「パーソンセンタードデザイン」に関する諸研究の紹介

こんにちは、MIMIGURIの研究開発職の西村です。新卒でMIMIGURIに入社したのが1年前。当時は研究開発部門は存在せず、遊軍的な働きでしたが、昨年9月から本格的に研究開発部門が立ち上がり、最近は、チームでナレッジマネジメントや新規事業、多角化経営論の研究活動に本腰を入れて取り組んでいます。今後ともよろしくお願いいたします。

MIMIGURIの研究開発に関心のある方は以下の記事をご覧ください。

はじめに

国内のデザイン研究で、最近は「パーソンセンタードデザイン」というキーワードの研究が見られるようになりました。ただ研究として新しく出てきたばかりであり、学会における議論をキャッチアップできている方は多くないのではないかと思います。

一般的にですが、ある研究が学会で論文となり、著書などで注目されて実務波及するまでに、約五~十年かかるともいわれることがあります。しかし最新の議論は実務的に示唆深いものが多く、実務と研究を架橋している立場として、このトピックを迅速に紹介していきたいと思うに至りました。

そこで今回の記事では、日本国内における「パーソンセンタードデザイン」の研究の展開を紹介し、また当該領域にかかわる研究するグループの紹介もします。今回の記事を受けてもしご要望がありましたら、最新のデザイン研究の議論を紹介する記事を連載的に書いてみたいと思います。

人間中心設計について

「~センタードデザイン」という言葉に聞き覚えのある方はいらっしゃると思いますが、最も著名なのは人間中心設計(HCD:Human Centered Design)ではないでしょうか。まずはこの人間中心設計の概念の簡単なおさらいです。

1960年代より高度経済成長に伴う生産の合理化に伴って、システマチックで合理的なデザイン方法論が次々と提唱されたことに対するアンチテーゼとして、70年代には社会(あるいは使用者)目線に立った、本当に必要とされる製品をつくりだすことの重要性が指摘されるようになりました。

80年代にはパーソナルコンピュータが一般に普及する中で、人間工学や認知工学の観点から利用者目線に立ったものづくりの考え方がNormanやSchackelらの手によって体系化が進んだことで「人間中心設計」の学術的体系化が進みました。この歴史の流れを詳しく知りたい方は、私の論文にはなりますが西村・新井田(2020)をぜひともご覧ください。

西村歩,新井田統(2020)人間中心設計を“取り入れている”の解釈に関する考察-系統的レビューの確立に向けて―,人間中心設計,17巻1号,p. 30-35
https://www.jstage.jst.go.jp/article/hcd/17/1/17_30/_article/-char/ja

さらに1990年代以降になると、人間中心設計の考え方が産学に普及するようになった上に、また国際規格化が行われるようになりました。この国際規格は1999年、2010年、2019年と改定が繰り返されています。

これらの中で、概ね共通している方法論としては、(1)人間中心設計の必要性の特定(2)利用状況の把握と明示、(3)ユーザーと組織の要求(4)設計による解決策の作成(5)要求事項に対する設計の評価という、5つのサイクルを繰り返していくことが、ユーザビリティやユーザーエクスペリエンスの向上に繋がると考えられてきました。

このHCDの方法論は、今でいうUI・UXデザインやサービスデザインの基礎論としても位置付けられることが多く、またHCDを学習するための教材やツールは世に溢れています。最近は大学でこの内容について学習することは多く、工学系であれば設計工学・人間工学などの専攻で、また芸術系であればプロダクトデザインやサービスデザインに関わる専攻でカリキュラムに内包されていたりもします。

かという自分は、黒須正明先生や山崎正彦先生らの教科書で学習し、同領域の研究活動を開始しました。なので以下は自分をデザイン領域の研究活動に引き込み、現在のキャリアを形成するきっかけとなった教科書として、とても思い出深いものになっています。

パーソンセンタードデザインについて

ここまでが人間中心設計の簡単なおさらいでした。今回の本題であるパーソンセンタードデザインに移っていきます。まず経緯から。パーソンセンタードデザインは、主に2020年頃からNTTサービスエボリューション研究所に当時所属されていたデザイン研究者を中心に探索されてきた領域です。

