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税制適格SOを巡って今後起こること

 去る5月29日、信託型ストック・オプションについて、国税庁・経産省の合同説明会があり、信託型SO導入企業を中心に界隈に激震が走りました。一方、税制適格SO付与時の株価算定ルールについてセーフハーバールールを設けることも同時に明らかにされ、国税庁から税制適格SOの付与時の株価算定ルールにつき、租税特別措置法改正案+パブコメ募集が出ました。
 本件についてはまだ意見募集が始まったばかりであり、細かい規制対応も不透明さは残るところです。士業の先生方を中心に税制・会計のご専門から今後も色々な解説があるかと思います。ここでは、そうした法制・税制上の諸問題も横にらみしつつも、事業会社で資本政策支援をしている実務家の立場から、「で、今後どんなことが考えられる?」「どうすればいい?」という資本政策上のアクション(の方向性)についてまとめてみます。なお、このnoteでは信託型SOのあれこれについては論じません。導入されておられる企業におかれては、様々なレスキュープランを検討されているかと思いますが、政府方針をみる限り、税制適格SOの使い勝手を抜本的に改善するため、もはや「苦肉の策」としての信託型を深掘りする意義が大きくないためです。
 国税庁の意見募集については以下をご参照ください。

 また、意見募集に関して、速報ながら現時点でここまで深掘りいただいている飯島隆博先生(弁護士)のまとめもとても参考になります。

1.前提

 さて、租税特別措置法改正案の「概要」によると、ポイントは以下のとおりです。
(1)「SO契約時の1株当りの権利行使価額」は売買実例による。
(2)取引相場のない株式の場合については財産評価基本通達による算定を認める。
(2)上記、算定した価額以上の価額で権利行使価額を設定していれば、権利行使要件を満たす。
(3)算定にあたっては、株式の種類の内容を勘案する
 これを材料に以下考えていきます。

2.実務的な論点

 「概要」のポイント及び所得税基本通達の23~35 共ー9(4)の条文から、現場として直ちに推測・想定してしまうことは、おおむね以下の点などかと思います。

(1)売買実例とは何を含むのか

 売買実例は株式の種類ごとに有無を判定することとされています。非上場株式の場合、もともと売買は不活発なはずですが、「外部第三者との取引によって株価がつく」場合はいくつかあります。
 ・増資
 ・優先株の転換権行使
 ・組織再編
 ・デット・エクイティ・スワップ
 ・自己株式の取得
 上記はスタートアップでもそれなりに有りうる取引です。シンプルな売買以外に、(資本取引とはいえ)こうした「客観的株価」が出ている場合に、参照する必要は無いのかどうか、です(条文からは、シンプルな売買だけのようにも読めますが、大丈夫なのか、という。杞憂だといいな)。

(2)株価算定を具体的にどう評価していくか

 株価算定の実務上は、ざっと思いつくだけで以下3つが想起されます。
 ア)会計評価との関係
 イ)無体財産権の評価は気にしなくていい?
 ウ)SO付与における具体的な問題
 
 ア)会計評価との関係
 SOの行使価額をいくら純資産ベース(以上)で決めてもよい、とはいえ、純資産評価だけの場合、以下のような課題が生じるからです。
 ・シードでもミドルでもレイターステージでも、純資産はさほど変わらず、付与対象者の入社時期やリスクテイク、貢献度合いを反映させにくい。
 ・純資産を機械的にあてはめると、債務超過企業は実質的に常に1円SOになってしまう(場合によっては、積極投資しているほどレイターステージで累損⇒債務超過幅が広がってしまうことすらある)。
 ・会計上の評価と乖離が大きすぎ、費用化を免れない場合が有りうる。この場合は見かけの損益はさらに悪化してしまう(IPO準備フェーズなら下方修正で予算未達成のリスク)。
 なぜこのような懸念が生じるかといえば、本質的には(税制適格SOという観点では純資産は対象者に有利なものの)、純資産価額による評価がスタートアップという成長志向の企業体の評価方法としてふさわしくないからでしょう。SO付与だけをマジメに考えた場合でも、本来は、事業進捗(成果)度合いの計測とそれに基づく会計評価がまずあって、成果に対する付与対象者の貢献や今後の期待値の配分、という流れが考えられます(その上で税務は分けて費用化が必要ならする)。するとまず会計での評価ありき、となるのではないでしょうか?税務=純資産評価でワッショイ!という単純な図式ではないなと。
 もちろん、会計は会計、税務は税務で評価書の値段がスッパリ別物だ、何の関連も整合性もないがそれが改正法の趣旨だろ、と立ち向かうのも一法ではありますが、、
 
