見出し画像

僕、大人、トランスエイジ



―この歳にもなって飲み会で酔い潰れて、この前公園で朝を迎えたんだよね。
―うわ、最悪じゃん。でもわかるよ。年々お酒に弱くなってる気がする。

―自分がアラサーって信じられない。大学の頃から本当に何も変わってない気持ちだし。
―わかるわかる。大学の頃、バカみたいに遊んでたのが昨日のことのように思えるよな。

―やばい。自分の想像してた大人と違いすぎる。
―わかる。マジで過去の自分に申し訳ねぇ。


わかる、わかるわかる、わかる、わかる、わかる。





本当にわかってる?



こちとら本当に何も変わってないんだよ。
アラサーにもなってずっと学生気分だし、自分のためだけに働いて自分のためだけにお金使って、自分のためだけに生きてる。

わかるわかるって、絶対わからないじゃん。
結婚したり転職したり、みんな立派に変わってる。

家族を守る責任だったり、将来の自分への投資だったり、子どもの頃に想像してた大人の姿そのまんまだよ。

こっちは本当に、本当に何も変わってない。
今の自分のためだけにしか頑張れない。
それだって、自分で自分の機嫌を取れなかったりする。
全く変われてないの。







正直、25歳くらいまで年齢なんて気にしたことなかった。

周りもたくさん遊んでたし、同級生の結婚の報告が耳に入ってくる度に「早過ぎない?」ってみんなで驚いていた。

いつも遊ぶ友人はみんな独り身で、「いつか一緒のマンションに住むか~」なんて冗談言ったりもしていた。

あれから数年、周りは次々に結婚し、結婚報告よりも出産報告の方が増えてきた。

「一生結婚しない」と豪語していた大学の頃の友人は、海外で就職した挙句、そこで出会った人と素敵な結婚式を挙げていた。





つい先日、「トランスエイジ」という単語がメディアで取り上げられていた。
画面の中の人はとても叩かれていた。

トランスエイジというのは、自分の年齢を実年齢より若い、もしくは年をとった年齢であると自己認識することを指す用語である。

言葉の響きとして似ているものにトランスジェンダーがある。

トランスジェンダーが自己認識する性と生物学的な性別との間にギャップを感じるのに対し、トランスエイジは自己認識する年齢と社会的な年齢との間にギャップを感じる。


「ただ精神年齢が低いだけ」
「能力のない奴の言い訳」

みんなそうやって馬鹿にしていたけれど、私にはそんなことできるはずもなかった。

だって他人事には到底思えなかったから。

もちろん、自己認識をどこまで社会として受け入れるかという問題はある。

性自認は自分で選ぶことができない。
自分の中の性を「男である/女である/どちらでもない」と認識するのみであり、そこに個人の意思は反映されない。

対して年齢は少し話が違う。
自認する年齢も自分で決められることではないが、それはあくまでも自身の過去の経験に基づくものであるように思われる。
(メディアで取り上げられていた人は自認する年齢を自分で設定していたため、そもそもそこから少しおかしい気もする。)
自身の経験は選択できるため、私はトランスエイジを社会として認める必要はないと思っている。

私はトランスエイジではないと思う。
自己認識している年齢と社会的年齢は一致しているから。
ただ、社会に生きている同年代の人々に比べると、確実に何かが欠落している実感がある。
若くいたいわけでも何かの恩恵を受けたいわけでもないが、自分の社会的年齢にひどく戸惑いを隠せない。




「すみません。若い子にしか興味ないんで」

アプリでメッセージを送ったときに投げ返された言葉。
少しだけイラッとしたが、ふと、自分がアラサーであることを思い出した。

そう、「思い出す」という言葉が適している気がする。
普段の生活で自分の年齢を意識することはほとんどない。
自分の年齢を忘れて生きている。

将来について考えたりこうしたやり取りをすることで、初めて自分の年齢を思い出す。
初めて知るかのような驚きを伴って。



最初は自分がゲイだから仕方のないことだと考えようとした。

結婚や出産という節目がないから仕方がない、年齢なんてただの数字だからそんなものに縛られずに生きるんだ、そう思っていた。

しかし同じゲイでも、将来のために家を買ったり相手と同棲したり、社会的年齢に相応しい生き方をしている人が確実に存在している。

社会的年齢に相応しい生き方。
社会的年齢に相応しい生き方の善し悪しはここでは論じない。
ただ、社会的年齢とは人生の経験年数である。
その年数の中で得られる経験値、人間的成長、その平均値さえも大きく下回ってしまっている気がするのだ。

ゲイであるがゆえに結婚することや親になることは難しい。
つまり、そこに対しての関係性や責任による人間的成長は見込めない。
それでも仕事や恋人、生き方による他の面で責任を負い、着実に成長しているゲイが存在するのも事実なのである。




私だって社会人として毎日働いている。
働き始めた頃に比べたら出来る仕事も増えたし、頼りにしてもらえることも増えた。

恋愛でも思慮分別がつき、若い頃のように欲望のままに体を重ねることもなくなった。

人生観や価値観は20歳の頃に比べたら大きく変わっている。
それでも、どうしてだろう、成長している気が全くしない。
年齢を重ねている実感が持てない。

どうすればいいのだろう。
どう軌道修正すれば、実年齢とのギャップを埋められるのだろう。
するべき経験から逃げてしまった私に、今から取り戻すことは不可能なのであろうか。




「27歳ってもう若くないよ」

友人の言葉が頭に響く。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?