同研究所では、専門的なデザイン研究チームを持ち、UIデザイン、UXデザイン、サービスデザイン、リビングラボなどの先端的なデザイン方法論の研究が盛んに行われてきました。現在においてデザインの実務や研究に大きな影響を生み出した方々が所属されており、個人的にこの研究チームに対してとてつもない憧れを持ってましたが、同組織に所属されていた研究者は、今は大学や異なる研究所に移籍されている場合もみられています。

そして最近のパーソンセンタードデザイン研究は、NTT西日本の地域創生Coデザイン研究所(キー研究者:木村篤信さん)や、理化学研究所の情報統合本部データサイエンスデザインチーム(キー研究者:井原雅行さん)などが取り組まれています。今回のレビューについても、数ある論文をすべて紹介したいところですが、木村さんと井原さんの論文を中心に扱います。

概念研究

パーソンセンタードデザインとは何でしょうか。まずはその概念について論じられた研究を見ていきます。日本デザイン学会での木村ら(2019)の発表や、情報処理学会での林ら(2018)による発表では、次のような定義がされています。

「パーソンセンタードな人間観に基づき、近代社会の合理主義を相対化しながら、Well-Beingな暮らしに向けて価値創出を行う方法論」

木村篤信、林瑞恵、赤坂文弥、渡辺浩志、井原雅行(2019),パーソンセンタードデザイン:その人らしい暮らしを目指す人間観に基づくデザイン方法論, 日本デザイン学会第66回春季研究発表大会

「生活者の統合的な暮らしが、周りの家族や地域の人との繋がりと、その繋がりの中で捉え直されているケイパビリティに基づく、豊かで継続性を持ったナラティブによって成立すると捉える設計方法論」

林瑞恵,草野孔希,渡辺浩志,木村篤信,井原雅行: 地域密着型リビングラボ実現に向けたパーソンセンタードケア視点の体系的分析; 情報処理学会研究報告,2018-HCI 179,Vol. 6, pp.1-7(2018)

定義だけでは掴みどころがない感じがしますが、この発表論文は「パーソンセンタードデザイン」という概念が、どのように人間中心設計と異なるか、またどのような特徴的なプロセスを取るのかについて紹介しています。

まず「パーソンセンタード」という概念は、介護・福祉領域では使われてきた言葉です。古くは1980年代に臨床心理学者のトムキットウッドが提唱したとされる概念であり、福岡県大牟田市では2000年より、大牟田市介護サービス事業者協議会を中心に「人を深く理解する専門家」の育成を進め、それらの実践で「パーソンセンタードな人間観」、すなわち「人間の豊かさに価値を置き、誰もが持つ潜在能力の発揮にはナラティブやつながりが欠かせない」と考える人間観が蓄積されてきたといいます(大牟田未来共創センター 2019)。

パーソンセンタードな人間観に基づく介護実践活動の例として、大牟田市では、認知症患者の要求事項が確認できなくなった場合、本人の言葉に加えて、家族や近隣の人々の声を集めて、「その人らしい暮らし」を実現する取り組みが行われてきたといいます(木村ら 2019)。

上述のNTT研究所のチームが「パーソンセンタード」に注目した研究を開始したのは、私の知る限りでは2018年の情報処理学会HCI研究会での林ら(2018)でした。林らの研究では、介護・福祉におけるパーソンセンタードケアの哲学を、統合的な暮らしをよくするビジネス開発の方法論に利用できないかと、設計方法論である「パーソンセンタードデザイン」の概念が探究されています。

林瑞恵,草野孔希,渡辺浩志,木村篤信,井原雅行: 地域密着型リビングラボ実現に向けたパーソンセンタードケア視点の体系的分析; 情報処理学会研究報告,2018-HCI 179,Vol. 6, pp.1-7(2018)https://ipsj.ixsq.nii.ac.jp/ej/index.php?active_action=repository_view_main_item_detail&page_id=13&block_id=8&item_id=190841&item_no=1

