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生きていく勇気も、大人になる覚悟も僕らにはまだないけれど

2023年11月15日水曜日、
ライブ音源の配信が始まった。

それは、最悪の天気のなかで行われた最高のライブ。
2023年ゴールデンウィーク最終日、土砂降り。
私たちは雨で身体をびしょびしょにしながら武道館を目指して、濡れた身体を汗と涙でさらに濡らしてから会場を後にした。スニーカーを突き抜けて靴下まで達した雨水と、高揚した体温が混ざりあって気持ち悪い。冷たくて熱い。多分臭い。けれど、この霜焼けのような火照りと臭さが証明してくれている。一瞬にも思えた3時間が、確実に存在したということを。

初めての武道館。走りだせばすぐに触れてしまえる距離。彼女たちを見上げるのに痛くなる首。何度も合ったような気がする、あなたの瞳。あの日私たちの心を響かせてくれたうちの5曲が、いつでもどこでも聴けるようになった。



配信日当日。
私は朝、ホームで電車を待ちながら再生ボタンを押した━━瞬間、日常が非日常へと変わる。彼女が息を吸い込む音だけで、鼓膜が震えて、身体が震えた。
胸が苦しい。生きているって実感。久しぶりの感覚。鼻から冷たい空気を吸い込んで、湧き上がった体内の熱と共にそっと吐き出す。通学途中の私には、それしかできなかった。ここがライブハウスだったら、拳を天高く突き上げるのに。

"生きているって最高だ!"
私がそう思える瞬間には、いつも彼女たちの音楽が合った。
自分が生への執着が薄いタイプだと自覚したのはいつだったか。今世にお別れを告げなければならない言われたら喜んで手を振るし、生きていく自信を失って涙を流す夜も少なくない。
「人生で今が1番楽しいかもしれないのに、どうしてこれからを生きていけるの」たびたび同居人に質問して、優しい彼を困らせた。
だけど彼女達の音楽に触れている間だけは、心の底から、生きている素晴らしさを感じられる。
生きていてよかった。独りぼっちの夜も、そうじゃない朝も、全て乗り越えてよかった。今日があってよかった。ご飯が美味しい、空がきれい、猫が可愛い、犬も可愛い、大切な人がいる、今この瞬間が愛しい、それならそれでいいじゃない。

半年前の武道館ライブで、私は何を思ったのか。正直もう覚えていないけれど、今日私は、生きていてよかったと心の底から思っている。彼女たちの音楽を聴くことが出来たから。だけどきっとまた、目が回るように過ぎていく毎日のなかで、この気持ちを忘れて、生きていく理由が欲しくなって、自信を失って、永遠にも感じる夜を迎えるのだろう。
私はスマホを抱きしめる。心臓がリズムを刻む。彼女が音を少し外して、知りもしない彼女の心に共鳴する私の目頭は、勝手に熱を帯びた。
またいつか"泣きたくなる程ひとりきり"の夜を彷徨うだろう。夜が明けないことにも、明けることにも怯えて、動けなくなる日がきっとあるだろう。だけど今だけは、そんなものちっとも怖くないと強がることが出来る。

早く大人になりたいと思いながら過ごしてきたはずなのに、いつの間にか大人になることへの不安で心が揺れる時間が増えた。このままを願う気持ちと、それに負けないくらい強い、未来への期待。波のようにどちらかの感情が押し寄せては引いていくことを何度も何度も繰り返して、水面が落ち着いた頃に私は大人になっていた。

どう分類しても大人。25歳。
アンケートで年齢を選ぶとき、私はいつも自分が大人になったということを自覚する。今年から「25歳~30歳」の前に置かれた四角ににレ点を入れているけれど、そのたびにもうあの頃には戻れないと気づく。
「大人になりたくないよ~」
そんな言葉を友人と交わすこともなくなった。だって大人だから。とっくに大人だから。両親に怒られて、シャンプーとリンスのボトルの位置を入れ替えたり、玄関に置かれた靴の左右を反対にしたり。そんな小さな反抗をしていたあの頃と、私は何も変わっちゃいないのに。
大人になりたくないよ。外で誰かに漏らしようものなら「もうとっくに大人じゃん!結婚して子供がいてもおかしくない年齢なんだから!もっとちゃんとしないと━━」なんて、自称親切心に嬲り殺される。

"大人になりたくないや"。なりたくなかったや。
毎日駅ですれ違う大人に分類されるたくさんの人は、澄ました顔して当たり前に歩いている。私も一緒に、必死に当たり前の顔をしながら歩く。彼女たちの音楽を聴きながら。

こんなにも「大人になりたくない」と歌って
くれる人達を私は知らない。私よりも大人が、大人になりたくなかった日々を歌ってくれる。青春を、昨日が遠い昔のように思えて、明日が遠い未来に思えた日々を歌ってくれる。私はそれが、嬉しかった。

ライブで彼女たちは、私たちのことを少年少女と呼ぶ。初めは変だと思った。少年少女と呼ばれても実際になれるわけがない。バカみたいだとまで思った。けれど初めて彼女に呼んでもらえたとき、私の心は息をした。
大人にも大人になりきれない部分があって、子供にも大人びた一面があるように。大人の私の中にいる子供の部分が、震えていた。

"明日には 何か変わるかもしれない"
そんな風に、未来へ強い期待を未だに捨てられない、人生を諦めきれない少年少女たちの心を、彼女たちのライブは熱くさせてくれる。

大人になんてなりたくない。
その気持ちは今でも変わらないけれど、悲しきかな生きている以上毎年歳を取っていくし、環境も変わっていく。なりたくないと駄々をいくら捏ねても、その事実からは逃れられないということを、25年かけて学んだ。
だったら、どうせ大人になるのだったら、私は彼女みたいな大人になりたい。彼女の書く歌詞のような大人になりたい。これは、初めてできた私のなりたい大人像だった。

"おもろい大人になりたいわ!"
そう歌いながら、照明の降り注ぐステージ駆け回る彼女。かっこよくて強くて優しくて綺麗で眩しくて、私はライブでいつも泣いてしまう。
あなたみたいに私は歌えないけれど、いつかあなたのような大人になれるだろうか。



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Hump Backは、林萌々子、ぴか、美咲の3人からなる日本のガールズロックバンドである。所属レーベルはVap内の専用レーベル「林音楽教室」。代表曲『拝啓、少年よ』のように、日常生活の喜びや悲しみをオリジナル曲のメロディーで表現し、寄り添うような優しさと生きていく勇気を聴き手に届けている。

Wikipediaより引用


本文にて数箇所歌詞を引用しています。

Hump Back
・生きているって最高だ! (2021)アルバム:ACHATTER「宣誓」
・泣きたくなる程ひとりきり (2018)「生きて行く」
・大人になりたくないや (2017)アルバム:hanamuke「うたいたいこと」
・明日には 何か変わるかもしれない (2023)「tour」
・おもろい大人になりたいわ (2021)アルバム:ACHATTER「番狂わせ」

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