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魔法使いと官僚制の話

先日お友達と話していたことで面白かったことで。

その人の言わんとするのは、「とある人物のやったことの検証が必要だ」という話であった。私はその話を聞いて、その「とある人物の検証が必要かどうか」というより、「なぜ友人がその人物の検証に関心を持ったか」に関心を持った。

お友達もアカデミックな訓練を受けてきた人なので、個人的な感覚を排し、理論と実証に基づいた判断を好む。一方で、そのとある人物は、体系的な理論に基づいていない。いわゆる最前線にいるタイプの実践者だ。その実践者の取り組みを検証したいというわけだ。

この話を聞いて、以下のようなことを連想した。

アーサー・C・クラークは、「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」といった。確かに、GPSやスマホでできていることは、ほとんど魔法の領域だ。ところが、僕らは普段、GPSとかスマホとか見てもあんまり魔法っぽく感じない。相当魔法っぽいはずなのだが、魔法っぽさを感じないのだ。当たり前のように使っている。たぶん、科学的に言語化して説明がつく、少なくともそう信じられているというのが魔法っぽさを消しているのだろう。言語的な説明ができない、得体の知れなさが魔法を魔法たらしめるポイントだ。

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