見出し画像

読書メモ:経営行動 -第5章

「万能人」ハーバートA・サイモン。
ノーベル経済学賞受賞者にして人工知能のパイオニアによる経営組織における意思決定の研究!
ハーバートA・サイモン/ 訳者:二村敏子他(原著1997年第4版)


第5章:経営決定の心理学(1945年初版の内容から)

 まず「合理的な意思決定」について明確にする。行動の意思決定をする主体が、以下のような過程に基づいて行う意思決定を「合理的な意思決定」と定義する。

  1. 行動の代替的選択肢を全て認識し

  2. 個々の選択に基づいて起こる結果を考慮し

  3. その結果を評価する価値システムにより、全ての代替的選択肢から最適な1つを選び出す

合理性の限界

 実際の行動の意思決定は、このような意味での客観的合理性には及ばない。

  1. 全ての選択肢が検討の対象になるわけではない。

  2. 多くの場合、2−3の選択肢のみが代替として認識される。

  3. それぞれの選択に基づいて起こる(将来の)結果について、完全な知識あるいは予測を持ち得ない。従って、それぞれの結果に対する予測が不完全なものである以上、評価も不完全なものにしかなり得ない。

代替的選択肢に対する評価が不完全であれば、最適な選択肢を選び出す評価システムも不完全なものとならざるを得ない。そもそも、合理性や一貫性を持つ評価システムが成り立ち機能しているとも限らない。「予測の困難性」に関連して言えば、評価の正確性と一貫性は、結果を予測する能力とともに、予測された結果を実際に経験された結果と同じ重みで評価できる能力にも制約される(おそらく、人間がそのような能力を完璧に持つ可能性は低い)。実際、リスクのある行動を選択する場合には、損失という結果をより鮮明に想像できるほど、例えば過去に損失の経験がある場合など、リスク回避的なバイアスが強まる。損失の経験があると、損失の可能性をより高い確率で予測するというよりは、損失をより鮮明に、つまり、過大に評価することにより損失を避ける欲求が強化されるのである。

 このように、一人の孤立した個人の行動が高い合理性に達することは、ほぼ不可能である。しかし、組織の機能を通じて、より高度の統一性と合理性を達成することは可能である。組織メンバーの目的を組織の目的に適合させる、必要な情報を提供する、決定を正しく行える心理的環境の中に彼らを置く、これらは組織が遂行する機能の一つである。

 こうした限界に制約された人間は、その困難を克服するいくつかの作業手順を発達させてきた。その前提は、クローズド・システム(限られた数の変数と、限られた範囲の結果のみを含んだ環境)を、世界の残りの部分から独立させられるという前提だ。実際の意思決定において正しい選択をするためには、「どの要素が重要で、どの要素がそうでないか」を判定することは、諸要素間を支配する法則についての知識と同じくらいに重要である。そして、このようなクローズド・システムの範囲においてのみ、合理的な選択は可能となる。逆に、(よほど重要な問題以外では)その他の要素を分析するために資源が用いられることはない。

個人の目的志向行動

選択の心理的過程の特徴

  • 順応性:動作の結果を観察し、目的を達成するために動作を調整する。例)クレーン操作の学習。必ずしも試行錯誤を必要としない。実験的な方法、知識の伝達、理論的予測、などを活用し、比較的わずかな経験で、広範囲の事柄を決定できる。 

  • 記憶:自然的あるいは人工的(媒体に記憶されたもの)な記憶。記憶へのアクセスは、連想法やインデックスに依存する。

  • 習慣:同様の刺激や状況に対して、再考の必要なしに、同様の反応で対応することを可能にする。「組織的ルーティン」と名付けられた対応物がある。ある課題に対して、代替的選択肢の考慮が省略され、慣行により解決される。習慣化された反応が不適切となった場合、反応を抑えるためには意識的な努力を必要とするようになる。 

  • 刺激:刺激―反応(ルーティン化された選択)、躊躇―選択(比較的複雑な行動における選択)という異なる選択行動が存在する。「刺激」は競合する諸側面を排除する。「注意」とは、いくつかの同時に存在する対象や一連の思考から、一つだけを取り上げること「刺激に対する選択的反応性」である。

