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Kae Tempestの詩とスポークンワードの今日性

「Kae Tempestは16歳で活動を開始し、夜間バスで見知らぬ乗客達に向かいラップをしたり、レイヴのMCにマイクを貸してくれとせがんでは苛立たせていた。10年の時を経て、Tempestは脚本家、小説家、詩人として作品を出版・発表。レコーディング・アーティストとしても評価されるようになった。」

 以上はKae Tempestの公式Bandcampページの紹介文である。Tempestは2022年、性自認が男女または他のいずれにも当てはまらない「ノンバイナリー」であることを公言し以後代名詞は "she/her" ではなく "they/them" と表記するようになった(注1)。Kaeというファーストネームも以前はKate(ケイト)という女性名だったが、性を固定しないKae(ケイ)に変更し、長い髪もばっさり切った。
 代名詞についてはどう日本語に反映するべきか、すでに決まった表記があるのかなど、私はまだ不勉強で適当な資料を見つけられていないのだが、本ページにおけるTempestの代名詞は「彼/女」と表記させていただく。


Kae Tempestの来歴

 1985年ロンドン南西部生まれの彼/女は自身の出身地を次のように語る。

「地元には愛着があります。多くの人にとってキツい地域だけど、私はとても良い、温かい家庭で育ちました。でも近しい友人達はかなり大変な目に遭ってきた。私の出身地ルイシャムは10代の妊娠率と10代の殺人事件数がイギリスで最も高い地域で、ヨーロッパ最大の警察署もあります。〔…〕多様な民族が混在しているのはこの地域の大好きなところ。たくさんの異なる言語に触れながらストリートで育った私は、とても恵まれていると思います。」(2013年5月24日更新)

治安の悪さに言及しつつ、近親者に恵まれてきたことはこのインタビュー以外でも方々で語っている。家庭環境としては教師の母と、土建労働者から法律家に転身した異色のキャリアを持つ父のもと、5人兄弟の1人として生まれた。父は詩や戯曲、絵画など様々な創作を日常的に実践する人でもあったという(注2ほか)。
 Tempestは中等教育中の13歳か14歳ごろからほぼ不登校になったが、16歳のときThe BRIT School of Performing Arts and Technology(ロンドン南部クロイドンにある学校。ちなみにこの地域も治安は悪い)の難関なオーディションにギター実演で合格し、入学した。その名のとおりパフォーミングアーツに特化した専門学校で、そのような教育環境に身を置くのが初めてだったTempestはカルチャーショックを受けたという(注2)。卒業後はロンドン大学のGoldsmiths校で英文学を学んだ。彼/女のステージネームのTempestは「嵐」に情熱を感じるからという理由で作品は未読のままシェイクスピアの同名戯曲から流用したそうだ。上記インタビューによると彼/女は古典作品も特別視せず、ただ気になるものを齧っていく中にシェイクスピアやウィリアム・ブレイクなどの作品もあったらしい。ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーから作品制作を依頼されたこともあり、上記ビデオでは成果物の詩を披露している。そこにはKae Tempestによる柔軟なシェイクスピアの解釈が瑞々しい感性で反映されているようだ。
 このように学歴や経歴を並べると華々しいが、インタビューを受ける彼/女の様子は実直で奢りがない。対談相手が記者やメディア司会者のときはやや慎重な姿勢を見せることもあるが、ミュージシャンや作家の場合はむしろ情熱的に語りかけている。さらに特筆すべき点は、パフォーマンス中でも普段の対話でも彼/女の英語の発音はロンドンの下町訛りでカジュアルに聞こえるが、作品の語り口や語彙は往々にインテリ感を帯びる。その音感は親しみやすさと若干の取っ付きにくさが共存する独特の印象を孕むが、それはTempestの出自と受けてきた教育に由来するのだろう。階級文化が色濃く表れるのがイギリス音楽の特徴のひとつだが、おそらく労働者階級の視点も中産階級の視点も両方持ち合わせていることがKae Tempestの表現者としての個性を際立たせているのかもしれない。これらを踏まえ彼/女の作品を追いたい。

UK音楽界におけるKae Tempest

 複数の領域を横断して活動するKae Tempestだがレコーディング・アーティストとしての彼/女は、後述する作品を含めすでに2枚のアルバムがMercury PrizeにノミネートされBrit Awardも個人でノミネートされるなど高い評価を得ている(これらは英二大音楽賞に相当)。昨年はBBCで『Kae Tempestであること』というドキュメンタリー番組も放送された。

 Tempestの作品はイギリス国内外の社会・政治情勢を批判するものが多々ある。イギリスでここ数年そういった作風のスポークンワード・アーティストやバンドが注目を得るようになったのは、EU離脱(以下ブレグジット)やコロナ禍の過酷なロックダウン、それに伴う政治スキャンダル、経済破綻など、実際にイギリスが国家的危機を経験したことが背景にあるのだと思う。
 特にブレグジットを象徴するような作品が散見されるが(注3)、中でも2015年にリリースされたKae Tempestのシングル《Europe Is Lost》はタイトルこそ「ヨーロッパ」に言及しているものの、イギリス、ヨーロッパ(そしてアメリカ)に留まらずその影響を受ける世界の様相を嘆き、スケール感では他のアーティストの作品と比べて抜きん出ている。

