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カメレオンのこと

 腕時計でカメレオンと言えば、ROLEXがかつて婦人用に売り出したドレスウォッチのこと。1950年~70年までの約20年という、非常に短い期間のみ販売されたモデルです。直径1.5cm程度のフェイスの小ささから、この年代に作られたドレスウォッチは「南京虫」と呼ばれることもあったようです(どうなの? この呼び名……と思いますが)。

 この時代のレディースウォッチはあくまでブレスレットとしての役割がメインで、視認性なんて完全に無視した、とにかく美しくて繊細な個体が多い印象。私も60年代、70年代の古い時計をいくつか持っていますが、一応時間がわかればいいや、という程度の使い方をしています。それよりも、身に着けていると気分が上がる、ということの方がずっと重要だと思っています。

 1950年代当時のカメレオンの広告。モノクロを基調としたデザインにカラフルなベルトが映えていて素敵。このポスター、部屋に飾りたい。私はこの一枚しか知らないのですが、きっと20年の間には他にも様々な種類が展開されていたのではないかと思います。 

当時の広告(rolexmagazine.comより)

 ポスターを見てもわかる通り、カメレオンの一番の特徴はベルトにあります。いつでも簡単に、自身で好きなベルトに付け替えることができるんです。通常の革ベルトの時計だとバネ棒外しを使うか、あるいは古いものだとラグに縫いつけられていて取り外しができないタイプもありますが、カメレオンはケースに作られた隙間にベルトを抜き差しすることで、特殊な技術も工具も使わず、瞬時にベルト交換することができるのです!(すごいよ!)

 実際に見た方が早いので、私の手持ちのカメレオンの画像をアップします。ちなみに、1961年製です。 

全体ショット。ちっちゃい!

 こちらが裏面。ラグはなく、一本のベルトが本体を通っています。

王冠マークもくっきり☆

 ベルトを抜いて、上から見たところ。この狭い隙間にベルトを差し込みます。原理としては非常にわかりやすく、簡単です。

ベゼルのギザギザが可愛い

 せっかくなので表側のショットも。小さすぎてスマホのカメラで接写してもあまりきれいに撮れませんでした……悲しい。

リューズにも王冠マーク

 パープルの「Orchid」表記がお気に入り。フォントも可愛い。これは金無垢ケースであることの証だそうですが、表記のない個体も存在します。

なぜかドアップに…

 シルバーの文字盤にゴールドのインデックスとくればずいぶんとど派手に映りそうですが、そこは南京虫サイズ、さほどギラギラ感はなく使いやすいです。私が保有している個体は購入時に、かつて一度もポリッシュされた形跡がない、と販売店から伺いました。フル―テッドベゼルのエッジもしっかり立っています。磨きによって柔らかく丸みのある印象になったものも、それはそれで素敵だなと思います。

 このカメレオン、ずっとほしくて悩みに悩んだ末、かれこれ8年ほど前に某アンティークウォッチ専門店で購入しました。本体はニアミントコンディションで、内箱と販売当時のベルトが3本付属していました(ニアミント、の定義はいまいちよくわからないですが)。

 ちなみに3本のベルトのうち2本には純正尾錠がついていましたが、新品のベルトを購入した際に付け替えてもらいました。その当時、ROLEXの販売価格は尾錠が1個8,400円くらい、革ベルト1本15,000円くらいだったと記憶しています(やはり少しずつ値上がりしていきました)。ベルト1つで約23,000円、ベルトの着せ替えどころか新しい時計が買えるじゃないかという考え方もあります。何に価値を見出すか。要するに、ただのロマンでしかないんです。

 私はこの、ROLEXが追求したロマンが大好きでした。カメレオンの販売は1970年代初期には終了したものの、顧客のためにベルトだけは提供し続けてくれていたのです。そのロマンのおかげで私も、まさに時を繋ぐように、1961年製のヴィンテージにROLEX純正の新品ベルトをつけ、21世紀の極東アジアで気分を上げることができているのです。実に感慨深い……。

 カメレオンの人気が、デザインの美しさや着せ替えベルトの仕組みによることはもちろんですが、生産終了したモデルのために今もせっせとベルトを作り続けてくれているという職人気質な事実が、より商品の価値を上げてくれていた、そこは間違いありません。

 そんなROLEXとカメレオン愛好家との相思相愛関係が永遠に続くかと思われたのですが、なんと2019年にベルトの製造・販売を終了してしまいました。尾錠もベルトも純正品はもう手に入りません(カメレオンに力を入れているアンティークウォッチショップは、一部在庫を確保しているかもしれませんが)。このニュース、かなり衝撃でした。そしてものすごい無力感に襲われました。あー、もっと定期的に購入して、愛用者はちゃんとここにいるよってアピールしておけば良かったな、などとぼやいたものです。けれど1本23,000円ですからね……おいそれと追加はできませんでした。ブラックとかネイビーとかの定番色、買っておけば良かった。すでに2年経っていますが、未だに傷は癒えておりません。ROLEXさん、やっぱり作りますって言わないかなあ。

 そんなわけで、私が購入した当時はどのお店も「お好きな純正ベルト1本プレゼント」がわりと主流だったのですが、現在いくつかのオンラインショップを見て回ると「当店オリジナルベルトからお好きなカラーを〇本プレゼント」みたいなところが多かったです。純正品じゃない分、数で勝負なのか。しかしカメレオンの醍醐味はベルトを着せ替え出来ることなので、ストックが一気に増えるのはそれはそれで楽しいかもと思います。

 私も当初は純正品にこだわっていて、王冠マークの尾錠じゃないと気分が下がる! などと憎たらしいことを言っていました。けれど、そもそもROLEXの純正品ベルトって、最近だとそんなに展開がないんですよね。私の記憶の限りでは、ブラック、グレー、ネイビー、レッド、グリーン、ホワイト……若干曖昧ですが10色もなかったような。昔は20~30種類ほどの色、素材違いのベルトを扱っていたらしく、本来のカメレオンらしさを発揮しようとするなら、もはや社外品も積極的に導入していくべきなんじゃないかと考えたりもしています(濃いピンクがほしい)。

 ついにベルトの生産が終了してしまった、という悲しい出来事を自分の中で消化するためにこの記事を書いたのですが、書きながら、写真を撮りながら思ったのは、やはりカメレオンは魅力的な時計だってことです。たとえ実用に向かなくても、時おり取り出して眺めるだけで気分が上がる。こんなモデル他にはないと思います。数が少なくなってきているのか、私が購入したころよりもどんどん値上がりしているのがつらいところですが(今だったら手を出せていなかったかも、と正直思っています)、あの可愛らしさを多くの方に知ってもらいたいです。

販売当時のベルトの裏面。おそらく未使用品

 今日はおしまい。

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