イ)無体財産権の評価は気にしなくていい?
 評価の個別的論点として無体財産権(知的財産権)の時価が気になります(※普通株の純資産の時価は、資産の時価-負債の時価ー優先株への配分です)。スタートアップは、よくある相続の事例のように不動産や子会社株式、節税保険の積立金を保有している例はほぼないでしょう。一方で企業価値のほぼ100%が知的財産権(税務上は無体財産権)で成り立っているケースも多いのではないでしょうか。通達(財産評価基本通達140ないし145)では「特許権は、その権利に基づき将来受ける補償金の額の基準年利率による複利原価の額の合計額によって評価する。」とありますが、正直これを評価するのは面倒、というか現場では不可能ですし客観性がありません(いや、そもそも「そこ時価評価こだわる必要なくない?妥当な数字なんて出ないんだし取得原価でよくない?」という当然な指摘もあるでしょう)。ただし、ガチでやる場合、外部専門家による第三者評価が必要になるのではないでしょうか?

ウ)SO付与における具体的な問題
 イ)でも多少触れましたが、時価純資産ベースで行使価額を評価してよいとなると、事業進捗とSO行使価格がほぼリンクしないので、SO付与対象者への付与ロジックをどうするか工夫が必要そうです。値段が同じなら、付与個数で調整するのか?純資産が単年度で大幅に急減または急増してしまったらどうするのか?あれこれ除外ルールを作るのか?(十分ありうる)SO付与基準は職位(グレード)・社歴・貢献度・期待値など複数のパラメータが絡むため単純ではなさそうです。人事評価基準・予算・純資産評価の例外ルールと合わせ、ロジック・ルールを組んでいく必要があるでしょう(ただし、あまり恣意的な例外会計ルールばかり作ると監査法人や主幹事証券からツッコミが入りそうです。また(3)の「著しく不適当と認められる場合」にも注意する必要が出るかもしれませんね)。

(3)「著しく不適当と認められる場合」とは?

 国税庁改正案の「概要」によれば、財産評価基本通達に則ってれば「著しく不適当」にはならないとのことです。ただ、上記(1)~(2)を踏まえると、「何から何まで全部財産評価基本通達だけで価値評価して整合性をとる」ことにはなかなか無理があるような気もします。本質的には企業価値(とそれへの貢献)はキャッシュフローに換算した会計の(経済価値ベースの)価値で議論されるべきなので、経済価値を税務上の純資産価値という「のっぺらぼう」な数字に直線的に変換しようとすると業績評価もSO付与対象者への評価も立ち往生してしまう可能性があります。したがって、会計ベースで考えたもろもろのロジックを財産評価基本通達での評価に変換したときに「著しく不適当」にならないことが大事なのかな、と個人的には思うところです(※国税庁の今のところの文言では「純資産価値以上だったら好きにしていいよ」なわけですが、その具体論こそが現場の課題ですね)。

3.アクション

 会計・税務の論点は2のとおりですが、それらはある意味専門家の領域です。現場としては、事業戦略・資本政策・人事/組織運営との兼ね合いでSO発行戦略をどう位置付けるか、のアクションまで考える必要があります。

(1)事業計画、資本政策、SO発行プランの整合性を合わせる

 今後は、SOの発行を、これまでのように増資ラウンドに合わせたり、あるいはSO行使価格を直近の種類株の発行価格と同水準、あるいはそれに寄せたりといったことが必要なくなります。
 したがって、事業計画と資本政策、なかでもSO発行の枠(SOプール)設定とその消化をより柔軟で設計、書き換えできるようになります。これによって、以下のようなアクションが可能になると考えられます。
 ・事業計画上の進展・ステージにおいて重要なスタッフを中長期で探せる 
 ・そのようなポジションのために、予めSOの想定枠をプールの中から確保できる。
 ・事業ステージの中で、事業上の何を達成したら、あるいは何を達成した人にどのステージのSOを付与できるか、予め定義できる。