『Let Them Eat Chaos』

 《Europe Is Lost》は2016年のアルバム『Let Them Eat Chaos』(奴らにカオスを喰わせろ/同名の詩集も出版)に収録されている。アルバムの物語の舞台はロンドン、7人の人物が登場する。ドラッグ漬けで荒んだ生活を送ってきたGemma (she/her)、過去の悪夢から目覚めなんとか今を生きようとするAlisha (she/her)、金欠過ぎて実家に戻ってきたものの生活は変わらないPete (he/him)、それなりに良い仕事に就き満たされた暮らしをしているのになぜか現実感のないBradley (he/him)、引っ越し準備中思い出の品に気を取られなかなか荷造りが進まないZoe (she/her)、特異な傷心が尾を引き女の子と上手く恋愛が出来ずに苦しむPious (she/her)。彼らは皆、赤の他人同士だが同じ通りに住んでおり、午前4時18分に眠れずにいる。それは何かが起こり彼らを引き合わせる時刻だった。
 当作品はシングル曲以外は無料配信されていないが一部こちらで試聴できる。シングルやプレビューを聞くだけでもライヴ演奏とのアレンジの違いが分かるが、個人的には2017年ドイツのフェスティバルでアルバムを曲順通り全て演奏した際の映像に圧倒された。同年グラストンベリーではオーディエンスが涙する様子も報じられた(注4)。平均的イギリス国民にとってお隣さんになり得るような登場人物の葛藤を語るTempestの姿は、特に国内の観客の共感を誘うだろう。一方でアルバム1曲目、物語の序章となる《Picture a Vacuum》は地上を俯瞰する神のような存在の視点で語られる。

真空を、想像せよ
終わりのない、動かぬ漆黒
平和、あるいは、少なくとも
恐怖の、不在

〔…〕

ここに、我々の太陽がある

〔…〕

そこに、我々の地球がある
我々の地球が

〔…〕

これは、都市
彼女を*、ロンドンと呼ぼう

拙訳. 原語参考: Genius
*なぜロンドンが女性名詞なのかは不明.
しかし都市の擬人化の効果は確認できる.

その後も同様の形而上学的な表現がアルバムの転機となる楽曲に挿入されている。当作品にはSF映画のような壮大な世界観があり、Kae Tempestの脚本家、小説家としての側面も垣間見られる。
 もちろんTempestの詩・物語の世界はその音楽にも支えられている(注5)。アルバム全体を通して不穏な雰囲気を醸し出す音作りが為されているが、その間に詩の内容とは相反するような《Ketamine for Breakfast》や《Whoops》といった比較的軽快な楽曲も含まれていて緊張と緩和を味わえる。いずれも踊りたくなるようなキャッチーな曲調だが後者に至っては各地ライヴの最中でTempest自身が楽しげに笑っている。以下その様子が窺える箇所を一部挙げたい。

楽しい場所にしては時間が悪かった、そんな感じ?
信じて、俺は誰にも見つからないから
楽しい時間にしては場所が悪かった、そんな感じ?
君みたいな人には出会ったことがないよ
夢みたい

おっと! またここ、逆戻り
何回これが最後だって誓った?
おっと! 知ってる、この感じ
ショベルでゴミ除け、天井見つめて
おっと! ダサい曲で踊ってる
宙に手挙げて、ぐっと来ちゃって
おっと! 実家のベッドで寝転んでる
この脳みそが、俺の頭をイラつかせるんだ

俺の中に、振り落とせない悪魔がいる
俺の過去はでかい地帯、逃げられない
あのころ人生は酷だった、よくある話
どんな感じか分かる? 愛する人達を失うって
君とこうして話せて楽しいな、ウチ来る?
〔…〕
この感じ、君と友達になれそう
歌がある、君に聞かせたい
夢がある、実現させてみせる
君に言いたいことがある
実は俺、詩を書いてるんだ、そういう活動をしてる
君にもひとつ、共有しても構わない?
あ、だめ、そりゃそうだよね、うん、ごめん、こんな夜遅くにね

拙訳. 原語参考: Genius

Tempestの笑みが自然に漏れるものなのか、はたまた内容に添い、残念な夜遊びを繰り返す登場人物Peteに扮した演技なのかは読み取れず、彼/女のミステリアスさに惑わされる。 

 さて、ここで先述した《Europe Is Lost》を紹介したい。アルバム4曲目に当たるこの楽曲はEstherの物語だ。Estherという名はKae Tempestの本名のミドルネームでもあるので当アルバムで最も彼/女自身に近い存在なのかもしれない。MVデジタルシングルにはなぜか冒頭のEstherの人物紹介が含まれていないが、それを含む以下のライヴ映像ではアメリカのオーディエンスも彼女の「声」に共鳴している様子が窺える。
(*いずれもラジオ収録のため詩の中の放送禁止用語はオリジナルとは別の形で表現されていますが、それでも露骨な表現を含みます。)

(2016年12月31日更新)

(2017年04月24日更新)

《Europe Is Lost》

[Intro]
アパートの地下、車庫のそばの
みんながマットレスを捨てていく場所で
エスターはキッチンにいて、サンドイッチを作っている
目の前のブラインドはぐらぐら、歪んでいて
路上からも彼女の頭頂部が見える
やがてエスターは移動し歩行者の視界から外れ
疲れた足をブーツから蹴り出す
そして手首で額の汗を拭う
16時間のシフトを終えたばかりで
エスターは介護士、夜勤に就く
彼女の背後に見える
キッチンの壁には
白黒の、空飛ぶツバメ達の絵
エスターの目は痛み、筋肉痛もキツい
エスターはビールの缶を開け、ぐいっと口に流し込む
乾いた唇に缶を持ち上げ
最後まで飲み干す
時刻は午前4時18分、まただ
その日にこなしたあらゆる仕事のせいで頭はいっぱい
彼女には分かる
日が昇る前に一睡もできないと
今夜、エスターは世界のことが心配だ
彼女はずっと心配している
彼女には分からない
そんな気持ちを、どうやって伝えるべきか

