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落選作を埋葬しています。

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最近の記事

与えられた男 その7

 ゴミはあらかた片付けた。風呂釜は思い切って新しくし、二四時間風呂にした。一人ならシャワーだけで十分だが、家族ができるなら、風呂は必須だ。トイレも専門家に掃除してもらった。台所まで直す資金がなかったので、当面は物置だ。自分の食事だけなら、冷蔵庫と電子レンジと、湯沸かしポットがあれば十分だった。  梶原が、ふらりと訪ねてきた。 「見違えるようだな」と彼は、目も口も大きく開いて中を見回した。「これなら、来客があっても大丈夫だ。まあ、人が住んでいるにしては、物が少な過ぎるけど」 実

    • 与えられた男 その6

      「なんだよ、これ」 小早川は三浦に電話した。 『読んだ通りだよ』 彼は、インスタントラーメンを食べている最中に電話を取ったらしく、すすり上げる音を立てながら話した。  国民が、志士となって国難のために戦う。理屈は正しい。少子高齢化が国難であることも、認識としては間違っていない。小早川は困惑した。問題はなぜ、自分のところにこんな勧誘が来たのか、ということだ。 『国はもう、万策尽きて、国民の有志に頼るしかないところまで来ているんだよ』  児童、生徒への補助金を増やす。ひとり親世帯

      • 与えられた男 その5

         わが国は、アナタの志を求めています!  わが国は現在、未曽有の国難に直面しています。出生率の低下の恒常化による若年人口の減少により、労働力不足が深刻な状況です。その上、平均寿命の長期化により、高齢人口の増加に歯止めがかかりません。加えて、円安の慢性化が、働き手となる外国人の来日を妨げています。  有志よ、来たれ!  この国は、かつて何度も国難に晒されてきました。古くは、大化の改新後における唐、新羅連合軍による侵攻。また、平安期における刀伊の襲撃。鎌倉時代の元寇。近くは、幕末

        • 与えられた男 その4

          『本年四月一日より、小早川テツヤ様に、志民権が付与されました。権利行使を希望される場合は、市役所戸籍課までご連絡願います』  志民権?   小早川は、聞き慣れない言葉に不審を覚えた。付与ということは、与えられたということだ。特典か何かだろうか。例えば、コンビニチェーンのスマートフォンのアプリで、コーヒー無料のクーポンが配布されることがある。そのような小さなお得が、この、数か月前から放置していたメッセージに、付与されているということだろうか。  しかし、メッセージの文面には、『

        与えられた男 その7

          与えられた男 その3

           小早川は、実家を相続したわけではなかった。土地家屋の名義は、施設に入所している母親のもので、実質的には、先年物故した父親の借金を清算した兄の所有だ。彼は兄の要請で、屋敷の管理を任されているのだった。 「待て。そこは、玄関じゃないぞ」 土足のまま屋内に入ろうとした梶原の腕を引いて小早川は言った。 「これは、業者が必要だな。何で収集日に出さないんだよ」 「まあ、いろいろあってね」  小早川の家は、ゴミ屋敷だった。彼一人のためにこうなったわけではなかった。彼ら兄弟が家を出た後、両

          与えられた男 その3

          与えられた男 その2

          『焼き鳥のイデア』論を聞かされた数日後、梶原が小早川の家を訪れ、三浦が離婚したことを知らせた。 「ある意味、サバイバルだな」 梶原は、小早川の家の惨状を眺めて慨嘆した。  かつての新興住宅街、周囲の山地を切り開いて造成された団地にある小早川の家は、トタン屋根のペンキははがれ、壁には砂埃がたまり、庭木は枯れ、雑草が生え放題で、つまり、年数相応に古びていた。しかし梶原は、そんな屋敷の外観を慨嘆したのではなかった。  玄関に積まれた、可燃、不燃のゴミ袋。束ねた雑誌や書籍。粗大ゴミ。

          与えられた男 その2

          与えられた男 その1

          「鳥肉を焼くのは簡単だ」 三浦は、奥歯で砂肝を噛みながら言った。 「でも、焼き鳥は難しい。スーパーで安売りしているモモ肉か何かを買ってきてだな、自分の家のキッチンで、フライパンで焼いて、これくらいの味が出せるなら、外で食べる必要ないな、なんて言っているようじゃ、ダメなんだよ。本物の味を求めないと」 「本物の味?」 口の中のものを飲み下す三浦の伸びた顎ひげに、白いものが光っているのを、小早川は見逃さなかった。 「外で食べたものを家で食べたくなって、似たようなものを作る。見た目も

          与えられた男 その1

          隠れ家

           テツヤがそこを見つけたのは、まったくの偶然だった。担任のさやか先生が、予告もなく休んだ日の自習時間。騒がしい教室に居づらくなって、廊下に出た。他のクラスは授業中だ。足音を立てないように廊下を進み、図書室へ。入り口からそっと覗き、腕組みした司書の先生が、椅子の背もたれに寄り掛かり、居眠りしているのを確認してから、ネズミみたいに体をかがめて潜り込んだ。テツヤは図書室が好きだった。本が好きなわけじゃない。書棚の、塗料とカビの混じった匂いに包まれていると、妙に落ち着くのだった。授業