その後には「その人らしさ」に向き合っていく、これまでの介護の実践をガイドとして、「その人らしい暮らし」のヒントを諸々の情報を集めて推論を進め、Well-Beingを目指すケアのアプローチとして「パーソンセンタードデザイン」の方法がより具体化・洗練されていくことになりました(木村ら 2019)。そして2019年8月には、NTT西日本や一般社団法人大牟田未来共創センター、大牟田市の官民連携で、パーソンセンタードリビングラボ という名称の実践も開始しています。

このパーソンセンタードデザインの最大の特徴は、人間中心設計では中々注視されてこなかった「その人らしさ」を追求している点にあります。そもそも人間中心設計は一定のペルソナを規定し、その上で最善化されたデザイン解をめざしている点においては、木村ら(2019)のいうところの「実証主義」的であり、本来あるがままの非合理的で分散的な人間の「らしさ」がデザインに反映されないという課題があったと考えられました。

しかしパーソンセンタードデザインにおいて注視されるのはあくまで人間を「非合理的で分散的」とした上で、そのありのままを「暮らしのビジョン」として描きだすことにあります。この点、人間の非一貫性や非合理性の部分まで丸ごと共感しようとする価値観は、人間中心設計では論じられてこなかったポイントといえます。

具体的にパーソンセンタードデザインはどのようなデザインモデルなのでしょうか。木村ら(2019)の論文時点では、一定程度の汎化されたデザインモデルは示されていたものの、まだまだ方法論としては精緻化が求められているような状態でした。

木村、林、赤坂、渡辺、井原(2019),パーソンセンタードデザイン:その人らしい暮らしを目指す人間観に基づくデザイン方法論, 日本デザイン学会 第66回春季研究発表大会を参照に筆者作成

実践研究

木村(2019)以降、パーソンセンタードデザインに関する実践的な研究例は増えていくことになります。その中でも研究で焦点となっていたのは、「パーソンセンタードな理念に基づく実践はどのように現場で可能になっていくのか」という問いが探究されていました。

例えばNTTサービスエボリューション研究所から理化学研究所に移籍した井原雅行らは、2023年に人間中心設計誌に『個を大切にするパーソンセンタードデザイン〜デザイン実践にもとづく介護現場職員の共感分析〜』の論文を掲載しました。数ある研究例として本稿ではこの井原ら(2023)の論文をレビューしてみます。

井原雅行, 徳永弘子, 中島知巳, 猿渡進平, 後藤裕基, 梅﨑優貴(2023)個を大切にするパーソンセンタードデザイン 〜デザイン実践にもとづく介護現場職員の共感分析〜,人間中心設計,19巻1号
https://www.jstage.jst.go.jp/article/hcd/19/1/19_28/_article/-char/ja

この論文では、ある介護施設を題材に、パーソンセンタードなケアを実現するための施策を、研究者×所員の共創によって導入を目指すプロジェクトがケースとなっています。初期段階では介護施設の中間管理職5名による4回に分けたワークショップが行われていました井原ら(2023)。

1回目ー共感ワークショップ

  • 過去の介護業務で、自分が想定していたものと当事者の行動や発言が違っていた経験を思い出し、それを紙の付箋紙に書き出してもらう。その後共感できる内容の付箋紙について、星マークをつけてもらう。

