまくって、昨日の朝は目の下に隈ができていたんだった。
 目の下の隈は、さらに色濃くなっている。

 そういえば……昨日の朝の時点で枯れていた喉は、さらに酷くなっていた。
 からからに枯れた喉に、胃液が逆流したわけだし。

 喉がひりひりして、わたしは3回ほどうがいをした。
 

 もう一度鏡を見る。
 さらに注意深く目を凝らした。

 左の首筋と、右の乳房の上部分、左の脇腹と、右足の付け根に、虫に噛まれたような跡がついている。

 確かめるまでもなく、それはキスマークだった。
 さらに調べると、左右の太ももにそれぞれ二つずつ、同じものがあった。

 ……夕べわたしとヤった男は、跡をつけるのが好きな男らしい。

 昔、荒れた生活を送っていたとき、何人かのそういう男とヤった。
 首筋やにの腕やおっぱいを、わざと強く吸って、跡をつたがるような男。

 なぜそんなことをしたがるのかはよくわからないが……まあつまり、自分がこの女を征服した、という達成感の現れなのだろうか。

 山の頂上にうち立てられる旗のような。
 ……それとも、犬がおしっこをするようなマーキングの一種かも。

 一般的に男って下等で¥ガキっぽいが、その中にもさらにガキっぽいのが居る。

 あるいはキスマークは、それをつける相手が自分のことを忘れないようにするための印なのかも知れない。

 忘れないでほしい、という切なる願いなのかも。

 ふつうはそんなものは全く必要ないだろう。
 まともな人間には、記憶力がある。

 しかしわたしのような女には、必要なのかも知れない。

 キスマークをつけられても、忘れるときは忘れるのだから。

 現に、わたしは昨日のことをまるで覚えていない。
 
 
 内股におしっこを漏らしたように何らかの液(何かはわかってるけども、先入観できめつけるのはよくない)が乾いた跡があったことには気付いていたけども、両方の乳首がかさかさになって荒れていることに改めて気付いた。

 多分ゆうべ、盛大に吸われたのだろう。

 しかし、乳首がこんなになっていたのは、昨日の朝からかも知れない。

 公一も一昨日の晩は、わたしの乳首を激しく吸った。
 或いは……いや、もう考えるのは止めよう。
 
 わたしは取り敢えずシャワーを浴びた。

 乾いた液がこびりついていた内ももは、特にきれいに洗った。

 身体のいたるところを嘗め回されたのだろうか、熱いお湯をかけるとひりひりする部分がたくさんあった。

 いちいちどこかは言わない。想像にお任せする。

 しかし熱い湯を浴びていると、身体全体にまとわりついていた淫靡な空気の名残りまで、洗い流せるような気がした。
 何だかよくわからないが、ほんの少しの、くしゃみ程度のカタルシスがあった。

 頭の中にも常識が帰ってきた。

 昨日は会社に行かなかったのだろうか。
 いや、行かなかったのだろう。

 ひょっとして無断欠勤したのだろうか。
 なんとも言えない。

 記憶を無くしている間に新幹線にでも乗ったのではない限り、今から身支度をしても会社には間に合うだろう……それにしても、わたしとここに泊まっていた男はどこに消えたのだろう?
 
 身体をきれいにして、バスルームに備え付けのドライヤーで髪を乾かし、部屋中に脱ぎ散らかしてあった服を拾い集めて身につける。

 通勤に使っているトートバッグは部屋の隅にあった。

 お財布などの貴重品が無くなっていることもなかったので、安心する。
 ファンデーションと口紅はいつも鞄に入れているので、なんとか顔を作ることもできた。
 すべて身支度を終えても、まだ8時前だった。

 さて。チェックアウトするか。チェックインした覚えはないけれども。

 部屋に忘れ物がないかどうか確認するため、わたしはカーテンを開けた。
 眩しい朝の光が入ってきた。

 拍子抜けすることに、ホテルは会社の最寄り駅のすぐそこだった。
 いつもこのホテルの前を通って通勤している。

 朝ご飯をどこかで食べる時間もありそうだ。
 

 わたしはもう一度ベッドサイドの時計を見た。AM 7時58分。
 あれ…?