          売られたヤクザ その35

           元日。  牛王町は晴天だ。  牛王神社の参道に、参拝客が連なっていた。四列になって順番を待つ。賽銭箱の前に、鈴のついた紅白の縄が四本下がり、同時に四人が拝礼できるようになっていた。晴れ着姿の若い女性や、紋付を着た男性の姿もあった。狩衣を着け、烏帽子を被った宮司が、拝殿の縁側に立ち、大幣を振って参拝客を祓っていた。  祈祷を終え、拝殿から出て来た禰宜の伊東は、参拝客の中に、彼女を見上げて白い歯を輝かせている男を見つけた。 「ヨシヤ君」 彼は黒髪を後ろに撫で付け、厚手のハーフコ

          売られたヤクザ その35

          売られたヤクザ その34

           ヨシヤは立ち止まった。相変わらず、狙撃銃が彼を狙っていた。 「おい、キミ。こっちまで来い」 和田が声を掛けたが、彼は、耳の高さまで両手を上げたまま、ぼんやりと横を向いていた。 「どうした? こっちへ来れば安全だ。来なさい」 ヨシヤは和田の方へ向き直り、チラッと白い歯を見せた。それからまた横を向き、何やら独り言を呟いた。  和田も佐原も焦れた。  警官は、横付けにしたパトカーを盾に銃を構えていた。狙撃隊は、向かいの三軒の二階家の屋根に上がり、腹這いになってスコープを眺めていた

          売られたヤクザ その34

          売られたヤクザ その33

           包囲陣は一段下がっていた。先刻の、マンションからの銃撃に驚いたのだ。山口に銃があることは想定外だった。防弾チョッキは総員着用しているものの、ヘルメットがない。銃撃戦になれば、犠牲者を出しかねない。 「武装してますよ!」 和田の肩を掴んで佐原が言った。 「南条を殺した銃だ。宇佐美も、奴が追い詰めたんだ」 「南条殺害犯は確保してますよ」 「奴が主犯だ。それでいいんだ!」 和田は激しく息を吐いた。窃盗犯一匹。これほどの大動員をして、空き巣一人が獲物では見合わない。銃声はむしろ好都

          売られたヤクザ その33

          売られたヤクザ その32

           包囲網は一段下がっていた。先刻の、マンションからの銃撃に驚いたのだ。山口に銃があることは想定外だった。防弾チョッキは総員着用しているものの、ヘルメットがない。銃撃戦になれば、犠牲者を出しかねない。 「武装してますよ!」 和田の肩を掴んで佐原が言った。 「南条を殺した銃だ。宇佐美も、奴が追い詰めたんだ」 「南条殺害犯は確保してますよ」 「奴が主犯だ。それでいいんだ!」 和田は激しく息を吐いた。窃盗犯一匹。これほどの大動員をして、空き巣一人が獲物では見合わない。銃声はむしろ好都

          売られたヤクザ その32

          売られたヤクザ その31

           星が降りそうだ。  月にも手が届きそうな夜だった。山口明夫は、横浜軽井沢の丘の、切り立った崖に張り付くように建てられた古マンションのエントランスで、ハンカチを鼻に当てて鼻汁を拭いた。すでに廃屋で、最上階の北側の、表通りに面した入り口が、金網のフェンスで囲まれていた。かつて、ここのオーナーも彼の顧客だった。  闇を裂いて、赤灯が明滅していた。住宅街の二車線道路に横付けされた神奈川県警のパトカーが、五台、十台。いや、もっとだ。警官の群れ。和田、佐原、津久井らが手配した、県警の精

          売られたヤクザ その31

          売られたヤクザ その30

           佐原は楠美龍太の来歴を調べていた。ここで逮捕はできずとも、何とか容疑を固めて捕らえたかった。しかし、若い頃に傷害で捕まった記録はあるが、その後は全く表に出ておらず、しかも渡航歴が長くて県警に記録が残っていなかった。彼が詐欺組織の主犯格と目されて久しいのだが、如何せん直近の動向が分からない。参集殿の座敷の隅でパソコンを睨み、佐原は大息を吐いていた。  そこへ、津久井が駆け込んできた。 「おい、シャムショって、なんだ?」 「シャムショ? シャムショは、社務所だよ」 「だから、そ

          売られたヤクザ その30

          売られたヤクザ その29

           一〇人前の寿司桶が空だった。中華と天ぷらを盛り合わせたオードブルも、たいてい食べ尽くされていた。  二階堂道代は、ビールを片手に大トロを五つも平らげ、自分の夫を置き去りにして、ほろ酔い加減で帰った。ここから先はカネの話と見抜いて、逃げの一手を決め込んだ。  刑事二人は手持ち無沙汰。和田がいなくなって何となく気詰まりになり、話題もなく、手と口の動くままに寿司をつまみ、茶を飲んだ。  楠美は、食事の後、大見と河津を引き連れて境内へ出、手水舎脇の灰皿で葉巻を吹かした。 「健三郎」

          売られたヤクザ その29

          売られたヤクザ その28

           老人たちの昼食と昼寝の世話で伊東たちが奥に下がり、休憩は長引いた。津久井は一人境内に出、流造の社を眺めていた。銅葺きの屋根に日光が照り付けていた。拝殿の庇の下で、ジーンズ姿の男女が、尻を突き出して拝礼していた。女の子は肌の浅黒い、彫りの深い顔立ちで、男の方も、丸坊主でサングラスをかけていたが、顎の張り具合がどこか日本人離れしていた。  津久井は神社に疎かった。両親がクリスチャンで、当人も洗礼を受けていたので、これまで神社と縁がなかった。拝殿から降りて来た若者に、「あの、シャ

          売られたヤクザ その28