  • 次に、書き出された当事者の各種行動に対し、その裏にある背景情報を書き出してもらい、これも共感できる内容の付箋紙に、星マークをつけてもらう

  • その結果、多くの共感が集まったのは「当事者の孤独」に関するものが多かった。

2回目ー共感の議論

  • 1回目の共感ワークショップで集まった「当事者の孤独」についてのフリーディスカッション

  • 1回目の共感ワークショップでは外在化されなかった、参加者の声を表出化することをめざした。

3回目ー「パーソンセンタード」という理念に関する講義

  • パーソンセンタードの理念を示すことで、日々の業務の中でつい忘れがちになってしまうことを再確認

  • そして普段のケア業務を語ってもらうことで、パーソンセンタードケアの重要性を意識してもらうことをめざした

4回目ー課題定義ワークショップ

  • デザイン思考のプロセスの説明の後、孤独が原因と思われる当事者の行動と、その行動がもたらす影響を付箋紙に書き出してもらう

  • ホワイトボードに記載された付箋紙の中で、特に重要だと思うものについて投票してもらう

  • 投票結果をもとに、重要だと考えられる当事者の行動を4つ抽出し、行動の原因と思われるもにについて付箋紙に書き出す

  • ターゲットした 4 個の当事者行動の内容、原因、影響を以下のように整理した。

井原雅行, 徳永弘子, 中島知巳, 猿渡進平, 後藤裕基, 梅﨑優貴(2023)個を大切にするパーソンセンタードデザイン 〜デザイン実践にもとづく介護現場職員の共感分析〜,人間中心設計,19巻1号を参照し、筆者作成

このワークショップでは、結果的に四点の当事者行動の影響、原因が整理されましたが、この四点をさらに掘り下げると、「快適な場所と人との繋がりが欲しい」ということが共通しているのではないかという示唆が得られていました。本論文で井原ら(2023)は、具体的な施策アイデアを考える上では、こうした背後文脈を参考情報として活用できるのではないかと分析しています。

実際この論文の内容は、特にサービスやプロダクトの要件定義場面において有用な知見であるように感じました。

加えて参加者5人に対して、ワークショップ終了後に自由記述式のアンケートを求め、その評価内容の質的分析(グラウンデッドセオリーアプローチ)を行っており、以下の示唆が得られたと報告していました。

「当事者行動には理由となる背景があり、その理解は簡単ではない。従って、現場職員に参加してもらう WSにおいても、参加者は判断や作業において難しさを感じることがあるが、WS の設計次第では、考えていることの言語化による客観視の効果や、他の参加者との視点共有による柔軟な理解の効果が期待できる。これらの効果は当事者を理解し、共感することにつながる。また、参加者の各種視点の共有は現場のケアの実態を把握することにもつながる。」

井原雅行, 徳永弘子, 中島知巳, 猿渡進平, 後藤裕基, 梅﨑優貴(2023)個を大切にするパーソンセンタードデザイン 〜デザイン実践にもとづく介護現場職員の共感分析〜,人間中心設計,19巻1号より。なお実際の分析結果(データ・プロパティ・ディメンジョン・ラベル・カテゴリ・ならびにカテゴリ関連図)につきましては、原典の論文をご確認ください。

実践と研究の架橋にむけて

本稿で紹介したように、昨今の国内のデザイン研究では「パーソンセンタードデザイン」について注目が集まっています。このパーソンセンタードデザインの特徴は、とにかくデザイン対象となる当事者の「らしさ」の本質を深く共感し、理解することを極めて要求している点にあります。

井原さんの所属している理化学研究所では、パーソンセンタードデザインの理念や概念を一つの動画にまとめてyoutubeに掲載しています。

パーソンセンタードデザインの研究は、現時点では始まったばかりであり、現時点では介護や福祉の現場をケースとした研究が多くみられます。しかし「らしさ」に気を配ってデザインすることが要請される場面はビジネス上でも考えられ、理論としての適用範囲の拡大も想定されます。

例えば自社やチームの理念を開発することは「らしさ」の探究であり、また新規事業のデザインにおいても自社の「らしさ」が模倣不可能な優位性となる可能性もあります。とりわけtoB向けコンサルティングで「パーソンセンタードデザイン」の方法論を応用するなどの可能性も考えられそうだと可能性を感じています。このようにビジネスなど実務的場面にどのように応用されうるデザイン理論となりうるかは非常に楽しみな研究となっています。

また人間中心設計からの理論の深化、発展は興味深く感じています。木村ら(2019)では「パーソンセンタードデザイン」とベルガンティの「デザインドリブンイノベーション」や「スペキュラティブデザイン」との関連についての言及もありましたが、こうしたデザインの理論的蓄積にも寄与しうる研究になりそうだと期待しています。ぜひとも同領域に関心のある方は、デザイン系の学会に参加してみると関連した研究に出会えるかもしれません。




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