 朝日に照らされたベッドサイドテーブルの上に、何かが浮かび上がった。
 先ほどはまったく気付かなかったものだ。

 それは透明の液体で書かれて、乾燥していた。

 わたしは赤くなる。

 指についた自分のアレ……つまり愛液で書き殴ったらしいその文字は、あきらかにわたしのものだ。
 

 シラハマシマハラ
 

 そう書いてあった。

 わたしはそれを忘れないようにこの忘れっぽい頭にたたき込むと、チェックアウトの前に濡らしたティッシュペーパーで、それをきれいに拭い取った。
 
 フロント係に聞くと、わたしの同室者は5時前に払いを済ませてチェックアウトしたらしい。

 フロント係になんだかんだ理由をつけて見せてもらった宿泊カードによると、男の名前は、「島原」だった。
 これでシマハラの謎は解決だ……でも、シラハマって何だ?
 
 そしてさらに大きな謎がもうひとつ。
 

 さっき部屋を出る前に、もう一度忘れ物がないか念入りに確認した。
 ベッドに、目隠しとしてあたしにつけられていものがあった。

 それは赤茶のネクタイで……わたしはそれに見覚えがある。
 
 そのネクタイは公一のもので……
 昨日の朝、彼が身に付けていたものだった。


 奇跡的なことに、わたしは昨日の朝、会社に電話を入れてズル休みしていた。
 体調が悪いとかなんとか言って。

 多分それからどこかでお酒を飲み始めたのだろうけど、それにしても自分がそんなにも律儀だとは思わなかった。

 一昨々日もわたしは同様の理由で会社を休んでいたので、上司からいい顔はされなかったが、へんに疑われることも無かったようだ。

 まあ、他人がどんな理由で休もうと、わたしだって気にしないけど。

 その日は二日酔いで頭も痛かったけれど、頑張って定時まで仕事をした。
 帰りの電車の中で、公一のことを思った。

 いま、どこに居るのだろうか。
 今晩は帰ってくるのだろうか。

 
 帰宅して、ひとりの部屋に帰る。

 いつもわたしのほうが帰ってくるのは早くて、公一が居ないのは普段どおりなのだけど、何故か今日は灯りのついていない部屋と公一の不在が、よりはっきりと伝わってくるようだ。

 部屋の中はいつもより暗く、静けさはわたしの全身を刺すほど研ぎ澄まされていた。

 そういえば。

 鞄の中を探った。
 記憶どおり、写真が入っている。

 記憶どおりに、表にはまだ髪を短くしていた頃のむかしのわたしが、上半身裸で胸を隠して立っている姿が映っていた。

 そして裏にはこれまた記憶どおりに、赤のボールペンでこう書かれていた。
 
 
 “2016年8月15日 またあおう かこより”
  
 “侵略者”からのメッセージだった。

 やってくれるじゃん、と思って、自嘲的に笑う。

 確かに、ほんとうにめちゃくちゃに侵略されちゃった。

 公一の目の前で辱められて、久しぶりにべろべろになるまで酔っぱらって……そして、誰だかわからない相手(“侵略者”=「島原」氏?)とヤってしまった。

 そしてわたしはそれをまるで覚えていない。

 残ったのはふたつの謎“シラハマシマハラ”と公一のネクタイ。
 
 
 恐ろしいことだけども、またお酒に手が伸びた。
 帰り途の駅前のコンビニで、スーパーニッカの安いウイスキーを買っていたんだった。

 フタを外して、流しにあったコップに注ぐ。
 ウイスキーは期待どおりの色をしていて、期待どおりの匂いがした。
 口に含む。
 期待どおりの味と、予想外の喉への刺激。