[Verse 1]
ヨーロッパは迷走中、アメリカも迷走、ロンドンも迷走中
それでも私達は勝利を騒ぎ立てる
そのすべては意味のない統治
私達は歴史から何も学ばなかった
人々は寿命をまっとうする前に死を迎える
街頭の煌めきの下、ぼうっと息を引き取る
でも見て、それでも交通は動き続ける
システムは整いすぎて止まることを知らない
ビジネスは好調
パブでは毎晩バンドが演奏
クラブには1杯の値段で2杯飲めるドリンクがある
私達は十分にこすり落とした
仕事のあれこれやストレスを流し落とした
そして今ただ必要なのは過剰摂取
気分は良くなるけど
記憶に残したい特別な夜は、結局すぐに忘れられる

都市が成長するために流された全ての血
落ちて行った全てのからだ
土から引き抜かれた根元
奴らのゲームがプレイ出来るように
今夜、私には見える
この手についたシミの中に
ビル群は叫び声を上げている
でも私は助けを求めることが出来ない
誰も私のことなんて知らないから
敵意を露わに、心配で、寂しくて
私達は群れを成して暮らす
それは生まれながら与えられた権利
働いて、働いて、願わくはどんな自分にもなれるように
そして単純労働の退屈さを踊り散らす
なのに今やドラッグさえ退屈に
セックスはまだ良い、やれるときはね

[Chorus 1]
眠り、夢見、夢は手が届くところに
それぞれの夢に、泣かないで、叫ばないで
ただ我慢して、眠り続けて
どうやって目を覚ませばいい?

[Verse 2]
その代償が体を圧迫しているのが分かる
両手をポケットに押し込む感覚と似ている
そっと、歩き、見える
私達が手にする価値はこの程度
私達の過去の過ちが再浮上した
その痕跡を打ち隠すために下したどんな策もむなしく
私の唯一の言語は汚れてしまった
代わりに置き換えようと
私達が盗んだ全てのモノとともに
暴動の始まりを感じながら、私は平穏でいる
暴動はちっぽけだけど、体制は巨大
交通は動き続ける、その暴動は放置されると言わんばかりに

だってビッグ・ビジネスだよ、お嬢ちゃん
その笑顔にはぞっとする
トップダウンの暴力、構成された残忍さ
あなたのお子さん達は
医療のもと鎮静剤を投与されてフラフラ

でも心配しないで
心配すべきはテロリスト
海面は上昇中、海面は上昇中
動物達、ゾウ達、シロクマ達が死んでいく
泣くのはやめて、買い物を始めよう
でも石油の漏洩はどうする?
シーッ、誰も好まない
場をしらけさせるスポーツなんて
大量虐殺、大量虐殺、大量虐殺、新しい靴
ゲットーに住まわされた子ども達は真っ昼間に殺される
彼らを守るために雇われた者達の手によって
13歳未満の子ども達の部屋にはポルノの生配信が流れる
ガラスの天井*1、頭上のスペースは皆無
人口の半分が最低水準以下の暮らしを送る
ああ、でも大通りでは酒場が安くなるハッピーアワー
みんな、やっと金曜の夜だよ、私のおごり
全てが順調だった、ひとつ前のバーで
あの子がビール瓶で殴られるまでは
バーは騒然、皆の友達のルーに聞けばいいよ
狂気の沙汰、道路は真っ赤に、赤紫に

それから移民の奴らがどうだって?*2
我慢ならねえ
俺はたいてい他人のことは気にしないが
奴らは金持ちになるためだけにこっちに移り住むんだ
胸クソ悪い
イングランド! イングランド! 愛国主義!
そしてあなたは疑問に思う
なぜ子ども達が宗教のために死を志願するのか

そう、生涯わずかな給料のために働くんだ
いつかは店長になれるかも、賃上げを祈ろう
ビーチに美女が横たわるカレンダー、ベージュ色の日々にバツをつけていく
アナーキスト達は何かを破壊したくてたまらない
華やかな雑誌には
流行りのラッパー達のスキャンダル写真
誰と誰がデートしてるって?
封筒の中身は政治家のカネ*3
娼婦のニセ乳の上で〔コカインの〕線を吸っているときに見つかった
さあ、貴族院の議会に戻ればおいたに罰が課せられる
子どもを誘拐し、死んだ豚の頭とファックする奴ら
かたや彼、フードを被りちょっと葉っぱを吸う彼は?*4
そいつを牢屋に入れろ、彼こそが犯罪者だ
そいつを牢屋に、彼こそが犯罪者

全てに辟易している世代
製品の配置と改ざんが生んだ産物
撃ち放て、むごい、ケアの義務
ほら、新しい靴、綺麗な髪、でたらめ!
甘ったるいバラードと
自撮り、自撮り、自撮り
ほらこれ、私、宮殿の前にいる私!
自我と精神病の症状で構成される
そうしている間に
人々は群れに埋もれて死んでいた
そう、誰も気づかなかった
いや、何人かは気づいた
彼らが投稿した絵文字を見て察した

[Chorus 2]
手袋をした手で目を覆うようにして眠って
照明がすごく良い感じ、明るいから、夢を見よう
でも私達の中には身動きが取れない人間もいる
後流に巻き込まれた石のように
どうやって目を覚ます?

