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生活者たちの意思はどこにあるのでしょうか!?──槇文彦・大野秀敏編著『新国立競技場、何が問題か オリンピックの17日間と神宮の杜の100年』

時間が経つごとにどんどん不可解さや計算外(話が違うということ)が目立ってくる2020年の東京オリンピック、パラリンピックの計画です。当初は、コンパクトをうたい文句にしたはずなのに、開催が決まったあとはどこ吹く風、競技会場はあちこちに(他県に)分散し、メインの新国立競技場は1300億円という当時でも膨大な予算だったのが、競技場のスケールは若干小さくしたものの、総工費は2500億円以上に膨れ上がってしまい、その確保も難しくなっているように思えます。命名権、ネームプレートやスポーツ振興費から捻出するなど、どう考えても本末転倒としか思えません。

さらにオリンピック後の競技場の維持費をどのように捻出するのかさえはっきりしていません。開閉式の屋根を付けて大規模なコンサートを考えているようですが、いったい芝生は大丈夫なのだろうか、そもそもそんなに開催できるのだろうか……。このままでは、なにやらかつてここで取り上げた『続・百年の愚行』の続編に登場しそうな気さえしてきます。

この本で社会学者の宮台真司さんがこのようなことを言っています。
「日本では、「民主主義は多数決だ」というふうに教えられていますが、これは民主主義の伝統からみると、パーフェクトにとんちんかんです。民主主義の本質は、〈参加〉と〈包摂〉なんです。まず〈参加〉によって可能になるのが、住民投票に先立ってなされる公開討論会やワークショップの機能に代表される、〈巨大なフィクションの繭〉を破壊するということです。(略)次に〈包摂〉によって可能になるのが〈地域社会の分断〉の克服です」

いつの間にかオリンピックは国家事業になり、経済効果を優先することが当然視されるようになっていますが、そもそもそこに住民の意思は反映されているのでしょうか。
またそれ以前に、建築(それも巨大な建築)というものが環境を含めてどのような考えのもとに設計されなければならないか、そのようなことを考えたのでしょうか。
残念ながらこの新国立競技場にはその片鱗もうかがえません。神宮がどのような歴史的な背景を持っているのか、どのような意図をもって設計されたのか、さらに東京(都市)の環境、景観はどのようにあるべきものなのか、そのようなことを配慮したとは到底思えません。

この本はまだ予算が1300億円の時に早くもこの競技場建設に警鐘を鳴らした建築家の槇文彦さん、大野秀俊さんが中心になって開かれたシンポジウムをまとめたものです。
シンポジウム後、新国立競技場建設見直しに賛同した103名の方による「要望書が文部科学省、日本スポーツ振興センター、東京都の三者に提出」されました。この「要望書では、「外苑との景観的調和」「成熟社会に即した計画」、そして「決定経緯の情報公開」など」(大野秀俊さん)を求めました。
けれどその声は反映されませんでした。その結果、建築費は倍近く膨れあがった今の状態が出来したのです。

初期には確か、旧競技場の再設計(再利用)という案もありました。けれど今は取り壊しが終わり、その道は閉ざされてしまったのです。住民の意思や専門家の意見を尊重し、確かめることも無く暴走した行政の責任ではないでしょうか。
行政とは住民の意思を代行して住民の利便、安全等を目的として行い、常に住民の意思にてらしあわせて、その行使した行政の諾否をはからなければならないものなのだと思います。
世論調査(2015年7月5日『読売新聞』)によると新国立競技場見直し賛成は80%以上になっています。
専門家の意見を無視した行政の暴走と無責任、それがもたらしたものはなんでしょうか。
建築の持つ多面的な価値、それらを大野さんは「便宜的に作品的価値、施設的価値、景観的価値」と呼んでいますが、それらを顧みるたとは思えない無責任ともいえる現状です。大野さんが危惧するように、その価値の一つとして実現することのない「粗大ゴミ」にすらなる新国立競技場はなってしまう可能性まであります。誰がそのようなところで憩えるのでしょうか。風景の破壊、それは人を疎外する環境を出現させることにほかなりません。

少なくともこの本で提起された内容(建築の価値と意味合い)は踏まえて私たちは進むべきではないでしょうか。以前ここで『続・百年の愚行』を紹介しましたが、それに加えられるようにはなってほしくありません。

この新国立競技場のドタバタと欠陥はオリンピック行政だけに当てはまるものではありません。専門家の知性を無視する姿、「パーフェクトにとんちんかんな「民主主義は多数決だ」」という姿は安倍政権(自民党)そのものに思えます。宮台さんが言うように「民主主義の本質は、〈参加〉と〈包摂〉」ということを私たちは決して忘れてはならないと思います。

(この本に登場されたかたがたは次のかたたちです。槇文彦さん、大野秀俊さん、元倉眞琴さん、古市徹雄さん、陣内秀信さん、宮台真司さん、吉良森子さん、越澤明さん、松隈洋さん、進士五十八さん、森まゆみさん、長島孝一さんです。どのかたの発言も専門家の知見にあふれた素晴らしいものです)

書誌:
書 名 新国立競技場、何が問題か オリンピックの17日間と神宮の杜の100年
編著者 槇文彦・大野秀敏
出版社 平凡社
初 版 2014年3月5日
レビュアー近況:必要機材の買い出しで、急遽、秋葉原の家電量販店へ。広いフロア、日本語で店員さんに話し掛けているのは野中だけで、他は中国語とアラビア語が殆ど。圧倒的アウェイを感じました。

[初出]講談社BOOK倶楽部|BOOK CAFE「ふくほん(福本)」2015.07.07
http://cafe.bookclub.kodansha.co.jp/fukuhon/?p=3742

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