  • 心理学的環境:合理的な経営行動とは、個々のメンバーの観点からではなく、組織全体の観点から選択を引き起こす刺激を制御することによる。例えば、記録と報告についての定例システム。こうした行動開始メカニズムは、個人にとって外的なものであるが、経営組織において中心的な役割である。

  • 行動持続のメカニズム:第一に、活動それ自体が「埋没費用」=サンクコストを生じさせる。第二に、同じく活動それ自体が注意を活動の継続と完成に向けさせる刺激を作り出す。第三に、「準備完了費用」すなわち、準備のための時間=埋没費用と、他の仕事への転換に要する時間、を生じさせる。つまり、一度始められた行動には、行動が継続されるバイアスが生じる。

行動の統合

 行動を統合する3つのステップ。行動の統合とは、どの問題を選択するかの優先順位を設定する過程である。

  1. 実体的計画立案:活動を方向づける「価値」、価値を達成するための「方法」、「決定」、決定を実行するために必要な「知識・技能・情報」について行う広範な意思決定。

  2. 手続的計画立案:実体的計画と適合するような決定が生じるように、注意を向けさせ、必要な情報や知識が伝達されるようなメカニズムを確立すること。

  3. 計画の遂行:上記の枠組みを利用する。

社会的組織の機能

 行動の統合へと導くメカニズムはインターパーソナルなものである。組織や制度への参加が、広範な統合への源泉となる。組織や制度は、他のメンバーの行動についての安定的な期待を形成できるようにする。また、全般的な刺激や注意の方向付けを提供する。「組織」と呼んでいる行動のパターンは、人間の合理性達成の土台となるものである。

組織による影響のメカニズム

 組織は、個々のメンバーの決定に影響を与えるため:

  1. 仕事をメンバー間に分割する。メンバーの注意を特定のタスクのみに向けさせる。

  2. 標準的な手順を確立する。

  3. 権限と影響のシステムを確立する。権限のハイアラーキーなど、組織の階層を通じて決定を伝達する。同時に、非公式的な影響のシステムも重要である。

  4. 全ての方向に向かって流れるコミュニケーション経路を設ける。これも公式的なものと非公式的なものが存在する。

  5. メンバーを訓練し教化する。組織が期待するような決定を、メンバー自身が意思決定できるようにする。

組織による調整

 組織のメンバー間の活動を調整することは、「組織による影響のメカニズム」の主要な機能の一つである。大きな組織においては、一個人や一部門の活動を、他の個人や部門と関係付ける仕事が、最も重要で、複雑で、困難なものである。

サイモンによるコメンタリー(1997年版)

 第4版が出版された1997年の時点では、専門分野での行動をシミュレートするエクスパート・モデルが実用を迎えていた。そうしたモデルの開発には人工知能学者であるサイモンも大きな貢献を果たしてきた。(エクスパート・モデルの開発においては、タスクに取り組む専門家の意思決定の解析に発話思考プロトコルが活用され、成果を挙げた。この手法がエフェクチュエーションの理論構築に利用されている。)このように、「限定された合理性」を持つ経営人の意思決定メカニズムに関して、関連研究の大きな進歩があった。

 そこで、サイモンが初版の内容を振り返って、初期の意思決定の研究において見過ごされた論点として以下を挙げている。

  1. 意思決定アジェンダ(どの問題を選択するか、優先順位)を設定する過程

  2. 選択された問題を定式化する過程

  3. 選択の対象となる代替的行動を創出する過程

 アジェンダ設定:実際には、優先順位を決定する包括的な効用関数などは存在せず、単純な手続きが用いられる。つまり、緊急性が表面化した問題に注意が向けられるのである(ツービン在庫システムが例に挙げられている)。存在する機会、潜在的な問題のうち、ごくわずかしか気付かれることはない、とサイモンは指摘する。それでは、人間の注意を重要な機会(問題)に向けるメカニズムとは? それは「驚き」である、と指摘する。驚きの背景には、知識や経験の裏付けがある。この「驚き」のメカニズムから、人間の注意を向けさせるメカニズムについて一般的な理論が導びかれる。意思決定において、決定的に重要な希少要因は、情報ではなく、注意である(さりげないけれど印象的なコメントです。Attention is All You Need の出る20年前です。)。企業の研究部門の役割は、基礎的発見の担い手ではなく、他のコミュニティーとの知的連結点である。科学コミュニティーとの密接な相互作用によって補完されないならば、基礎的発見についてはかなり限定された余地しか持たない。計画部門の責任は、問題を早期に認識することである。利用できる情報を選択的に監視することは、予測よりも信頼できる早期警戒システムである。