[Verse 3]
私達は迷子、迷子、みんな迷子
それでも何も止まらない、何も停止しない
私達には野望も友情も、離婚を考えるための婚前期だってある
全て飲んで忘れるための
カネのこと、カネのこと、石油のことを
地球は震えている、破壊されていく
いのちはおもちゃ
大地には衣類
苦役、苦役
終わりが見えない、全く
ただ終わりが
なぜ、これが大事に守るべきもの?
砂漠にそぐわない建造物を建てるために確保された土地と引き換えに
先住民族が死ぬとき
開発せよ、開発せよ
そして殺せ、驚異と思しきものは
さらなる荒稼ぎのためには愛の痕跡は無
ここでは
誰も歯牙にも掛けないこの地では

拙訳. 原語参考: Genius
〔〕括弧内・米印=訳者注

歌詞/詩 注

*1:「ガラスの天井」とは、女性が社会的マイノリティーである環境で昇進や昇給を不当に阻まれる状態を指す。目に見えない「ガラス」の「天井」があるせいで上に昇ることが出来ないというイメージから使われるようになった。

*2: 移民への嫌悪を露わにした人物が登場するが、Kae Tempestはライヴの際に中年男性っぽい仕草でこの部分を演じている。その様子を日本語に反映した。当時実際にこのような文言が一部国民の間で横行したらしい。ブレグジット国民投票前、EU離脱派の右派政党は「移民」についてネガティヴな印象を国民に与えるキャンペーンを行なった。残留派はそれがイギリス社会に与える影響を指摘し、主流メディアも当該問題を扱った。

*3: この節はそれぞれイギリスで実際にあった政治家のスキャンダルを風刺しているようだ。2017年のグラストンベリーでもこの部分で特にオーディエンスが湧いていた。イギリス国会の上院に当たる貴族院(その名のとおり貴族によって構成されている)では2015年までに以下の問題などが浮上している。""引用は原語歌詞の該当箇所。
・"Politico cash in an envelope":複数の貴族院議員の裏金問題
・"Caught sniffing lines off a prostitutes prosthetic tits":ある貴族院議員が売春婦と「粉」を吸っている動画が流出した件
・"They abduct kids":複数の貴族院議員の未成年児への性加害問題

(The Australian Sunday Morning Herald紙、2015年7月29日更新)

"They […] fuck the heads of dead pigs":2015年当時の首相David Cameronがオックスフォード大学在籍中に所属していたエリートサークルで、自身の「『身体の私的な部位』を豚の死骸の口の中に挿入するという奇妙な儀式的洗礼を受けた」というスキャンダル(?)が取り上げられた。これはある元貴族院議員と記者によって書かれたCameronの伝記本に記されたものだったが、2019年にCameronはこの内容を「爆笑もの」だと否定している。

(Daily Mail紙、2019年9月19日更新)

*4: 2011年ロンドン始めイングランド各地で起きた暴動では約2千人が逮捕され、うち多くが厳罰な刑を受けた。しかしその内実はかなり不相応なもので、例として「£3.50の水のボトルを盗んで6ヶ月の刑期を受けた学生」や「暴動が起きている場所をフェイスブックで示した2名の男性は、それが事態に及ぼした影響は皆無だったにも拘らず4年の刑期を受けた」ことなどが報じられている。
"But him in a hoodie with a couple of spliffs"
という描写は軽犯罪を犯す若者の典型を表している。当時のニュース映像においても大きめのパーカーやスウェットのフードを覆い顔を隠す若者が散見された。ただしこのようなイメージは偏見も孕む。実際の「逮捕者のうち5分の1は前科が無かった」 とのこと。
"Jail him, he’s the criminal"
というフレーズは、取るに足らない軽犯罪を犯しただけで厳罰を課される民衆と、重犯罪を犯しても上流階級の身分は変わらない貴族院議員を対比かつ風刺している。

「法廷は2011年イングランドの暴動に『巻き込まれた』人々の扱いを誤ったと、元主任検事は語る」(The Guardian紙、2021年4月1日更新)

個人的読解

 《Europe Is Lost》には、植民地主義と戦争、資本主義、その歪みとも言える国民の過重労働や逃避主義、政治と密接に結びついた階級社会、貧困、都市開発、環境問題などなど……、ロンドンの労働者エスターの生活を起点に、今日のイギリスや世界にはびこる病がこれでもかというほどに詰め込まれている。殊に戦争について触れる箇所はどれも悲痛だ。
 そこで当楽曲の初出が2015年だったことから当時マスメディアが報じていた戦争を振り返ると、シリア内戦など中東情勢が主だった印象がある。詩の中の "And you wonder why kids want to die for religion" というくだりも、過激派組織イスラム国が自爆テロに子どもの兵士を駆り出していたことを隠喩しているという説もある。さらにその後の戦争としては、2014年ごろからの騒乱に端を発し2022年に本格化したロシアによるウクライナ侵攻、また、2021年ミャンマーのクーデター、そして昨年10月からのハマスとイスラエルの衝突の激化(注6a)などが挙げられる。
 もちろんいつの時代も世界中で有事はあるし、報道さえされない地域も多くある。しかしあまりにも日常的に「戦争」が私たちの受け取る映像や音声に飛び込んで来る今《Europe Is Lost》の詩と現状の親和性は非常に高い。公式MVにも戦争関連のアーカイヴ映像が随所に挿入されている。イギリスがこれまで世界各地であらゆる戦争に加担してきたことを踏まえ、Kae Tempestは自己もとい自国批判的に問題を「心配」し、分身と言える「エスター」の声をもって警鐘を鳴らしている。特に序盤にある「意味のない統治」というフレーズやVerse 2の「私達の過去の過ちが再浮上した」という節からの流れは象徴的で、イギリスが当事者でもあるパレスチナ問題も「統治」と「過ち」に含まれているように聞こえる(注6b)。
 また、植民地主義と消費主義が表裏一体であることを "Massacres, massacres, massacres, new shoes" という一行で表象する彼/女の姿には生唾を飲む。なんと言うか、Kae Tempestの存在とパフォーマンス全てが皮肉と取れるし、きっとそれは自覚的になされているのだろう。

"… to wake up?" 目覚めについて問う2曲

 《Europe Is Lost》において "What am I gonna do to wake up?" という問いは切迫感を帯びるが、このアルバムには他にも同じ台詞を含む楽曲がある。《Pictures on a Screen》では、数ヶ月前にマンチェスターからロンドンに移住した優等生社会人Bradleyがこう嘆く。

自分が存在していることは分かる
でも何ひとつ、感じない
僕は欠けている、どこか別の場所にいる
でも何よりも最悪なのは
僕自身、それを気にしていないみたい
どうやって目を覚ます?