 少しむせた。

 そういえば声が枯れていたんだっけ。
 会社ではほとんど誰とも口を効かなかった。 
 
 気を取り直してもう一口。
 強いアルコールに口の粘膜が麻痺して、さっきはしびれた喉も容易くそれが流れ込むのを受け入れた。

 まったく不思議なことに……一口飲むたびに、やるせない気持ちや悲しい気分、どうしようもない不安が塗りつぶされるように解けていく。

 公一のことも考えなくなった。
 気がつくと、眠っていた。
 

 わたしは夢を見た。
 いつも見る、あの恥ずかしい夢の続きを。
 

 蒸し暑い小屋の中。
 わたしはとてもみっともない格好で壁に手をついてお尻を突き出している。

 ブラジャーとTシャツは胸の上までたくし上げられ、ジーンズとズボンは足首まで降ろされている。

 男の手が下向きになったわたしの胸を揉みこみ、前に回ったもう片方の手は、探り当てたクリトリスを転がしている。

 あたしは声を押し殺している。
 狂ったみたいに叫びだしたい気分。

 子どもの頃、かくれんぼをして、物陰で鬼が自分を探しているのを待っている気分。

「んんっ……」

 わたしはさらに腰を高くあげる。

「いいかい?」

 男が聞く。
 夢の中の声は、あの“侵略者”の声だ。

「い、挿れて……」

 わたしは夢の中でもう何度も何度も繰り返したセリフを絞り出す。

 男の先端が、ちょん、と触れる。

 全身に鳥肌が立って、お尻はさらに高く持ち上がる。

 男がぐいっと熱い先端を押しつける。
 ……わたしはそれを迎え入れるように男の先端にお尻を押し出す。
 

 いつもは、そこで目が覚める。
 しかし今日は覚めなかった。

 
 入ってきた。
 はちきれんばかりになった、男の熱いアレが。

 わたしの腰が一秒でも早くそれを味わおうと、さらに高く持ち上がる。
 そして自分で押しつけていく。

 押し広げられ、ねじこまれていく感触。
 思わず息が止まり、目をきつく閉じる。

 こめかみから汗がひとしずく、ふたしずく流れ落ちた。
 
 男は中ほどで止まっている。
 そのまま、動かそうとしない。

「……いっ……も、もっとっ…………奥まで挿れてよっ……」わたしは首を絞められているみたいな声を出す。「ね……ねえったら。ねえっ……お、……お願いってばっ……」

「……焦っちゃダメだよ」

 男も押し殺した声でいう。
 そして意地悪に、中程まで入っていたものを入り口あたりまで引き抜く。

「やあっ……!」

 わたしは本当に泣きそうになって、慌ててお尻を押し出す。
 しかし男は逃げる。

「……やっぱさ、伊佐美ちゃん、飲んでるほうが感度上がるの?」

「……んっ……」その時のわたしには死ぬほどどうでもいい質問だった。「そ、そんなのいいからっ……挿れてってばっ……」

「……しょうがないなあ……」男が胸を揉む手も、前をまさぐる手も休める「ほれ」

「ふはっ!…………あっ!!」

 フェイントをかけられて、わたしは悲鳴を上げた。
 一気に、根本まで突き入れられる。

 わたしの体内の肉が、反射的にそれを締め付けるのがわかった。

「……すっ…………す、ごい……よ、伊佐美ちゃん……すごく、締めてる」

「……つ……突いてっ……う、動かしてっ……!」

 あたしは背中から腰、腰からお尻へと身体を波打たせた。
 まるで蛇がうねるように。

 男が動き始めた。
 いちいち入り口あたりまで引き抜いて、奥まで突き入れる。
 その繰り返し。

 男はだいぶ余裕があるのか自信家なのか、じっくりといじましく、わたしの身体を愉しむつもりらしい。

 わたしもおおいに愉しんでいた。

 引き抜かれるたびにお尻でそれを追い、押し込まれるたびにお尻で円を描いてその形、感触、熱を味わう。

 そう、そのときわたしは酔っていた。
 酔っぱらうと、自分でも信じられないくらいやらしくなった。

 こんなやらしさが自分の中で眠っていたのか、と自分でも呆れるくらいに。

 非常にスペクタクルかつ難解な夢を見てしまったときに、自分の中にそんな創造性と想像力があったことに驚くみたいに、わたしは自分のやらしさを求める本能に感服した。

「……あっ……あっ! ……あああっ!……んっ!……んっ……んっ……くっ……あっ……」

 口の中に指を入れられた。
 昨日の朝の電車で“侵略者”にされたみたいに。

 いや“侵略者”がこの夢に倣って、そういうことをすのだろうか?

