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『春ギター』(毎週ショートショートnote)

今年は桜の咲き方がおかしいと
テレビや新聞のニュースが連日伝えている。
何か悪いことの前兆だってネットのニュースが賑わっている。
しかし、その理由を俺は知っている。
それは春を告げる俺のギターが盗まれたことにある。

冬ギターの冷たい弦が緩み、やがて融けだす頃、
俺は新しい春ギターを手にする。
まずはスローなバラードから、やがて軽やかなメロディーへと。
若者たちがステップを踏んで踊りだす頃には
春ギターは役目を終えて風となり空へ舞い上がる。

俺の春ギターを誰かが弾いている。
お世辞にも上手いとは言えず、春が戸惑っている。
しかし、その拙い調べが何故か俺の心を暖かくさせる。
時折つまづくように止まりながら
ゆっくりと流れるそのメロディーが
何故か心に心地よい。

春ギターの音を辿り、懸命につま弾く少年の後ろ姿に
そっと近づいた。
肩に触れると少年は驚き
申し訳なさそうに春ギターを俺に差し出した。
俺はその時この少年に、弾き方を教えてあげたいと思ったんだ。

(410文字)

<あとがき>
春ギターが役目を終える頃、新しい夏ギターが出来上がる。
熱く情熱的なロックをこの少年と奏でるため、
今年は2本、発注することにした。

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