〔…〕
いま起こっている事は分かる、でも誰に、それが起こっている? 
これ、あなたに起こったの?
いま起こっている事は分かる、でも誰に、それが起こっている? 
どうやって、目を覚ませばいい?

拙訳. 原語参考: Genius

 そしてアルバム最後の楽曲としてKae Tempest自らが「物語の結末」と位置づける《Tunnel Vision》のサビでは、"What are we gonna do to wake up?" と、目を覚ますべく主語が「私」いち個人ではなく「私達」と複数形になっている。またこの楽曲は《Europe Is Lost》よりさらに具体的に「戦争」に言及し「私達」と戦争の関係を紐解く。
 以下の企画では文字通りTunnel(トンネル、地下道)の中でこの1曲を演奏していた。(*露骨な表現を含みます。)

(2017年9月4日更新)

この地固有の黙示録、激滅させられた森林
私達の不満を集めた冬はすぐそこに
惨めな伝道師達はStrongbow*とともに十字路に置いてけぼり
私達はただの貪る口、食道でしかない、  巨大な

〔…〕

発癌性の、糖尿病の、ぜん息性の、てんかん性の、心的外傷後の、双極性の、体制不信の
粉々にされ、忙しい気がして、平和に制圧されながら
スクリーンを眺めている、この惑星が死ぬのを見なくてすむように

私達はどうやって目を覚ます?
あまりに深い眠りに着いたから
どんなに揺り動かされても無駄
私達が向き合わなければ、そこから脱け出せない
でも今夜、嵐が来た

彼女は叫んでいる、叫んでいる
ドローンの下、彼女の美しい息子は骨屑の山になった
埋葬される体などなく、故郷には誰も居ない
戦争から逃げ出し、ボートは満員で
ボートは海岸沖1マイルで沈んでゆく
病院にはベッドが無く
私達の意識は障壁に
想像して、あなたの娘が銃殺されたと、学校に行く道中で守られることなく
大騒ぎになるはず
でも彼女は戦争の巻き添え、なら仕方ない
私達の子どもが無事なら私達に支障はない
真空を愛してもそこに向かうことは出来ない、限度がなければ
史上最大の罪へとようこそ
あなたと私は違う類の人間だと思っても、厳密には捕らわれている

〔…〕

トンネル・ヴィジョン**、地下道の視野
仕事、飲み会、傷心
過去には向き合えない、過去は暗い場所
眠れない、目覚めない、箱の中座ったままで
私達は勝利を、他者の敗北として記録し
またこの日も、このチャンスも、痛みから目を逸らす
テイクアウトを取ろう、少し後でパブで会おう
私達は同じことを、同じように言うだろう
人生は待機ゲーム
いつになれば感じる?
人生が動き出すと
そして膝から血を流す全ての体は憎悪を生むと
全ての自然界の存在はコミュニケーションを育んでいると
私達はただの粒子、大きな星座の中の小さな一部
ほんの小さな、分子、ひとつの体を構成する

会ったこともない誰かの悲劇と痛みが表れる
あなたの悪夢の中で、絶望の引力が働き
この文化の病い、私達の心にある病いは
私達が互いに持つ距離がもたらした病い
そしてこの戦争を始めたのは私達の爆弾だった
今それは、遠く彼方で猛威を振るっている
だから私達は思考を停止させる、そのすべての犠牲者は他人だと
でも彼らは、親で、子で、危機に晒され犬扱いされる人々
存在は無益、だから私達は関わらない
でも私達のボートだった、出航し、殺し、盗み、もろく壊れやすくしたのは
私達のブーツだった、踏みつけたのは
私達の法廷だった、投獄したのは
そして私達の屎銀行だった、保釈救済を受けたのは
私達だった、冷ややかに目を背けたのは
うつむいて、自分の爪や結婚式のプランを見直していたのは
史上最大の嵐を目の前に、私達はこう言った
「この場所をより良い土地にできるかは、私達なんかに掛かっていない
 この場所をより良い土地にするのは、私達の責務じゃない」

正義、正義、賠償、謙虚さ
信頼は、信頼とは、私達とは無縁なもの
無条件の愛が、そこになければ
個人の神話は私達をバラバラにし、迷子にし、惨めにし
私は外に立つ、雨の中
ロンドンの寒い夜
私は叫んでいる、愛する者たちに向かって
目を覚まして、もっと、愛して
懇願している、愛する者たちとともに
目を覚まして、もっと、愛して

拙訳. 原語参考: Genius
*安価なりんご酒ラベル.
取り分け労働者階級の人々に人気.
**視野狭窄という意味もある. (2024/3/23追記)

 
 Kae Tempestはアメリカの公開ラジオ収録にて次のように述べている。

「世界が酷い場所だってことが曲作りに上手く作用することなんてあるのかって話になったけど、本当は、全ては愛から生まれたと伝えることが大事だと思ってるんです。私の詩、私達がこうして演奏する音楽、私をインスパイアする全ては愛から生まれたもの。〔…〕孤独や困難についての物語を語ることには大いにポジティヴな要素がある、それは開示することだから。オープンであること。私達は互いにオープンになればなるほど、より多くの愛を受け入れることが出来ると思う。」