 その夢を見ている間は、そんな些末なことはどうでも良かった。
 わたしはその潮の味がする指を舐めた。

 そして突きまくられた。

「……ああんっ?! ……やあっ……」と、急に男は、わたしを後ろから突くのを止めて、引き抜いた。わたしはなかば殺気だって、男に追いすがった「やだっ……抜いちゃ……やだっ!」

「そんなにガツガツしないで……」男がわたしを正面に向かせて、手を取った「ほら」

「ひっ……やあっ……」

 びちょびちょに濡れて息づいているペニスを握らされた。
 そしてそのまま上下に扱かされる。

 その表面を、わたしの掌が滑った。
 わたしの出した潤滑液でべとべとになっていたから、とても滑らかに手を動かすことができた。

 わたしの淫らさを糾弾するように、それはぴちゃぴちゃと派手な音を立てた。

「ほら、こんなになってるよ……」男が耳元で囁く「やらしいねえ……伊佐美ちゃん」

「ん……」わたしはしっかり目を閉じて、勝手に手を動かしていた。「……やだっ……」

「……もっと欲しい?」

 男がまた囁く。
 わたしは声を出さずに大きく頷いた。

「じゃあさ、おれのお願い聞いてくれる?」

 男が言った。

 わたしはまた大きく頷いた。
 どうせ、男はしゃぶってくれとかおっぱいで挟んでくれとか、そういうくだらないことを要求してくるのだろう。

 でも、何を求められても……例えば、今から小屋の外に出て、空き缶を10コ集めてこいといわれても、わたしはそれに応じたかも知れない。
 
 それほどまでにわたしは亢ぶり、追いつめられていた。
 でも男はとても意外なことを言った。

「……おれのこと、忘れない?」男が言った。「酔いが醒めても、忘れない?」

「……え……?」

 わたしははじめて目を開いて、間近に男の顔を見た。
 
 
 どうという特徴のない、薄い顔立ち。
 不抜けてはいないが、馬鹿正直そうで善良そうな男の顔。

 細面で、少し無精ひげが生えて、目はどろんとして何か悲しげだった。

 
「……忘れないよ」

 わたしは言った。
 男は笑って、わたしの左足首を足首に絡まっていたジーンズから抜くと、そのまま足首をひょいと持ち上げた。

「えっ?」

 わたしは子どもの頃から身体が柔らかい。
 男はわたしの左足の膝の裏を右腕で抱えて持ち上げ、大きく脚を開かせた。

 わたしはバランスを崩しそうになったが、背中を壁に押しつけられているので転ばずに済んだ。

 大きく開かれた脚の間に、男の左手の指が触れる。
 たやすく陰核をみつけた男は、それをやさしく擦る。

「……やっ……いやっ……やだっ…………こんなのっ…………んんっ!!!」

 また入ってきた。今度は一気に根本まで。

 男はさっきみたいに意地悪に動きはしなかった。
 全力で叩きつけるようにして、わたしを攻め立てた。
 
 わたしは左脚を持ち上げられたまま、両腕を男の首の後に回して、すぐさま反対のことを言った。

「……あ、あっあっ……ああっ……あっ……いいっ……もっとっ! ねっ……ね、ねえっ! もっとっ……!」

「そ……んな……に声……出した……ら、外まで……聞こえちゃ……うよ」

 男が途切れとぎれに言う。

「いいの、もう……あっ……もういいのっ! ……どうでもいいのっ!」

 わたしは本気だった。

「……どうせだったら、この小屋のドア……開けちゃう? それで、みんなに……見て貰う?」男が耳元でまた囁く「……そのほうが、亢奮するでしょ、……伊佐美ちゃん」

「バカっ……だめっ!……そんなの……あ、あっ、あっ……あっ、あ、あ、あ、あ、あ……」

 わたしがさらに締めはじめたので、男は終わりが近いことを悟ったのだろう。
 めちゃくちゃに激しく、速く腰を叩きつけてくる。

 わたしは何も見えなくなって、男の首にしがみついていた。

「……あ、あ、あ、……………………あっ……!」

 背骨が折れそうなくらい引きつりながら、わたしはイった。

 男は慌てて引き抜くと、わたしの内ももに、焼けそうに熱いのをかけた。

忘れないでね…………」

 ぜいぜい言いながら、男が呟いた。
 わたしは壁にぐったりともたれたまま、声も出せず、頷いた。
 

 さて、どうすればこの男のことを忘れないようにできるだろうか。
 

 多分、酔いが醒めたら、このことをわたしはすっかり忘れてしまうだろう。
 でも、ものすごく良かったので……わたしとしても忘れたくなかった。

 何かを関連づけて、頭の中に入れなくては。
 

 シラハマシマハラ。
 

 そう声に出した自分の声で、わたしは目を覚ました。

 もうすっかり夜も更けている。
 後で気がついたのだが、かなり濡れていた。
 
 結局公一はその晩、帰ってこなかった。


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