いつか

叶えられなかった夢を思い出して泣く時がある。


研究者になりたかった。
たくさんのものを読んで書いて、世界中でまだわたししか知らない、新しいことを見つけることを生業にしたかった。

心と体、ついでにお金の限界という、まことにどうしようもない理由でその道を断念して、わたしはいま会社員をしている。

夢を追いかけていた頃を想って泣く時にいつも思い出すのは、大学の図書館や、前に住んでいた家のベッドから見える天井だ。
まだまだ何年も眺め続けていくのだろうと思っていたのにあてが外れて、全然覚悟が決まらないままにお別れしてしまった、数々の景色。


会社員になってからもう1年以上が経った。
優しい上司や先輩やクライアントに恵まれて、メンタルよわよわのわたしでも毎日なんとかやれている。
しんどい時もあるけれど、誰かのために一生懸命なにかをして、感謝されたり、ほめられたり、もらったお金で好きなことをしたりするのは、悪くない、と思う。

だけど。
だけどわたしは、ある種のうしろめたさから逃れることができない。

「大切な仲間だと思っているよ」という意味のことを言われた時、「そんな風に思ってもらう価値なんてわたしにはない」と思う。
普段の自分について聞かれた時、それが毒にも薬にもならないような小さなことだとしても、屈託なく答えられたことがない。
楽しく雑談をしている時、「わたしはあなたたちとは違うから」と口をつぐんでしまう。

見えない国境のように「わたし」と「あの人たち」の間に線を引いてしまうのは、本当は「大学に戻りたい」と思っているから。
いちばん根っこの深いところで、みんなを裏切り続けているから。

誰しもが100%の自分を会社でさらけ出しているわけじゃないなんてこと、わかっている。
なんていうかもう、それ以前の問題だ。
わたしはそもそも、「わたし」が「会社」の一員であることを、まだ心のどこかで信じられていないのだ。

大学院に入ってから今日までの日々を何度思い返しても、"if"は無かったように思えるのに。
これ以外の人生はわたしにはなかったと、心底そう思っているのに。
今だって毎日それなりに楽しいのに。
なのにやっぱり、「研究者になりたかった」って思って、泣く夜がある。

そうやって泣くことくらい、自分に許してやりたい、と思う。


そうこうしている内に、朝が来る。
いつもと同じ時間に起きて着替え、ひとりPCに向かう。

昨日の夜は叶えられなかった夢を想って泣いた。
それはそれとして、今日もわたしは自分の仕事をする。
それをやることで日々を暮らしていくためのお金を得ている。
他の人から認めてもらえてもいる。
この現実を見てみないふりするのも、なんか違う、と思う。

きっとまだ、わたしの中でこの話は終わっていない。
これから先何年も、昨日みたいな夜と付き合っていかねばならないのだろう。

いつか、全部が片付いて、笑える日が来るのだろうか。
いつになるんだろう。
その時まで、どうか健やかに、生きていられますように。

最後までお読みいただきありがとうございます。 これからもたくさん書いていきますので、また会えますように。