Kae Tempestのスポークンワード論

 以上のようにTempestの詩を翻訳してみて感じたのは、書き言葉とスポークンワードは根本的に別物だということだ。他のスポークンワード・アーティストやバンドの作品についても同じことが言えるかもしれないが、Kae Tempestの場合特にその傾向が顕著なのである。そもそも翻訳語である上に訳者の至らなさにも要因はあるが、上記の字面はどうも所々説教くさかったり感傷的過ぎる感じが否めない(注7)。パフォーマンスでの彼/女の言葉はとても力強いし韻の踏み方もストイックなのだが翻訳や書き言葉にはそれを反映しづらい。加えて一部独特のユーモアが軽減もしくは消失してしまっている気がする。本来ならそれを際立たせるようなビートと楽曲の疾走感や、ミュージシャンとの間に生まれるエネルギーの循環やうねりも当然ながら文字では伝わってこない。楽曲のアレンジもライヴでは複数のヴァージョンがあるのでバリエーションが楽しめる(注8)。
 音楽だけでなくヴォーカルの表現方法も様々だ。Tempestはその時々で詩の文言や繰り返し方を微妙に変えたり、発声の具合も変化させている。それはきっと彼/女が10代からの修練で培ってきた技で、各ステージの環境に合わせて自身の情感を有機的に適応させているように見える。そしてミュージシャン達もその都度、彼/女の呼吸を繊細に読み取りながら演奏している。Kae Tempestの詩はきっとライヴで表現されることで、アルバムや書籍とは全く異なる別個の作品として完成するのだ。
 言葉を読み上げることについては以下の対談でTempest自身も熱心に持論を述べている。対談相手はどこの謙虚なおじ様かと思えばレッチリのFleaだった。

(2021年1月11日更新)

「声は反響するものですよね。その反響・共振が音を作り出す。発話者の身体と喉を通して物理的な反響が起こるとき、それはその場の空気と人々の耳にも共振して、もっとアクティヴなものになる。他者の読解を頭の中で書き出すとき(注9)、そこには音声がありません。欠けてしまっている。文字が全て手元にあれば直接的な伝達は可能。でもその人〔作者または読者〕の身体のヴァイブレーションは得られない。
 言葉を実際に口にするとき、その言葉をいざ自分の声に乗せて聞くとき、自らその言葉を保証し、明言することになる。それは難しいことです。時々ひとつの行を書き出すことができても、それを声に出して読むことができないときがあります。編集とかをしているとき、私の目は収まりの悪い行を百回と読み飛ばします。ただただ私の声が言ってくれない。自分自身にそれを言わせることが出来ない。ひどい一行だと気づくときはそんな感じ。じゃあ書き直さなきゃ。
 でもこれは確かなことなんだけど、テクストを覚える過程では〔…〕(注10)書き出した全ての言葉はそれとして存在するけれど、いざ暗記して口にした瞬間に突然その言葉は全く別の意味を持ち、書き手の役割や存在はなくなってしまう。それは何と言うか、書き手は役割を終えてしまい、演者、読み手、発話者が新たな意味を見出すような……。クレイジーですよね!
 こんなことは言わない方がいいんだけどね。だって多くの人の想像の中で天才と崇められる著者から作品の信憑性を奪ってしまうような言い分でもあるから。でも著作の大部分は〔作者の手を離れた〕別物と言わざるを得ないんです。たとえそれがどんな力作であっても〔…〕。」

 さらにTempestは演者とオーディエンスの関係性をこのように述べている。

「意味を直感的に理解することとは語られている物事の間にあるリンクを見つけて、それらを結びつけること。パフォーマンスで起きているのはそういうことで、自分以外の誰かが空間にいるとき、誰かに話しかけているときに起こることです。誰かに話しかけるとき、その相手は、そこで発せられる言葉、つまり生きた真実の瞬間と繋がる言葉と同じくらい重要なんです。一人っきりの部屋で歌詞を口にする場合と誰かもう一人いる場合では同じことは起こりませんよね。
 だから私はオーディエンスを賞賛すること、その場にいる人を称えることは大事だと感じています。だって観客の関心がなければ、皆が集まってエネルギーを引き起こしてくれなければ、こちらの言葉と同じ熱量で彼らも向き合ってくれなければ、そこにあるものは死んでしまうから。」

 Kae Tempestはシンプルな事象をシンプルな言葉で分解し、綿密に分析した上で物事や詩のあり方を理解しているようだ。その哲学的にも見える行為の積み重ねが彼/女の作品に集約されていくのかもしれない。そしてこのFleaとの対話はまさに「同じ熱量」のぶつかり合いだった。

 ここでさらに注目したいのはTempestのインタビューで頻出する「メンタルヘルス」というキーワードだ。当対談でもFleaが投げかけた「よく考えることは、これは僕の生涯の課題でもあるけれど、自分を愛する方法」という議題を皮切りに重要なトピックとなった。Tempestはこれに対して「あぁ……、素晴らしい質問ですね。それは日々、大変なこと」と反応した。なお、ステージに立つ人間は自分自身への愛の欠如と深い孤独を癒す試みとして、人前で必死に表現しようとするのではないかという意見も述べている。個人的にこれは27クラブの所以を立証し得るような力強い説に感じた。
 また別の機会でTempestはステージ上でパニック発作を起こした体験を振り返り、そのエピソードが結果的には自身が内面に抱えている問題と向き合うきっかけにもなったと語っている。それは海外ツアー中、フェスティバルのオーディエンスを目の前に「死ぬかもしれない」と感じるほどの恐怖だったそうだ(注11)。
 「ADHD、鬱、パニック障害、そして〔性別〕違和・抑うつ症」(注1)に悩まされてきたというKae Tempestは、創作、パフォーマンス、インタビューと、各過程でいかに自身の精神を守るべきか、心身に抱く問題をどの程度までオープンにするべきか、あるいは閉じておくべきかを常に考えてきたのかもしれない。その葛藤は「ノンバイナリー」のカミングアウト後、ジェンダーの文脈でも語られている(注1、注11、上記BBCドキュメンタリー予告編)。