 もちろん、スタートアップ経営は不確実性が高く、思ったように進まない、ピボットもありうる、という前提ではありますが、それでも事業計画・資本政策に中長期で廉価なSOプールを埋め込み、相応の人を引っ張ってこれる可能性は高くなるといえるでしょう。Cap tableにおいてSO発行を機械的に増資ラウンドに合わせ、プールを都度計算している会社は多いと思いますが、今後は資金調達ではなく、事業戦略・採用戦略をベースにあてはめていくCap tableの書き直しにつながると考えます(※政府方針により、SO発行の上限の有効期間を1年とする会社法の規制も緩和されそうです)。
 加えて、そもそも論としてSOプールが発行済株式の10%程度を上限とするといったよくわからない実務慣行も、その会社にとって必要なプールの規模と消化を経営側と投資家との対話で決まっていく、という形に変化していってもらいたいものです。
(SOプール規制緩和の報道はこちら)

(2)評価制度と付与方針との連動性、役職員への浸透

 新規採用だけでなく、既存の役職員への付与も、より事業状況に合わせてやりやすくなります。その分、評価制度にどう連動させていくか、従来より細かい制度設計が必要になるでしょう。グレード・職掌・勤続年数・単年度の評価・中長期の期待値などの要素を組み合わせて、付与済の部分のベスティングと、毎年新規に付与する部分とをグリップしやすくなります(現行制度に比べ、行使価格を大して上げなくてもいい観点からは、毎期少量ずつ付与することで業務へのモチベーションと勤続維持に効果があるかもしれません)。既存役職員への評価と付与方針は、今後各社ごとに工夫の余地がかなりあるとみています。国税庁・経産省の説明会では、外部アドバイザーなどへの付与基準も緩和される方向(来年度~)とのことですから、入社前の副業段階の方や、退職したアルムナイの方への付与維持なども、社内制度として柔軟に取り込める可能性があります。
 なお、廉価なSOを配りやすくなったことを反映して、役職員への浸透をはかるアクションも今以上に重要になります。特に以下の点です。
 ・付与されたSOの意味付け(貢献と期待値)
 ・SOの現在における経済価値

 これらは、信託型SOが実現しようとしていた「行使価額を凍結しながら、中長期にわたって役職員の貢献・評価を付与方針に反映させたい」という世界と同様ですね。

(3)株価算定

 この点は2の繰り返しになりますが、事業計画と資本政策の連動性を高められるので、事業の達成度合いに応じた株価算定がしやすくなります。税制適格SOの観点からは、行使価額は最低限、優先株への配分を控除した純資産価値以上でよいので、税制適格となるSO行使価格の幅がより柔軟に設定できることになります。
 一方、SO付与のタイミングの自由度が増したがゆえに、適正な行使価額をどう算定するのか、2の課題で書いたように、今よりも難しくなる側面もありえます。具体的なアクション検討課題としては以下のとおりです。
 ・事業の達成度に応じた会計上の評価をどうするか。
  ⇒事業の進捗を純資産価値でやるわけにもいかず、やはり何等かの収益還元法(DCF的な)を使うことになる?
 ・特に、無体財産(特許権、実施権その他)の評価をどうするか
 ・税務上の純資産との関係をどう整理するか(費用化するか、しないのか)
 ・付与タイミングを毎年1回?または2回?程度とするとして、都度企業価値評価をするのか?
  ⇒ 米国IRC409aによる評価は12か月毎に一度とか聞きますね。
 ・外部第三者機関による評価はどうするか
  ⇒ 財産評価基本通達を機械的にあてはめるだけなら要ら無さそうですが、ステージごとの会計評価をきちんとやろうとしたら、やはり算定書の取得が要るような気もします。
  
     * * * * *

 以上、今後の税制適格SOの展望について書いてみました。租税特別措置法や財産評価基本通達の非常にテクニカルな細部については、士業の先生方のさらなる解説・修正にお任せするとして、現場のプロセス支援の立場から、近々課題になりそうなことを書いてみました。生煮えの部分も多々あろうかと思いますがたたき台としてご参照くださいませ。
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