定式化:問題を定式化できるならば、その問題を解決する方法を知っている、と言える。

代替的選択肢の発見:合理的経済人のモデルは、すべての代替的選択肢を所与とする。これをサイモンは「無償の贈り物」と皮肉る。しかし、経営人が必要とする多くの代替的選択肢は、存在するものではなく、創造され設計されなければならない。

こうした意思決定における段階、アジェンダ設定、定式化、代替的選択肢の創出・発見、は必ずしも一方向に進む「線形的」過程ではない。立ち戻り、繰り返し、を伴う過程である。

直観の役割

「論理的な決定過程」:目標や代替的選択肢が明示的であり、選択の結果が計算され、目標への接近によって評価される。

「非論理的な決定過程」:決定の過程が説明できない。ただし、決定の源泉は、生理的あるいは社会的に無意識に植え付けられているとともに、知識や信念などからも構成される。これらは意識的な努力と学習によって得られ、統制された経験、学習、教育によって強化される。

これらは意思決定行動における差異であって、脳半球における差異ではない。

チェスにおける直観

 熟達した棋士は局面を見て瞬時に指手を直観で得る。棋士は瞬時に局面を記憶し再現できる。それは視覚イメージによるのではなく、学習で経験されたパターンと関連付けられ再認されることによる。(ランダムに配置された盤面を再現する上では、素人と能力に大きな差異はない。)棋士の記憶にあるパターンの推定値(ほぼ5万くらい)は、大学卒業者の自然言語の語彙の推定値の範囲とほぼ同じである。

エクスパートシステムにおける直観

 多くのプロダクション=if-thenのペアから成り立っている。プロダクションに基づく直観的もしくは判断的な推論において、いずれかがより「論理的」というわけではない。

不愉快な意思決定状況

 経営人が、自分がすべきであると認識していることと、実際に行っていることが、異なっていることがある。決定の先送りは、その典型である。決定の先送りは、1)今ある選択肢のすべてが好ましくない結果をもたらす状況、2)選択のもたらす結果が不確実な状況、3)当事者以外の他の人に対しても望ましくない結果をもたらす状況、で起こりうる。こうした不愉快な状況では、非難を避けようとする行動が、問題解決行動よりも(組織に長期的に悪い結果をもたらす犠牲を払ってでも)優先されることが一般的である。こうした感情によってもたらされる「直観的」な決定行動を、熟達者の直感と判断による決定と混同してはいけない。

要約と感想

 人間の意思決定のパターンは、可能な代替的選択肢を全て検討して最適な選択を行う、というよりは、刺激―反応のパターンに近いことがほとんどである。そして、人間の合理性は、心理的な環境の限界内でしか働かない。この環境が、個人が決定の際に基礎とする要素を絞り込み、「与件」として個人に課す(ことで決定を誘導する)。そして、このような決定の際に基礎となる要素=刺激は、大きな目的に向かうようコントロールされうるものであり、その結果、個人の決定が綿密に用意された計画へと統合されうる。ここに組織の意義と機能が見出されるのである。

 このように、限定された合理性の範囲内で意思決定を行う「経営人」は、従来の経済学で想定されていた合理的な「経済人」とは、大きく異なるモデルを提示している。これは、サイモンが行動経済学の重要な源流の一つと位置付けられる業績でもある。しかし、経営学者としてのサイモンは、ここで組織の意義と機能に注目する。限定合理性の下での意思決定で利用されるヒューリスティックスの有用性と必要性を認めた上で、組織の機能を通じて、より高度の統一性と合理性を達成することは可能である、と主張する。組織は、メンバーの目的を組織の目的に適合させ、必要な情報を提供し、決定を正しく行える心理的環境の中に彼らを置く。これらは、組織が遂行する機能の一つである、と指摘している。個々の人間による意思決定の合理性の限界を認めつつも、個人が経験や学習・訓練によって行動原則を獲得し、さらには組織の形成を通じてより高度の統一性と合理性を目指すことに対して、肯定的で楽観的な立場なのである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?