《Ballad of a Hero》

 『Let Them Eat Chaos』の世界観とKae Tempestの思想を探求していたところ、ある兵士の詩《Ballad of a Hero》と出会った。こちらは2014年出版の詩集 Hold Your Own に収録されており、以下のとおりライヴでも披露されている(*露骨な表現を含みます)。この作品の紹介をもって当記事を閉じたい。

(2015年7月21日更新)

(2014年4月7日更新)

 戦争から帰ってきた父親を迎える家族の物語は、前半は息子に語りかける母の視点、後半は父の視点で語られる。勲章を授与され帰還したにも拘らず日がな落ち着かず塞ぎ込み、ほぼ機能不全となった父(注12)。そんな父を母と息子はそっと見守ることしか出来ない。しかしある時父はようやく家族の前で重い口を開き、戦地で体験したことを語り出す。その情景はあまりにも、むごく、凄惨なものだった(注13)。そして父は息子にこう言い聞かせる。

息子よ、これを伝えるには理由があるんだ
俺はお前がどんな奴か分かっている
お前は大きくなったらすぐにでも
戦いに行きたいと思うだろう

お前を必要とするどんな争いにでも
その血と骨を捧げるだろう
良心のためにでも、悪のためにでもなく
故郷の誇りのためにだ

お前の親父は戦いを信じる
親父はお前と己のために戦う
でも兵隊を送り込む奴らは
決して親父の悲鳴を聞くことはない

息子よ、俺は戦争を支持していない
戦争が正しいなんて信じちゃいない
でも兵士たちを支持しているんだ
戦地に、戦いに行く兵士たちを

〔…〕

お前が大きくなったらな
愛しい、愛おしい息子よ
どうか戦争に、戦いに行かないでくれ
代わりに
戦争を始める奴らと戦ってくれ
さもなくば
お前自身が抱く大義と戦うんだ

確かに、栄光に満ちているように見えるだろう
とても勇敢で、意志が強くて
でも兵隊を送り込む奴らは
奴らの目的は、金塊なんだ

さもなくば、石油のためにだ
奴らは、俺たちに向かっては
これは英国のためなんだと言う
でもな、父さんのように帰還した男たちは
何日も、ただ酒浸りの日々を、過ごすんだ

拙訳. 原語参考: The Poetry Archive
antiwarsongs.org

注・参考資料

ヘッダー画像:Kae Tempest公式YouTubeより

基本情報
Kae Tempest Wikipedia

The Guardian紙、The Observer Profile: Ka(t)e Tempest(2014年9月14日更新)

・スコットランドThe Skinny誌「Ka(t)e Tempestが語るLet Them Eat Chaos」(2016年11月28日更新)


注1:The Guardian紙、Kae Tempestインタビュー「煮えたぎるような秘密を胸にひた隠しにして生きてきた」(2022年3月12日更新)

ちなみにこの記事に掲載された写真は一枚を除きWolfgang Tillmansによるもの。Tillmansの作品は自身のゲイというセクシュアリティーが反映されたものも少なくない。またPet Shop Boysほかバンドのアートワークを手掛けた経歴もある。広義ではあるが性的マイノリティーであることと、エレクトロミュージックという音楽ジャンルへの従事といった共通項が写真家と被写体を結んでいるように感じた。

注2:ラジオ司会者James O'Brienによるインタビュー(2018年8月21日更新)


注3:ブレグジットを象徴する音楽
・ノッティンガム発、Sleaford Modsのアルバム『Divide and Exit』(分断と離脱、2014年)
続く2015年『Key Markets』収録の《Silly Me》にはサビに "Only to remember that you still remain, still remain, still remain" というフレーズがある。"Remain (残留)" という単語の繰り返しはEU残留への切望をほのめかしているように聞こえる。「ただ覚えておくために、それでもまだ君はここにいる(残留する)ことを」と。
・ティーサイド発、Benefitsの《Divide and Be Conquest》(分断し制服されよ、2020年)
翌2021年の《Flag》(国旗)は「世界の中にどう『大英帝国』を位置付けるかを理解するために」作られた楽曲で「ナショナリズムを利用する政治家達」を風刺している。
・スコットランド、グラスゴーの若手バンドWine Momsは2022年《Mr. Speaker》(英庶民院議長の呼称)という楽曲でEU離脱派の主要人物でもあったBoris Johnsonの国会答弁の音声をサンプリングして、当時首相だった同士について「奴はこの国を見ていない、自分で木っ端微塵にしたこの国を」となじっている。内容と時期的にコロナ対策の失敗への批判も込められていることが分かる。
・リーズ発、Yard Actの《Dead Horse》は極右団体National Frontに言及する箇所がある(2022年)。《Europe Is Lost》の注2も合わせ、ブレグジット投票前に右派政党UKIP(英国独立党)などが過激なキャンペーンを行なったことが思い起こされる。
・イギリスでもスポークンワードでもないが、英連邦国であるオーストラリア、メルボルンのデュオは自らをDivide and Dissolve「分断と解散」と名乗り、2020年に《We Are Really Worried About You》(あなたのことがとても心配)というシングルを発表している。本人達の意図は不明だが、バンド名も曲名も強烈な皮肉のように響く。ちなみにレーベルは英ブリストルのInvada。

注4:Independent紙「Ka(t)e TempestはグラストンベリーでTheresa Mayを批判し『人々の涙を誘った』」(2017年6月29日更新)

Theresa Mayは、ブレグジット国民投票の結果を受けて辞任したDavid Cameronの後任として、2016年7月に保守党党首となり首相に任命された。
2017年グラストンベリーにてKae Tempestは次のようにパフォーマンスの幕を開けた。

"強固で、安定した" 
破滅へと

〔…〕

コンテナの中で窒息する移民を責めろ、イスラム教徒を責めろ
とにかく今流行りの何かのせいにしろ
集団的憎悪の重圧を軽くしてくれるような
そして国家を安全に保て
民営化、民営化、民営の
看護師に燃え尽きるまで働かせろ
〔…〕
そう、国家を分断せよ
彼らは学ぶことがないのか?
留まることはないのか?
私達を防衛するために軍を駆り出し
きっとそうだ、リベラルの荷を担いだ殉教者達は
私達のリベラルの価値を試すことはない
〔…〕
安定を、停止せよ
その間に自殺は増加、野宿者は増加、公共の場では汚い言葉が、恐れ、疑惑、そして人種差別主義者たちが繰り出し顔を見せる
Mayのもとには、私達を分断する大きな隔たりがあり
毎日、少しずつ幅を広げているように見える
すべての悲劇に、祈りを捧げる彼女を見て
分断、分断し、悪意を加熱させろ

〔…〕

"私は、実に非友好的な環境を創造したいと考えています。"

彼女の言葉
私のではない

拙訳.
原語参考: The London Economic

(一行目引用符 "Strong and stable" : 2017年総選挙時のMayのスローガン)
(最後の引用符 "I want to create a truly hostile environment." : 2013年当時Mayが内務大臣として新たな法案を提示した際の言葉。主に「不法移民」に向けられたもの。)

注5:プロデューサーはDan Carey。近年手掛けたバンドにGoat Girl、Wet Leg、Black Midi、Warmduscher、Fontaines D.C.などが挙げられる。さらに遡るとKylieやFatboy Slimのような先輩方の作品もプロデュースしているようだ。

注6a:BBCが事態を受けて「テロ」という表現をどのように扱ってきたか、またそれに対する国民や政治家の反応が分かる記事。(2023年11月22日更新)

注6b:2023年11月21日、以下の投稿でKae Tempestは "Musicians for Palestine" という草の根運動の一員として「停戦」を訴え、パレスチナの人々の「自由、然るべき和平、尊厳を追求する」共同声明を出している。ここにはBrian EnoやMarianne Faithfulといったベテラン陣や、日本人メンバーを含むDeerhoofなども名を連ねている。


注7:音楽記者のAlexis Peditrisは次のように批評している。
「〔Kae Tempestの作品が〕披露するリベラルが抱く悲嘆の一覧はかなり手垢がついており、その点は議論の余地があるだろう。しかしEurope Is Lostの中盤で金属音が鳴るリズムトラックに乗せてTempestの声が徐々に怒りで増幅するとき、そこには興奮を覚えざるを得ない。」(最終更新日不明)
ちなみに当British Councilのサイトには Let Them Eat Chaos 書籍版の内容もほんの少しだけ紹介されている。視覚詩のような言葉の並べ方からは書籍ならではの楽しみ方を垣間見ることができる。お試し版を開いてみるとタイトルページに "This poem was written to be read aloud" (この詩は声に出して読むために書かれた)と記してある。

注8:テレビやラジオのセッションでも異なる形が見られる。
BBCのニュース番組ではプロデューサーのDan Careyとふたりで《Tunnel Vision》の一部を披露していた。(2017年5月9日更新)

以下のラジオ収録では珍しくギターも使われている。(2017年5月11日更新)


注9:「他者の書き物を頭の中で読むとき」の誤り?

注10:ここでは「アルバム『The Book of Traps and Lessons』でもそうしたように」と述べているが、当記事の文脈から逸れてやや読みにくくなるため省略した。ちなみにこの対談は2020年出版のTempestの著作 On Connection 関連企画で、Fleaからの「好きな小説家は?」という最後の質問には、James Baldwin、Carson McCullers、James Joyce、Ursula Le Guinほか多くの名を挙げていた。

注11:作家Max Porterとの対談(2021年1月6日更新)

この機会では宗教も話題に上った。Tempest自身は無宗教だが父親がユダヤ人で、子ども時代に何度かシナゴーグを訪れたことがあるらしい。自ら家系の繋がりを感じるために親戚にユダヤ教の「ヨム・キプル(贖罪の日)」のお祈りを教わった際には、過去の集団的過ちに贖罪を乞う祈祷法があることを知り《Europe Is Lost》の一節と重なったという。熱心にそう語るTempestの様子からは彼/女のさらなる家族観や倫理観が窺えた。そして注6bに示した投稿と照らせ合わせると、彼/女もまた、世界に少なからず存在するパレスチナの平和を願うユダヤ系の人々のうちの1人であることも分かる。

注12:父親の様子は典型的なPTSDの症状のように見て取れる。

注13:父親に扮するKae Tempestが描写する戦争体験は五感に訴えかける生々しいもので、初めて聴いたとき吐き気を催した。私自身がすでにPTSDを患っているため平均的な人より過敏なのかもしれないが、実はその部分は怖くてしばらく聴けずにいる。戦争の現実から目を背ける自分に罪の意識を感じることばかりだが、せめて《Tunnel Vision》や《Eorope Is Lost》を聞きながら日本が犯してきた過ちも重ねて自問自答していきたい。

*当記事における歌詞/詩やインタビューなど引用部分の日本語はすべて筆者による翻訳・解釈であり、個人研究を目的とします。
*各作品および歌詞/詩などの権利はその作者・演者に帰属します。
*当記事において、アルバム名は『』、楽曲名は《》を用いて表記しました。
*I don't own any rights to the original works quoted above.

(以上、約19,200文字)

関連:UK音楽とブレグジット・政治、メンタルヘルス


最後まで読んでくださり多謝申し上げます。貴方のひとみは一万ヴォルト。